ネットサービスが選挙に与える影響について、改めて話題になっている。
今、注目されているのは、グーグルだ。
By Robert Scoble (CC BY2.0)
昨年夏に公開された論文で、特定の候補に有利な結果を表示するよう細工した検索サービスによって、支持率が20%以上も変動した、との実験結果が発表された。
これを執筆した研究者が、論文をもとに「高いシェアを持つグーグルは、意図的に選挙結果を左右する力がある」と主張しているためだ。
グーグルは「検索結果を操作することはない」と公式にこれを否定している。だが、公開されていない検索アルゴリズムをめぐる、「邪悪かどうか」という悪魔の証明のような議論だけに、あまりかみ合っているとは言えない。
そして論文とは別件で、この研究者とグーグルの間には、過去にトラブルがあったという経緯もあるようだ。
ただ、グーグルの持ち株会社「アルファベット」会長のエリック・シュミットさんが出資する「グランドワーク」というベンチャーが、米大統領選の民主党候補、ヒラリー・クリントン陣営の技術面を支援している、とも報じられており、政治とは全く無関係と言いきれる状況でもない。
そして、フェイスブックの例もグーグルの例も、それが技術的には可能だ、ということは、少なくとも念頭においておきたい状況ではある。
●「検索エンジン操作効果」
「検索エンジン操作効果(SEME)と選挙結果への影響の可能性」と題した論文が発表されたのは、米国科学アカデミー発行の学術専門誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」昨年8月18日号。
執筆者は、米国行動調査・技術研究所(AIBRT)という独立研究機関、ロバート・エプスタインさんとロナルド・E・ロバートソンさんという2人の研究者だ。
研究では、検索エンジン利用者のクリックの5割は上位2つの検索結果に、9割以上は最初のページに集中していることに注目。
上位の検索結果を操作することによって、被験者の態度に現れる変化を「検索エンジン操作効果(SEME)」と名づけ、その影響の度合いを実験により検証している。
実験は2013年から14年にかけて、米国とインドで計5回、投票行動を決めていない被験者4556人を対象に行っている。
実験では、「カドゥードル(Kadoodle[doodleは〝いたずら書き〟の意])」と名づけた架空の検索エンジンを被験者に使ってもらい、特定の候補に有利な検索結果を上位に表示するようにした。
すると、20%以上の割合で、有利な検索結果が表示された候補の支持が上昇した、という。
このうち、全米50州を対象に2000人規模で実施した実験では、支持の上昇は37%になり、デモグラフィー別にみると80%に達するグループもあったという。
そして、被験者たちは、検索結果が操作されていることには、ほとんど気付かなかったようだ。
●「選挙を不正操作する」
執筆者の1人、ロバート・エプスタインさんは、この論文の公開と合わせて、ニュースサイト「ポリティコ」になかなか刺激的なタイトルの記事を掲載した。「2016年の選挙でグーグルはどのような不正操作ができるか グーグルは誰にも気付かれずに候補者に数百万票を送り込む力を持っている」
記事では、グーグルが2012年の大統領選でオバマ陣営に80万ドル(9000万円)の献金をしていることや、グーグル幹部だったステファニー・ハノンさんが昨年、クリントン陣営の最高技術責任者(CTO)に就任したことなどの、政治との距離感を指摘。
多くの国で9割近いシェアを持つグーグルは、選挙においても大きな影響力を持つ、と述べている。
エプスタインさんは、この指摘を「新たなマインドコントロール」という新著にまとめるようで、そのさわりを改めて今年2月、「イオン」というメディアに記事として掲載している。
ニュースメディア「クォーツ」が昨年10月に報じたところによると、グーグルの持ち株会社「アルファベット」会長、エリック・シュミットさんが出資するベンチャー「グランドワーク」が、クリントン陣営のシステム面を手がけており、2015年第2四半期だけで17万7000ドルの発注を受けているという。
これを指して、「ウィキリークス」創設者のジュリアン・アサンジュさんは、「グーグルはヒラリーの秘密兵器」と述べたようだ。
エプスタインさんは、そのような背景状況も、改めて指摘している。
●「誤った陰謀論」とトラブル
昨夏のエプスタインさんの「ポリティコ」の記事に対しては、グーグルの検索担当上級副社長、アミット・シンガルさんが、同じ「ポリティコ」上に「誤った選挙陰謀論」と題した記事を掲載し、反論している。
シンガルさんは「グーグルが(選挙を含む)いかなるトピックでも、検索順位を入れ替えてユーザーの感情を操作することは決してない」として、そのようなことをすれば「検索に対する利用者の信頼を損なう」としている。
エプスタインさんとグーグルとの間には、過去にも経緯があったようだ。
ニューヨーク・タイムズによると、2012年初め、エプスタインさんの個人サイトが、「サイバー攻撃の足場になっている」としてグーグルからブロックされたことを巡り、トラブルに発展したという。
●ソーシャルメディアへの依存
これに先立ち、ネットの選挙への影響力を巡る議論の焦点になったのが、フェイスブックだった。
2010年の米中間選挙で、18歳以上の有権者6100万人のニュースフィードに「今日は選挙」という特別メッセージを表示。
計34万人を追加的に投票に動員し、投票者数を0.4%押し上げた、として同社のデータサイエンティストらが学術誌「ネイチャー」に論文を発表した。
さらに2年後の米大統領選でも、同様の実験を行っていたという。
これに対し、ハーバード大教授のジョナサン・ジットレインさんらは、フェイスブックに蓄積されたデモグラフィーデータを活用すれば、選挙結果を操作する「デジタルゲリマンダー」になりかねない、と危険性を指摘していた。
実際に、選挙に関連した情報接触では、ネットの存在感は大きくなっている。
ピュー・リサーチ・センターの調査では、米国の成人の44%が大統領選に関する情報をソーシャルメディアから取得しているという。
また、14%がソーシャルメディアが最も役に立つ情報源だと回答。19歳から29歳のミレニアル世代では、その割合が35%で、メディア種別のトップになっている。
ビューの別の調査では、政治ニュースをフェイスブックから取得しているミレニアル世代は6割にのぼっている。
今回の大統領選をめぐっては、フェイスブックによる新たなプロジェクトも発表されている。
フェイスブックと女性メディア「グラマー」が、大統領選に45歳以下の女性の声を反映する、というプロジェクトをスタートさせたようだ。
●できることと実行すること
グーグルもフェイスブックも、やろうと思えばいつでもできる。
「やっていない」「邪悪ではない」と言っても、それは証明できることではない。そんな状況にある。
また、人間がやらないつもりでも、裏で動く人工知能が、勝手に差別主義者になっていたり、人類滅亡論者になっていたり、といった危惧もある。
選挙におけるグーグルやフェイスブックの存在感に、意識的である必要は、あるだろう。
【追記】29日12:00更新
ニュースメディア「ヴォックス」が、グーグルトレンドを見ると、この数カ月、米大統領選の共和党候補、ドナルド・トランプさんの検索ボリュームが急増している、と指摘している。
確かに、3月1日の「スーパーチューズデー」をピークに、同じ共和党候補のテッド・クルーズさんや、民主党候補のヒラリー・クリントンさんに比べても、桁違いの検索数だ。
大統領選の情報を求めて、人々がグーグルに押し寄せている感じが見て取れる。
(2016年3月26日「新聞紙学的」より転載)