世の中には立ち直りの早い人と遅い人がいる。そして、誰でも「早く立ち直る力」を鍛えられる、という話をしたい。
立ち直るスピードを、生まれつきの性格と片づけるのは非科学的だ。なぜなら、どこから性格の違いが生まれるかは、まだ解明されていないからだ。よく「これは私の生まれもっての性格」と言うが、あれは出所不明の性格を便宜的に結論づけているにすぎない。
< ポイント1:制御できるのは感情ではなく、その処理方法 >
人の感情は無数にあるものではなく、突き詰めれば限定的で普遍的だ。不安やイライラといったネガティブ感情、喜びや安心などのポジティブ感情、これは誰もが経験する。しかし、それらをどんな頻度で、どのくらい強く経験するかは人によってさまざま。また、どのくらいそれが続くかも。
弊社がお世話になっているリーダーシップトレーニング機関SIYLI(サンフランシスコ)のボードメンバー、リチャード・デビットソン博士(ウィスコンシン大学マディソン校教授/心理学、精神医学)は、ある経験に対する多様な反応と、脳内における神経活動の関連について重要な発見をした。
博士のこれまでの研究成果から、より望ましい感情の処理方法を、人が主体的に選択していける可能性がみえてくる。
< ポイント2:理性から感情に働きかける >
一昔前まで、脳内の感情を司る部位と理性を司る部位は、別々に機能していると考えられていた。ところがデビットソン博士らは、理性の源である前頭前皮質においても、感情が作り出されていることを発見した。
この発見が一般人にとって大きな意味を持つ理由は一つ。理性=認知活動の領域であれば、誰もが訓練しやすいということだ。
< ポイント3:立ち直りの早い人の脳はここが違う >
とは言え、そもそもネガティブ感情に大きく関与しているのは、扁桃体という大脳辺縁系の一部だ。理性を司る場所が、それを肩代わりすることはできない。他方、デビットソン博士らがボランティアの協力を得て行った実験で、扁桃体はネガティブ感情からの立ち直りには関与していないことがわかった。
早く立ち直る人と立ち直れない人の脳の違いは、左右の前頭前皮質の働き方や、その周辺にある神経細胞の数の違いにあることがわかったのだ。つまり、誰でも訓練で鍛えられる場所だけが違うのだ。
立ち直りの早い人の脳では、前頭前皮質の左側(左前頭前皮質)が活発に働いており、ネガティブ感情の発信源である扁桃体とを結ぶ突起状の軸索が多い。ここから「まあ、まあ、そんなにイラつかずにコーヒーでも・・・」的な(かどうか知らないが)抑制信号が、扁桃体へ盛んに送られると考えられている。
< ポイント4:呼吸への気づきから脳を制御する >
それでいったい何がどうして訓練可能なのだと、既にネガティブ感情が湧き起こっている方もいるかもしれない。なので、端的に結論を述べよう。
インターネットの帯域を広げたり回線を増やしたりするように、前述した脳の神経回路を訓練で強化できるのだ。これは感情に関連する場所に限らず、脳がもっている神経可塑性(可塑性=刺激を与え、鍛えたところが強化されるなど、常に変化していく性質)による。
もしかすると未来の世界では、クリニックで頭に電気仕掛けの治療器具を被せ、接骨院の電気治療くらいの時間で、立ち直りの治療が行われているのかも。しかし実は昔から、同じ効果を期待できる安心安全なメソッドが継承されている。それはメディテーションだ。
そして30年以上前から精神医療分野では、マインドフルネスと呼ばれるメディテーションを、治療の一環として取り入れてきた。その効果は広く検証され、宗教とは一線を画したメンタルトレーニングとして定着している。
今日、立ち直りを模索するのは、通院を必要としている人々だけではない。プレゼンテーションの失敗、上司からの叱責、売上げダウン、予期せぬ部下の退社、クロージング寸前だった大型案件の失注・・・。
心身にムチ打ってビジネスの最前線で戦う人の多くが、立ち直れないまま次の戦線に向かう。そうすると十分なパフォーマンスが発揮できず、悪循環に陥る。ビジネスシーンのダルビッシュやマー君になるには、打たれた次の試合までの切り替えが決め手だ。
1日10分、静かな環境で自分の呼吸に気づいていくエクササイズを、私たちは宗教的なものと区別する意図も込め、マインドフルワークと呼んでいる。
ところで、本稿で取り上げたリチャード・デビットソン博士を含む多くの高名な科学者にも、マインドフルワーク(マインドフルネスのメディテーション)の実践者が多い。宗教とは別と言っておいて矛盾するようだが、彼らが異口同音に言及するのが「ブッダの教えの科学性」であることも付け加えておきたい。
(一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート理事 吉田 典生)