企業のダイバーシティに関する取り組みは、日本でもすっかり一般化した。ここ数年は、その範囲をセクシュアル・マイノリティにまで広げる流れが起きている。そのようなトレンドを牽引しているのが、アパレルメーカーのギャップジャパン(Gap Japan)だ。
東京レインボープライドの出展のほか、セクシュアル・マイノリティのポートレート撮影を通じて、日本におけるLGBTの可視化を図るプロジェクト「OUT IN JAPAN」もサポートしている。
LGBTが働きやすい企業、暮らしやすい社会を実現するために、企業や個人はなにが出来るのだろう。LGBT当事者はもちろん、支援者(アライ)に出来ることはなにか――。自身も当事者として、GapでLGBTに関する取り組みを牽引するシニアマネージャーの永田龍太郎さんに話を聞いた。
■なぜGapはLGBTの問題に取り組むのか
――永田さんが会社でLGBTに関する取り組みを始めようと思ったきっかけは?
3年ほど前からですが、GapがアメリカでLGBT関連の活動に力を入れていることを知っている人から、日本でもサポートしてくれないかと頼まれるようになったんです。
私は社内でゲイであることをオープンにしていますし、LGBTのコミュニティでも仕事をオープンにしていたので、そういうところから話が広がって、友人のつてで活動への協賛を頼まれたわけです。
そういった依頼が徐々に増え始めた頃に、それを上司に相談したのがきっかけでした。積極的に何かしましょうというよりは、いろいろな話が沢山寄せられて困っていたので、どうしましょうかというところが実はスタートでした。あまり戦略的ではなかった(笑)。
――相談したとき、周囲の反応はどうだったのですか?
上司が、「勇気を持って議論のテーブルに持ってきてくれてありがとう」と言ってくれました。「いますぐは出来ないかもしれないが、日本でこういう取り組みをしていくことにはブランドをアピールするという面でも意味があると思う」と。そこからいろいろ勉強してみようということになり、2013年の秋から、他の企業がどういったサポートをしているのか、取り組み方のケース・スタディといったことを外部のNPOの方に入っていただいて勉強していきました。
そんな風に、自然な流れで入っていくことが出来たのは、Gapのみんなが同じことを思っていたからでしょう。Gapが従業員に対してもお客様に対してもLGBTを含む多様性を尊重する企業だということを従業員は知っている。でも、お客様には伝わっていない。このことを知ってもらえたら、もっとGapを好きになってもらえるんじゃないか。そんな思いを多くの人が共有していたんです。
■日本の企業風土を言い訳にしてほしくない
――永田さんご自身が、カムアウトされたきっかけは?
いつカムアウトしたという、はっきりした記憶はありません。9年ほど前に入社したのですが、その時、すでにオフィスにオープンな同僚が何人かいましたから、ゲイであることがそんなに特別ではなかった。
ニューヨークのオフィスにはマーケティングルームにストレートの男子があまりいないというような状況で(笑)。ですから、隠すのもおかしいし、わざわざカムアウトするのもおかしいという感じでしたね。ゲイかどうかということを誰もそんなに気にしていない。
――LGBTが働きやすい企業風土なのですね。
セクシャリティに関してのみならず、「Zero means zero(ハラスメントは全て認めない)」というルールが徹底されている会社です。なにか問題があったときには自分の上司を飛び越して、その上の上司に相談出来る仕組みがあります。他の部署の人に相談して、余計嫌な目にあうということがないようになっていますし、部下を持つ立場の者がいい意味で緊張感を持っていますね。
――やはりアメリカの西海岸で生まれた企業ということで、そのような風土が醸成されたのでしょうか。
たしかにそういう面はあるかもしれません。“カルチャーとして根付いているのは、アメリカ企業だからでしょ”とはよく言われますね。ただ、ギャップジャパンはすでに20年以上の歴史があり、北海道から沖縄まで約八千人の従業員を抱えています。しっかりと日本に根付いている企業という自負がある。ですから、(LGBTの取り組みができないのは)日本企業だからを言い訳にしていただきたくありません。
■多くの人の協力で実現したレインボーのロゴ
――東京レインボーウィークには2014年から参加されています。
2014年は、まず原宿店から始めてみようということで、原宿店のロゴをレインボーカラーに変えたり、マネキンのコーディネートでレインボーカラーを表現したりしました。お客様から見える部分のことで言えばそれだけの話なのですが、社内的には非常に多くの部署が関わってくるので簡単ではありません。
ビジュアルの担当者、マーチャンダイジングの担当者、店舗運営のチーム、店長から、その上のエリアマネージャーまで、多くの人たちに協力してもらわなければならない。通常業務の他に仕事が増えるわけですが、みんなが「この会社だから出来ることだし、ぜひやろう」というポジティブな反応をしてくれた。そのことは私にとってとても嬉しい驚きでしたね。
この時に出来たレインボーのロゴは、日本のマーケティングチームにいるグラフィックデザイナーによるものです。東京レインボーウィーク参加にあたって原宿店のロゴを変えたいということでグローバルに承認を取りました。
ロゴをここまで変えるというのは世界で初めてのこと。正直、私も承認が通るか半信半疑でした。ただ、いろいろな人たちと相談していく中で「どこまでやれるか分からないけど、提案はしてみよう」ということになった。本当に多くの人たちにフォローアップしてもらって実現したんです。
――お客さんの反応はどうでしたか?
