日本企業はグローバル化できるのか? その3 産業革新機構 志賀俊之 代表取締役会長

グローバル化を進めるために必要なことは一体何か。官民共同出資の投資ファンド、産業革新機構の代表取締役会長である志賀俊之氏に聞いた。
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「企業のグローバル化」が叫ばれて久しい。日本企業が直面している課題、グローバル化を進めるために必要なことは一体何か。官民共同出資の投資ファンド、産業革新機構の代表取締役会長である志賀俊之氏に、Japan In-depth編集長安倍が聞いた。

-(安倍)何をもって「グローバル企業」と呼ぶのか?

かつては日本を中心に海外へ出て行くのがいわゆる国際化だった。しかしグローバル化というのは、球体の地図の視点が必要。球体の地図というのは、すべての国が中心であるということ。平面の地図だから日本が中心に見えるけれども、球体の地図だと、日本も中国も中心に見える。私の定義でグローバル化というのは、世界の市場がそれぞれ主人公になった、つまりすべての国が、平等に我々のマーケット・拠点であるということだ。

1980年代の強かった時の日本というのは、日本のマーケット向けに作った商品が、品質も良くて価格も安かったので世界に受け入れられた。これからは、中国・タイ・インド、それぞれのマーケットにあったものを作りながら、それを極力ユニバーサルに統一させていく。

例えば、iPhoneは25カ国で同時発売ということをやるが、日本というのは未だに世界に同時発売できない。最近になって海外のマーケット用の商品を作る会社が出てきたが、基本的には日本中心。グローバル化の為には、「日本発」と言う発想から完全に脱却できるか、という視点が重要である。

日本が今グローバル化で一番苦労しているのは、一言で言うと人材である。M&Aで日本の会社が海外の会社を買っても、その会社を日本人が経営出来ず、現地に任せてしまう。ビジネスとしてのグローバル化はあるけれども、人材としてのグローバル化を本当に我々はやっているのか。

私の考えるグローバル化というのは、それぞれの国の最適な人材を活用することだ。何となく海外の企業を買収しよう...というのではなく、日本の経営のDNAを受け継ぐかつグローバルな人材を育て、お金と人をセットで持っていかなくてはいけないのではないか。

-(安倍)アメリカで生まれたAppleやamazonなどのような、"プラットフォーム企業"が日本で生まれないのはなぜか。日本でもIT系の企業が重厚長大の企業を食っていくことになるのか?

ソフトをベースにしてハードを作る会社と、ハードベースでソフトを入れた会社の戦いが始まってくるのだろう。この点に関して日本はまだ1、2周回遅れの状況だ。その理由は、日本がソフトも自分たちで開発したいと考える「自前主義」にある。

例えばノキアの自動運転に必要な3Dの地図の会社HEREをVWとBMWとダイムラーが3000億円で買った。日本はどうしているかというと、それぞれ地図を作っている。日本は相変わらず全部自分たちでやる自前主義である。要するにオープンイノベーションが出来ない。これではグローバルの戦いにおいて先が見えている。

-(安倍)なぜその「自前主義」を克服出来ないのか?

経営層は、オープンイノベーションについて理解している、しかし実際開発の現場に行くと俺たちのほうがいい物が作れると主張しはじめて、抵抗勢力になる。要するに自分たちが開発してないものは技術じゃないという徹底した自前主義だ。

失われた20年で3つの事が起きたと思う。まず経営者がリスクをとらなくなったということ。2つ目は横並びで同じような研究を皆でやっているということ。3つ目が自前主義だ。つまり「日本で、自分たちでやる」というのが全てのスタートラインになっている。それがある種ジャパンコーポレーションの美徳のようになってしまっていることが、グローバル化を妨げている。

更に日本の企業の利益率が低いことも問題で、その要因は、一言でいうと超過当競争だ。つまり1つの業界にプレイヤーが多すぎる。自動車会社も国内に8社あるが、世界を見るとアメリカに3社、ドイツに3社でフランスに2社でイタリアに2社という具合だ。

ではなぜ業界再編が起こらないか。アメリカの会社は、常に不採算の事業を売却したり、あるいはその成長性の少ない事業を売却したりするのが通常だ。GE(ゼネラル・エレクトリック)がいい例で、あのエジソンが始めた家電事業まで、中国のハイアールに売ってしまった。

日本では、創業来の事業などについては、「これは会長が絶対残せと仰っています。」とか言って抱え込んでしまう。経営が悪化した時にも、従業員の雇用を守り、地域の安定に寄与しているということを美徳にして無理に持ちこたえようとする。この日本的経営というのが、グローバル化の足かせになっている。例えば、真のグローバル化を進めようとすると、別に日本が経営する必要はなくて、海外の会社に売ったって良い。そうすると販路があるからグローバル化が進む。

日産自動車で言えば、今から16年前、倒産寸前になった際に、フランスのルノーが出資し、株式の43.4%を保有する筆頭株主となった。日産自動車は日本企業のまま生き残り、今ではおそらく日本企業の中で人材のグローバル化も含めて、最もグローバル化しているのではないか。

グローバル化の為には経営者自身が、従来の経営のスタンスを変えていかなくてはならない。経済同友会の小林代表幹事が就任の時に語った「経営者自身が内なる岩盤を打ち砕かないと日本企業の真のグローバル化は進みません。」という言葉に共感している。

-(安倍)2025年までの10年、AIの進化も著しい。日本企業にグローバル化のチャンスがあるのか?どうすれば日本企業に希望を持てるか?

