がん発生の基盤となるような異常な遺伝情報が蓄積する新しい細胞内の仕組みを、東京大学大学院医学系研究科の大学院生、安原崇哲(やすはら たかあき)さんと宮川清(みやがわ きよし)教授らが見つけた。DNA損傷を修復するRad54Bが、細胞周期の進行を監視する機構を抑制して、異常な遺伝情報の蓄積に関与することを実証したもので、がんの治療や予防の基本原理を確立するための新しい手がかりとなりそうだ。11月11日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。
細胞はDNA複製と分裂、それぞれの準備期間を周期的に繰り返しながら増殖していく。これを細胞周期と呼ぶ。がんでは、細胞周期を制御する仕組みが異常になり、細胞分裂が繰り返されるようになる。細胞は日々ストレスにさらされて DNA に損傷が起こる。その損傷は修復されるか、修復できない場合は細胞死を誘導する仕組みが備わっている。その仕組みの破綻こそが、がん発生や悪性化につながると考えられているが、詳しいことはわかっていない。
研究グループは、DNA損傷が起こった後の細胞周期の制御に注目し、新しい制御因子Rad54Bを発見した。正常な細胞では、DNA損傷が起こった場合、細胞周期をいったん停止させて、DNA損傷を修復して生存を続けるか、細胞死を誘導するかを判断する時間的な猶予をつくると考えられている。その際に中心的な働きをするのが代表的ながん抑制遺伝子p53で、p53タンパク質の機能が高まることで、細胞周期の進行が抑制される。
Rad54Bはp53の機能を抑え、細胞周期を停止させる仕組みを無効化して、DNA損傷の修復が完了しない状態のまま細胞分裂を促進することを、研究グループは培養細胞の実験で突き止めた。こうした細胞分裂の結果、染色体の欠失や重複などが培養細胞で起きていた。染色体異常を伴った細胞の生存を促進することは、がんの発生や悪性化と密接に関わる。
実際に、さまざまな種類のヒトのがん組織で、正常組織と比べるとRad54Bの発現量が増えていた。また、脳腫瘍発症後の生存率は、Rad54Bの発現が増加している患者で低いことも確かめられた。さらに、ヒトのがん細胞を移植したマウスに対して、既存の薬剤治療と同時にRad54Bタンパク質を阻害した場合と、阻害しなかった場合を比較したところ、Rad54Bを阻害した方がより強くがんの増殖を抑えられることがわかった。
宮川清教授は「DNA修復分子として知られていた Rad54Bの機能が高まると、細胞周期の進行を監視するチェックポイントが抑えられ、異常な遺伝情報を有した状態での細胞周期の進行が促進されることが判明した。このような細胞周期の進行を制御する新しい仕組みがわかったことで、がんの治療や予防の新しい基本原理の確立が期待される」と話している。
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・東京大学 プレスリリース