私は3年前に福島県相馬市に移住し、病院勤務の傍ら、震災が医療や介護に与えた影響を調査している。原発事故後の避難は、急激な高齢化によって介護需要を押し上げた。さらに、震災で医療へのアクセスを失い慢性疾患が増悪した住民も多い。このような課題について調べるうちに、これらのローカルな問題が、世界中にあると気づいた。そこで現在私は、中国での認知症調査や、バングラデシュでの予防医療事業に関わっている。その内容をご紹介したい。
高齢化問題の調査フィールドとして中国を選んだのは少し変わっているかもしれない。きっかけは、中国とのコネクションを持つ谷本哲也医師の紹介で、大学ランキングで中国第3位の復旦大学を訪問し、上海の高齢者対策を見学したことだ。上海では、地方政府・不動産会社・ベンチャー企業等、多彩な主体が認知症向けサービスを展開している。高級住宅街である上海市静安区では、地方政府が高齢住民を対象とした認知症のスクリーニング調査をしており、認知機能が低下した住民への予防対策をしている。
日本の介護は充実しているが、介護保険制度でサービスが管理されていることには問題もある。例えば現行の制度では、徘徊で目が離せなくても要介護1判定になるなど、認知症が軽症に判定されがちだ。そのため、手がかかる上に利益が出ない認知症向けのサービスに対して、日本の事業所は消極的だ。さらに、保険でカバーされない認知症予防についても同様だ。
一方で、中国では国民皆保険制度がない代わりに、社会保障のほとんどを地方政府任せにしている。そのため、貧しい地域では保険制度も整備されていない一方で、上海のように裕福な自治体では、上記のような手厚いサービスが展開されている。中国国内のメディアでは、日本の介護制度を賞賛する記事もあるが、先進的な試みは、多様性のある中国で行われている。
そこで私は静安区のデータを分析するため、今年6月から1カ月間上海へ行き、復旦大学と共同研究を進めている。うまくいけば、予防対策が効果的な住民の特徴、スクリーニングによる認知症の検出率、そのリスク因子など、アジアでは数少ないエビデンスをつくることができる。手始めに復旦大学の学生と書いた、高齢化に関する投稿が『JAMA Internal Medicine』に掲載される。まず滑り出しは順調だ。
バングラデシュはまだ医療インフラが貧弱な発展途上国だ。人口あたり医師数が日本の1/5程度で、看護師は医師よりも少ない。一方で、疾病構造は先進国化している。感染症に替わって非感染性疾患による死亡率が上昇しているのだ。非感染性疾患の対応には生活介入が重要だが、効率的な運用は先進国でも出来ていない。
そこで、仲間とともにスタートアップ企業miup(ミュープ)としてICT技術を用いた予防医療活動を行っている。医療は規制産業だが、発展途上国では比較的参入障壁が低い。遠隔診療を通じた効率的な非感染性疾患のフォローや、機械学習を利用した無医村でのトリアージを目指している。こちらも、バングラデシュの研修医と一緒に書いた投稿が『International Journal of Health Policy and Management』に掲載された。
3年前に被災地で働くようになってから、現場で実際に起きていることを見る重要性を痛感した。机上の空論を並べるのではなく、現地で課題解決に必要な細かなノウハウを積み重ねることが自分の糧となるし、これが医療者の役割だと思う。これからも多くのフィールドに飛び込み、世界を飛び回って、現地の課題解決に貢献したい。
本稿は医療タイムス(2017年5月22日号)に掲載された「ローカルから、グローバルな課題を解決したい」に加筆したものです。