ゲーム的な仕掛けで社員のモチベーションは上がるのか

いま、さまざまな分野で「ゲーム」の威力が猛威を振るっている。 それまで多くの科学者たちが10年間かけても解けなかった酵素の複雑な構造解析の問題をオンラインゲームとして多くのゲームプレイヤーに解かせてみたら、たったの数週間で、それまでの10年間の成果をはるかに上回る数々の発見がなされた。

 いま、さまざまな分野で「ゲーム」の威力が猛威を振るっている。

 それまで多くの科学者たちが10年間かけても解けなかった酵素の複雑な構造解析の問題をオンラインゲームとして多くのゲームプレイヤーに解かせてみたら、たったの数週間で、それまでの10年間の成果をはるかに上回る数々の発見がなされた。

 2008年のオバマ大統領の選挙支援SNSでは数多くのゲーム的な仕掛けが施され、オバマ大統領の初当選をサポートした100万人を超える支援者たちは、まるでゲームを楽しむようにオバマ大統領を後押しし当選へと導いた。

 このように、社会のさまざまな活動の中にゲームの要素を持ち込むことが、「ゲーミフィケーション」いう用語で呼ばれ、この数年で爆発的に普及した。そして今、広告、販売、CGM等々、このムーブメントはビジネスの中にも広まりつつある。

 第1回は、以下のビジネスシーンでの会話の中で「ゲーミフィケーションとは何か」について解明していく。

<背景>

 A社の人事部課長の木山はこれまで長く人事畑を歩んできた。今年から新たに就任した社長のヤマモトの大号令で、社員のレベルアップを図るべく、人事システムを改善するよう指示が下りプロジェクトを任された。人事システム刷新の斬新なアイデアを求めて、ゲーミフィケーションの世界では著名な有識者であるスミスを訪ねた。

【登場人物】

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井島:若手社員。20才代後半。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)修士修了。いまひとつ、現在の企業文化になじめず困っている。ゲーミフィケーション活用については慎重派。

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木山:課長。50才前後、人事部出身、若手社員の気持ちがどうもわからないでいる。ゲーミフィケーション活用には怪しげな推進派になる。

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スミスたかし:母親が日本人のハーフ。普段は日本語で会話する。ゲーミフィケーションのスペシャリスト。

■社員のモチベーション向上のためにゲーム的な要素を持ち込む

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木山:スミス先生、本日は、お忙しいところお時間を割いていただきありがとうございます。私は人事部に勤めておるのですが、何か、こう人事制度の中にもゲーム的な要素を持ち込めないかと考えております。

ゲームのように仕事に取る組んでくれないかと常々思っているのですが、なかなか、こう…社員に「これをみんなでやろう!」と呼びかけても簡単にはついてきませんし、だからといって「今期は、こういうことを目標とします!」と宣言させるだけでモチベーションが上がるというものでもない。どうすれば、仕事をもっと活き活きとやってもらえるのだろうか…と思いまして。うちでも、たとえば、この井島など若いスタッフはそういったタイプのプロジェクトに対して相性がいいだろうと思っているのですが、具体的には、どう取り組めばいいのか、今ひとつ勘所がつかめません。

それで、恥ずかしながらですね、先生のご著書もまだ十分に読んでおりませんが、大変恐縮ながら、ゲーミフィケーションっていうのはいったい何なのか、基本的なところから、ひとつお話を伺いたいと思いまして。

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スミス:あー、わかりました。

まず、ゲーミフィケーションという言葉の基本的な意味から説明しますね。ゲーミフィケーションとは、社会のいろいろな活動のなかにゲームの要素を取り入れて行きましょう、という程度のゆるやかな意味なんですね。

たとえば、よく例に出されるのは、ラジオ体操に毎日子どもを来させるために、ラジオ体操の出欠カードを作って、来た子どもにはハンコを押していきますよね。あのハンコが溜まるのが面白くて、思わず皆勤賞を狙ってしまうというのも、広い意味でのゲーミフィケーションです。

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木山:実際にゲーミフィケーションのビジネスってどんなものがあるのでしょうか。

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スミス:木山さん、クルマは何にのってらっしゃいますか?

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木山:あ、はい。最近、今流行のプリウスを買いまして。

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スミス:いいですね。それでは、木山さんは、もう既にゲーミフィケーションの現場を目にされていらっしゃいますよ。どれだけ、エコ・モードで車を走らせたかといった情報を、今では車のほうからくれますよね。「今日は、XXkm/L走って、エコ運転スコアは、◯◯でした」といったように、プリウスのほうで情報をくれます。しかも、それをすぐにSNS上で公開して、「今日はこんなに歩きましたよー!」というようにことを公開できます。すると、すぐに誰かが「いいね!」ボタンを押してくれて反応が返ってくる仕組みになっているわけですね。

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木山:えっ、そうなんですか。プリウスとSNSとの連携とかは、恥ずかしながら、乗ってはいるのですが知らなかったです。SNS上で成果を共有して、モチベーションを高められるなんて、時代はいつの間にか変わってきているんですねえ。

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スミス:ゲームのようにエコ運転スコアが上がれば、もっとエコ・モードで運転したくなりますよね?サービスとライフログみたいなものが、いま直接つながりはじめたことによって、ゲーミフィケーションの応用範囲が非常に大きくなってきているわけですね。