アメリカの場合だと、「良い技術じゃないか。」とベンチャーの技術を大企業が購入することが多いが、日本では大企業は大企業、ベンチャーはベンチャーという風に完全に棲み分けされていて、「ベンチャーを育てていかなくてはならない。」と皆言うが、本当にベンチャーの技術を買っているかというと、クエスチョンである。そればかりか、ベンチャーと同じような研究を始め、結局ベンチャー潰しになっているという実態がある。だから、日本はその発想を変えていかないといけない。

そして最大の懸念は、いわゆる格差問題である。これは私の実感として、例えば日産自動車と1次、2次、3次、下請け、販売会社の従業員の平均賃金の格差というのは、かつては今ほど大きくなかった。この格差が生まれてきた理由は、中小企業の生産性が悪くなっているという生産性の差だ。

第三次産業革命では、高価なロボットなど設備投資が出来た企業と出来ない企業に分かれた。第四次産業革命が始まって、中小企業や零細企業が使いやすいAIや3Dプリンターを導入することで競争力が上がり、企業が生き残っていけるかというのが、日本の正念場だと思う。

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-(安倍)産業革新機構は日本企業をどのようにサポートしていくのか?

スローガンは、「イノベーションを通じて、国の富を増やす」。業界再編と革新的な成長に投資していく。今のままでは、日本はプレイヤーが多すぎて、海外に行ったり、廃業したりしている。それでは結果的に日本に何か残るのだろうか。戦える企業を育てていくというのが、産業革新機構の重要な役目だろうと思っている。

【インタビューを終えて 編集長安倍宏行】

私が日産自動車を辞したのが1992年。経営企画部門にいたので、会社の苦境はわかっていた。それ以前から、私のいた部門の若手はトップが一向にリストラをやらないのを歯がゆく見ていた。気づいたときは有利子負債2兆円、資本を注入してくれる相手を探したが時すでに遅し。サンタナという車種を日本で生産・販売していた関係のVWですらそっぽを向き、比較的近しかったFordを含め、どの自動車メーカーもドロ船の日産を助けようとはしなかった。手を挙げたのは唯一ルノーだけだったのだ。

そのルノーは日産の持ち株比率を50%超にしていない。自動車業界では類を見ない資本の論理で相手を飲み込まない、"アライアンス"という経営形態を取っている。志賀氏はこうした企業提携の在り方はもっと注目されてもいいのではないか、と常々言っている。

去年フランス政府は、2年以上保有する株主に2倍の議決権を与える「フロランジュ法」を適用し、仏政府のルノー議決権を高めてその経営に対する影響力を強めようとした。しかし、結局、日産は、ルノーも仏政府も介入しないとの確約を得て、独立を守った。今回の騒動を奇貨として、日産・ルノーの関係は更に深化したとも見える。

この特異な日産・ルノー連合は、ダイムラーとも戦略的協力関係にあり、今後世界の自動車再編の波の中でどう存在感を示せるか期待される。海外の企業を買収し飲み込む従来型のグローバル化は、日本人がグローバル化していない中、うまくいかない可能性が高い。そうした中、日産・ルノー連合のように、株を持ち合いながら、兄弟のようにお互いの企業文化に尊敬の念を示しつつ、緩やかで合理的な提携関係を築くグローバル経営は、日本企業が取るべきグローバル化の一つの在り方として後年評価されることになるかもしれない。

一方、志賀氏はベンチャーが育たない日本の風土について分析して見せたが、もともと産業革新機構の目的に、大企業の中にあるベンチャーの種を大きく育てたい、というものがあった。現在の産業革新機構はシャープなど経営不振に陥った大企業の持つ技術を海外に流出させないために、同様な技術を持つ他企業との再編を後押しすることに注力しているように見える。

しかし、氏がまさしく指摘したように、小さくてもきらりと光る技術を持っているベンチャーを育てる環境が今の日本にはない。そうした企業をどう見つけ、どう育てていくのか、具他的方策について言及はなかった。ベンチャーキャピタルもエンゼル投資家も少ない日本において、シリコンバレーのようなベンチャー育成のダイナミズムをどう日本に生み出すのか、まだ解は見えない。

写真:ⓒJapan In-depth 編集部