『全47都道府県幸福度ランキング2016』(東洋経済新報社)で、堂々の第1位に輝いた福井県。日本海に面し、水揚げされた新鮮な魚介類を食べられるほか、山にも近く空気が新鮮で街のいたるところには歴史ある建物も多く存在する......。そんな「都会でありながら大自然にあふれた住みやすい街」として注目を集めています。
ほんの数年前まで「都道府県の魅力度ランキング」45位だった福井県が一体なぜ、ここまで注目されるようになったのか。その理由を知るため、福井県に飛びました。
「福井が誇る"食"と"伝統工芸"の魅力を伝えたかった」。柔らかな眼差しでそう語るのは、福井新聞「まちづくり企画班」の記者、高島健さん。元々は政治部の記者さんだったそうですが、地域に関わることになって体感したことを伺ってきました。
まちづくりを取材する立場から、まちづくりをする立場へ
ーそもそものお話になりますが、「まちづくり企画班」はどういう経緯でスタートしたのでしょう。
「まちづくり企画班」ができたのは、2013年。2015年3月に開通した北陸新幹線(金沢~長野駅間)がきっかけです。いずれは福井県内にも路線が開通する。だったらそれまでに、もっと福井県のまちづくりを考えていこう、という(会社の)ミッションのもとスタートしました。それまでは書いていた記事とはやや毛色が異なるんですけどね......。
ーそうなんですね。高島さんが「まちづくり企画班」に関わるようになったのは、何かきっかけがあったんですか?
きっかけというほどのことではないんですけど。はじまりは会社のミッションとして、僕を含めた4人が各部署から集められたことでした。企画班に移る前はずっと、政治や経済についてを扱う政治部という部署にいて、かなりお堅い記事ばかり書いていて。でも実は、地域の話題を取り上げるのが結構好きだったんです。だから、この企画班に加われることが純粋に嬉しくて、当時は街の歴史の振り返りや地元のキーマンへの取材企画をやろうと考えていました。けど、いくら企画を出しても上司からのGOサインが全然出なかったんです。
ーまちづくり、まちづくりと言葉にするのは簡単だけど、実現するのは並大抵のことではないと。
そうですね。そのときふり返ったのが「20〜30代の若い世代の人たちに福井のまちづくりを担ってもらいたい。そう考えたとき、僕らが企画した"ありきたり"な内容では興味を持ってもらえないんじゃないかな」ということでした。僕は新聞記者ですけど、今の若い人たちってそんなに新聞を読まない。だからこそ「思わず手に取りたくなるような、もっと斬新な企画はないのか?」と、当時の上司も指摘してくれていたんだと思います。
ーやっぱり初の試みとなると皆さん必死ですよね。気持ちの余裕もなくなってしまうんじゃないですか?
はい。半ばやけくそでした(笑)。若者に興味を持ってもらいつつ、福井の魅力は残したい。実は僕自身が福井生まれ福井育ちなので人一倍思い入れもあったんです。やるからにはいいものを作りたいし、地元の人からもよその人からも「福井県っていいところだね!」って思ってほしい。なので、(企画班がスタートした)2013年は企画を練るのにかなり時間を費やしました......。
ーそうなると、どこかで息抜きの時間が必要なんじゃ......?
はい、2014年の年明けはみんなで飲みに行きましたよ。飲みに行くとは言っても、みんな仕事の話ばかりなんですよね。「こうしたらどうか」「いや、それよりこうした方がいいんじゃないか」とか。
ー皆さんが真摯に課題に向き合っていたのがわかります。
そうやってみんなで色々意見を出し合ってるうちに、「福井県の飲食店を駅前にオープンするのはどうだろうか」って話が出たんです。しかも出すのは僕ら"記者"。さらに、実際に体験して記事にしてたら面白くなるかもしれないって。これこそまさに上司の言う斬新な企画だなと、すぐに相談しました。
ーどうして飲食店だったんですか?
福井県の魅力のひとつが食だからです。そこにアプローチできるのは何かなって考えたとき、人通りがもっとも多い駅前が1番効果的なんじゃないかな、と。
ーなるほど。それにしても、飲みの席ってどうしてこう、いいアイデアが思い浮かぶんでしょうね。会議ではなかなか出てこないのに。結局その企画は通ったんですか?
通りました。上司も「楽しさが伝わるいい企画にしてくれ」って応援してくれましたね。
ーまちづくりを取材する立場から、まちづくりをする立場に変わった瞬間ですね。
新聞記者、飲食店を企画運営する!
ーお話を聞くとすごく大変だったかと思うのですが、1番苦労したことや辛かったことってありますか?