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木山:なるほど。やっぱり、単にラジオ体操のハンコということではなくて、今あらためて言われたみたいな理由があるわけですか。

■ゲーミフィケーションが言われ始めた三つの理由

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スミス:ご推察の通り、基本的に発想レベルでは、すごく新しいという話ではないんですね。ただし、新しく言われはじめたことには、それ相応の理由があるんです。それは、「ライフログ」、「SNS」、「ゲーム世代の成熟」といった三つが大きなポイントではないかと思います。

世代の問題は省略するとしてですね、まず一つ目はライフログの技術が普及したことで、日常生活のいろいろなことを「ゲーム」の要素に組み込みやすくなったこと。たとえば、朝起きてから、木山さんがいまここにいらっしゃるまでの行動を知ろうと思ったら、二〇年前だったら、誰かが横に張り付いて木山さんを監視していないと、木山さんが何をしたか、ということは記録できないわけですね。でも、今、木山さんスマートフォンもっていらっしゃいますか?

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木山:あー、最近ようやくスマホを買いました。

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スミス:おー。それですよ。スマートフォンの中には振動センサーもついてますし、GPSも組み込まれていますから、木山さんの行動一つ一つをゲームの要素に変換できますよね。

この位置情報を使ったゲーミフィケーションの事例として一番有名なのは、“Foursquare”というサービスです。例えば、そこにあるスターバックスに立ち寄ると「いま、桜木町のファーストフード店にいますよ」ということをチェックインしてポイントを稼ぐことができるんですね。“Foursquare”以外にも、“SCVNGR”だとか、日本で言うと少し方向性の違ったところで『コロプラ』が位置情報を使ったゲームを仕掛けていますね。この分野の競争はここ数年でどんどんとヒートアップしています。

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木山:そのポイントを稼いで何が嬉しいんですか?

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スミス:たとえば、その桜木町にあるファーストフードの店舗を一番よく使っているのは誰か、という話題でいろいろな人と競うことができるんですね。それで、一番その店舗に頻繁にきている人には、月に1回タダでコーヒーが飲めるとか、そういう特典をお店が付けていたりします。ファン同士での争いを楽しむことができるんですね。

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木山:なるほど。若い人は面白いのかもしれませんね。恥ずかしながら、世代のせいか私にはまだちょっとピンと来ない世界ですね…。

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スミス:いや、これは世代が若ければ誰もが面白いというわけでもないんです。いつも行くスターバックスとかマクドナルドで、「気がつけばそういう遊び方もできるな」という回路が用意してある、そのこと自体がいいんですね。そこが第二の新奇性につながるのです。が、「いつも使っているデジタルな居場所」という発想が、ここ5年ぐらいでいろいろな様々な形で出来てきたということがあります。

自分一人でプレイしているゲームというものが、簡単に楽しくみんなでプレイするということをものすごくやりやすくなったわけです。

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木山:あー、なるほど。そういうものと関係してくるわけですね。うちの井島はフェイスブックもツイッターもやっているようなんですが…やってるよな?井島?

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井島:…はい。やってます。

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木山:いやー、ただ、お恥ずかしながら私は一応フェイスブックにはアカウントだけは作ったんですが、弊社の中はセキュリティの都合上、社内からツイッターやフェイスブックにアクセスすることが禁じられておりまして、アカウントは作ったものの、普段ほとんど見られないんですよ。

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スミス:よくわかります。大企業のかたはみなさん苦労されてらっしゃいますね。ただ、そういったかたにはですね、すでに社内SNSサービスにゲーミフィケーションを施したものも、今、出てきてるんですね。例えば代表的なところでは、”Rypple”といったような、米国Facebook本社でも使われていた社内SNSサービスがあります。これは、プロジェクト管理ツールとして、よく頑張っている社員に「バッジ」を与える仕組みとSNSをワンセットにしたようなサービスを展開していますね。

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木山:おお、そうなんですか。社内SNSですか。なるほど、なるほど。社内SNSは弊社でも一度導入したことはあります。な、井島。

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井島:…はい。6年前に導入しました。

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スミス:どうですか、利用状況は。

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井島:…うーん、当初は比較的よかったのですが、最近も日常的に使っている人は一部ですね。私も最近はあまり使いません。

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スミス:うんうん。そうですね。みなさん、しばらくすると使わなくなってしまうんですよね。

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木山:きちんと使ったらすごいのだろうとは思っているのですが。

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スミス:そうですね、単に社内SNSを導入しても、なかなかうまく使いこなせないことのほうが多いですよね。

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木山:社内コミュニケーションを活性化させなければいけない、こういう問題意識はすごく面倒なんですよ。

例えば、昔だとスモーカーズ・コミュニティが社内のコミュニケーションハブと言われていました。結局、普段「サボっている場所」で部署をまたぐ交流ができたりするんですよね。他にも、社内でいつも何の仕事をしているかわからないような社員が意外と良い成果を残していたりする。ですが、人事側からすれば「サボれ」とは口が裂けても言えないし、社内SNSを用いてコミュニケーション活性化とはいっても、そこに毎日浸っていろとも言えないし、とりあえず導入はしてみたものの、これからどう進めていけばよいのか?という途方に暮れた感じになってしまうんです。どうすればいいんでしょうかね。

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スミス:非常に悩ましい問題ですね。では、次回はこの辺りのお話しましょう。