世界史とネコの移動を遺伝的に実証

中東から欧州、米大陸へ移動したネコ集団と、シルクロードを伝ってアジアに広がった集団に大別されることが遺伝的に初めて裏付けられた。
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愛らしいネコは世界史とともにあった。イエネコの移動経路や各品種の起源を探る指標となる内在性レトロウイルス(過去に感染したレトロウイルスの痕跡)を、京都大学ウイルス研究所の宮沢孝幸(みやざわ たかゆき)准教授と大学院生の下出紗弓(しもで さゆみ)さん、東海大学の中川草(なかがわ そう)助教らが発見した。この手法で、中東から欧州、米大陸へ移動したネコ集団と、シルクロードを伝ってアジアに広がった集団に大別されることが遺伝的に初めて裏付けられた。約100種類あるネコ品種の起源をたどる手がかりにもなりそうだ。2月2日付の英オンライン科学誌サイエンティフィックリポーツに発表した。

イエネコの家畜化は穀物を荒らすネズミの捕獲用として、約1万年前に中東で農耕の発達とともに始まり、次第にその愛らしさからペットの側面が重視され、多様な品種がつくられてきた。一部のネコたちは貿易商人やバイキングたちと欧州を旅して回り、15~17世紀の大航海時代に新大陸へと上陸していった。一方、あるネコたちは1~6世紀に、経典をネズミから守るために仏教徒と共にシルクロードを旅して、独自の形質を獲得したとみられている。しかし、ネコがどのように世界各地に移動し、各品種がつくられたのか、謎がまだ残っている。

研究グループは、系統学的解析の新手法として、ゲノムに組み込まれている内在性レトロウイルス(ERV)を使った。レトロウイルスはまれに生殖細胞に感染して、宿主ゲノムの一部として子孫へ受け継がれ、ERVとなる。ある個体で生殖細胞ゲノムの特定の領域にERVが組み込まれると、子孫ゲノムの同じ位置にもERVが組み込まれたままになり、やがて子孫集団のすべての個体が同じ位置に ERV を保持するようになる。この特性を利用し、ERVの分布を世界のネコ19品種、141匹で比較した。

研究グループは、イエネコの血液や細胞のゲノム配列を比較して、すべてのイエネコがC2染色体にRD-114ウイルス関連配列を保有していることを突き止め、これをRDRS C2aと名付けた。イエネコ以外のネコ科動物のトラやユキヒョウ、サーバルキャット、ベンガルヤマネコでは RDRS C2aを保持していなかったため、RDRS C2aの侵入時期はベンガルヤマネコ とネコ属が進化の過程で分岐した620万年前以降であることを確かめた。

さらに、RDRS C2aとは別の染色体上にもRDRS を保有するネコがいることを見出した。RDRS C2a以外のRDRSはすべてのイエネコが保持しているわけではないため、新しいRDRSといえる。これらの新しいRDRSを保有している個体は欧米では約半数であったのに対し、アジアでは4%にすぎなかった。この事実から、中東で家畜化されたイエネコのうち、欧米へ向かった一部の集団にのみ新しいRDRSが繰り返し侵入したことが推測できた。

新しいRDRSの染色体上の位置を調べると、ヨーロピアンショートヘア、米国のアメリカンショートヘア、アメリカンカールは共通してE3染色体にRDRSを保有していた。ヨーロピアンショートヘアの元となったスカンディナビア半島の土着ネコがイギリスに渡った後、1620年にメイフラワー号に乗って新天地のアメリカに上陸し、この2品種 がつくられたらしい。このE3染色体のRDRSが各品種の起源の手がかりになることを今回実証した。今後、各ネコがどの染色体に新しいRDRSをもっているかを詳細に調べれば、ネコの移動の歴史がより明らかになると考えられる。

宮沢孝幸准教授らは「内在性レトロウイルス配列のRDRSのさらなる研究はイエネコの起源や歴史をひも解くだけでなく、品種ごとの違いの理解にも役立つ。また、ネコゲノムに入ったのが非常に新しいため、レトロウイルスの内在化過程を調べるための貴重なモデルとなり得る」とみている。

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(いずれも提供:京都大学)

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・京都大学 プレスリリース