う〜ん......。やったことない取り組みだったので、大変でした。はじめてやったのが「ふくいフードキャラバン」という企画。地域の人たちと地域に根付いたものを作るというものなんですけど、たとえば漁村とか山村に行ってテーブルコーディネートをする。で、地域外から来た人が楽しむ様子を動画で撮影してSNSなどで発信する。そうすることで、地域の魅力を知ってもらうきっかけにもなるんですよね。
ー地域に根付く文化とその魅力を体感できるんですね。
そうですね。地域の人からしたら、普段から食べている食材で料理を出すことに、「え、こんな普通のものでいいの?」って疑問はあったと思うんです。実際にそういう声もありましたし。けど、それこそが魅力でもあるし、一生守り続けたい宝だと僕は思っています。そういう声や気づきが街の魅力を伝える大切な情報源になるんですから。
ーこれまで、ほかにどんなイベントを開催したんですか?
ワークショップやポップアップショップを開いたりもしました。ただ、そのときにハッと気づかされることがあって。
ーそれは?
実施にあたって地域の住民の方に協力いただいたんですけど、「こういう一過性のイベントをまちづくりと言うのはおかしいんじゃないか」って厳しい意見が結構あったんです。それまでは地域の人からの反応も良かったこともあっただけに「まずいな」って。もちろん、応援してくださる人もいましたけど、おっしゃる通りだな、と。その場限りで盛り上げるだけでなく、何か常設の場づくりが必要ではないかと考えるようになりました。
ーどう方向転換したんですか?
ただ場を使うだけじゃなくて、リノベーション(古くなった住まいを一から創り直して価値を高めること)に取り組んだんです。2014年当時、すでに注目を浴びていた北九州市発のリノベーションスクールを取材して刺激を受けました。全国の地方都市同様、福井市の中心市街地にも空き店舗は増えていて、そうした遊休不動産を活用して『場づくり』をしようと決心しました。
ー時間も労力もかかることだと思うんですが、記者との両立って大変では?
う〜ん......。そんなこともないかな。自分の中であんまり切り離して考えてるわけじゃないんですよね。「これはまちづくりの活動」「これは記者としての活動」って。それに会社の人たちの協力が大きかったですね。私たち企画班のメンバーがリノベーションの大工仕事をしてて普段の取材に入れないときは、ほかの記者がカバーしてくれました。みんなで一緒に作ってるんだなぁと改めて感じましたね、あのときは。
ー企画を考えたりまちづくりのイベントに参加したりとすごく楽しく活動しているなと、高島さんのお話を聞いていて思いましたが、関わり始めて具体的にどんなことを感じましたか。
数年間活動してきたので、初期に始めた活動は今では僕らが関わらなくても地域の方が継続してくれているものもあるんです。そんなきっかけづくりになった、ということがあとから見えてきたことが嬉しかったですね。その継続してくれている地域の方から、報告が来たりと記者としての情報の入り方が変わった、という点もあります。
ーまいた種が情報の入り口にもなったということですね。素敵です。
新聞という産業の中で、福井新聞のような地域に根差した立場での役割を考えたとき、とことん地域の中に入り込んでいって、発信すべきものを見つける記事を書くことが必要だと思うんです。記者という仕事をする人間として、自分のスキルが地域の役に立っていると幸せを感じています。
ーああ、その実感は自分の活力になりますよね。他にも関わっていたことで感じた変化などはありますか。
この活動を始める前までは、仕事は自分の会社の中だけですることが当たり前だったんです。でもこの「まちづくり企画班」を始めてから、外の人との協力でクリエイティブが生み出せるときの刺激を体験して。例えば「ふくいフードキャラバン」企画の時からお世話になっている、鯖江市のデザイン集団TSUGIの新山さんと一緒に悩んだり、ものを作ったり。だからこそ新聞社の社内だけではありえない斬新な活動ができたんだと思います。
ーTSUGIさんは移住者でもありますよね。今後、福井県をどんな街にしていきたいですか?
やっぱり、魅力的な街にしていきたいです。僕らだけが頑張るんじゃなくて、地域の人と一緒にやることが本物の"まちづくり"だと思っているので、どんどん意見をいって関わっていくべきだと思いますね。
ーありがとうございました。
福井新聞社まちづくり企画班公式Facebookページ https://www.facebook.com/kisyaugoku
【取材を終えて】
「地方創生」を訴える声が多いなか、今までとは違う方法でまちづくりに取り組む記者・高島健さんと福井新聞社。「記者だから取材するだけ」「地域の食材を取り上げるだけ」と一方的になるのではなく、飲食店のオープンやフードキャラバンなど、活動すべてが地域に根付いているのです。しかもそのすべてには必ず、地域住民の存在があります。私も書く仕事をしているので、「作る」ということの本質を見極めなければならないなと、改めて感じました。