原宿店での取り組みに関して言うと、主に反応があったのはLGBTのコミュニティ内部だったかと思います。それ以外のお客様は、まだまだレインボーが何を意味するかを知らないという方も多いですから。コミュニティの人にSNS上でシェアしていただいたり、語っていただいたりしたことは非常に励みになりました。
東京レインボーウィーク中、Gap原宿店のロゴがレインボーに(2015年)
パレード会場となった代々木公園のブースではレインボーのフライヤーを配布したりしました。お子さん連れのお母様から「Gapがこういう活動をしてくれてうれしい」というお声を掛けていただくことが多かったのが印象に残っています。
今の若いお母様たちはセクシャル・マイノリティに自然に接してきた最初の世代だと思うのです。セクシャル・マイノリティの友人がいたという人も多いのではないでしょうか。だから、自分の子どもが当事者かもしれない、あるいは子どもの友達が当事者かもしれないという想像が出来る。そうなった時に子どもを加害者にも被害者にもさせたくないという思いがあるのではないでしょうか。
■アートの力への確信から「OUT IN JAPAN」に協賛
――東京レインボーウィークへの初参加で見えてきたことは?
昨年はトライアルという感じでした。まずは協賛という形で参加して、お客様の反応がどういったものなのか、ネガティブな反応があるのかどうか、店舗も含めた運用での改善点はどのようなものがあるか。そういったテストに近い部分があった。
それを経た上で、よりブランドらしい参加が出来ないのかという課題が起ち上がってきました。ただ「参加してます」というだけでは、私たちがなぜ取り組んでいるのかまでは伝わりにくい。レインボーのロゴを見て「きれいだね、これどういう意味だっけ」というような反応がずいぶんあった。そんな様子からアートの力を感じたのです。
――アートの力。そういった経験が、セクシュアル・マイノリティのポートレートを撮影するプロジェクト「OUT IN JAPAN」につながったのですか。
クリエイティブの力、ブランドとしてのフィロソフィを感じられるものが何かできないかということを、ふとした会話の中から「ポートレートっていいんじゃない」という発想が出てきたのです。Gapでは、もともと服ではなく着る人の個性、その人らしさにスポットライトを当てるキャンペーンを長年やってきています。そのビジュアルとして使用しているのがポートレート。LGBTの皆さんのポートレートを撮るというのは私たちらしいのではないか、と。
昨年から認定NPO法人グッド・エイジング・エールズの松中権さんにお世話になっていて、松中さんにこの話をしていたんです。グッド・エイジング・エールズさんのほうでも、より身近な“隣のLGBT”的な可視化を進めたいという問題意識を持たれていた。彼らもポートレートでなにか出来ないかと考えていました。
松中さんはLGBTのキャラクターが登場するミュージカル『RENT』に関わっていたのですが、そのパンフレットなどのキービジュアルを、写真家のレスリー・キーさんが撮影することになった。それならということで、私たちにスポンサーになってもらえないかという打診があったわけです。
—―レスリーさんは、コラボということについてどのような反応でしたか。
レスリーさんは、過去にタイアップの仕事をされていたこともあり、Gapのことをよくご存知でした。Gapには、過去の広告を集めた『Individuals』という写真集があるのですが、レスリーさん に写真集を見せたところ「この写真集、持っています。自分もこのイメージでした」と。
クリエイティブのディレクションというのは非常に難しくて、もめることも少なくありませんが、「OUT IN JAPAN」に関してはすぐに決まりました。本当に、とんとん拍子で話が進んだのです。
■東京レインボーウィーク、従業員100人以上が参加
――第1回の撮影会では、撮られる方も、スタイリングするスタッフもとても楽しそうなのが印象的でした。
「OUT IN JAPAN」では服を提供しています。強制ではないのですが、着ていらっしゃったお気に入りの服に、うまく差し込む形でスタイリングして仕上げていくというやり方です。撮影現場に服を数百着用意して、被写体の方、お一人おひとりとどんな風にしたらいいか相談しながらスタイリングしていくのです。
日頃の接客スキルが、撮影現場を盛り上げるのにも活かされているのかもしれません。2015年のレインボーウィークの会場に設置したブースには100人以上の従業員が参加しています。よりお客様が楽しめるようにフェイスタトゥーやアイロンプリントをご用意しました。このときのお客様とのコミュニケーションにも、日々の接客で磨かれたスキルが存分に活かされていました。従業員がアンバサダーになれていたと思います。
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■「話すこと」でアライが可視化され、従業員の言葉も変化
――Gapのように、LGBT支援のために何か出来ないかと思った企業や個人は多いと思います。そういう人たちは、まずどんなことから始めればいいと思いますか?
「話すこと」でしょうか。先ほどもお話したように今年の東京レインボーウィークには100人を超す従業員が参加しました。LGBT当事者も、そうでない人もいるわけですが、みんなが一緒に作業しながら話をするわけです。
「LGBTの友だちがいるから、会社でこういうことをやるならぜひ参加したいと思った」というような当事者でない人の話が聞けたりします。こういう話は会社で業務している中ではなかなか出来ません。だから誰がアライか分からない。参加した人が、翌日、職場に持ち帰って、ランチのときにでも「昨日、こういうことがあったんだよ」という雑談をする。それでアライがいることが分かる。何かしら差別的な言動があったときに「私はそれをよしとしない」という人がそこにいることがはっきりする。それだけできっと変わっていくことがあるはずです。
「OUT IN JAPAN」はLGBTの可視化の取り組みですが、従業員が参加できるイベントを通して、結果として会社の中でアライの可視化が進んでいます。
実は、この取り組みを始めてから社内で使われる言葉が変わりました。それまで「彼氏」や「彼女」、「奥さん」、「旦那さん」だったのが、「パートナー」と言う人が増えた。逆に言えば、使う言葉をちょっと変えるだけでも、LGBTにとっての職場環境は大きく変わってくるのではないでしょうか。
(取材・文 宇田川しい)
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