フリーハグはヘイトデモに対抗できるか? 若い世代が挑む「人間として認め合うこと」

単に抱き合うだけの活動から、少しずつ、いろんなことが変わっている。
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今は神奈川県箱根町のホテルで働く桑原功一さん(31)が、日本や韓国、中国、台湾など東アジア各地で「フリーハグ」を始めてから、5年が経つ。

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大学を卒業して教員になるつもりだったが、世界一周して見聞を広めてから就職しようと、アルバイトで資金を貯めた後、2008年にフィリピン北部・ルソン島のバギオへ英語の短期留学に飛んだ。全校生徒約400人のうち日本人は12人。残りのほとんどが韓国人だった。

「反日教育」「何か知らないけど、日本人を憎んでいるよね」「ドラマとか流行ったけど...」というのが当時の韓国の印象だった。不安に思っていたが、日本人というだけでモテモテの毎日が待っていた。顔見知りでなくても声をかけてきて、食事やカラオケに興じながら「出会う前のイメージは何だったんだろう?」と思った。

翌年、オーストラリアの農場でワーキングホリデー。アジア人限定のシェアハウスには、韓国、台湾、香港からの人が約30人いた。東アジア各国の仲間とバーベキューやパーティーを楽しむ日々は、理想郷に見えた。「これを拡大していけば、仲違いしている国同士もうまくつなげていけるんじゃないか」

その頃に大流行していた動画で、世界各国で変なダンスを踊る男性の姿に、無性に感動した。世界はすばらしい。人と違うことがすばらしい。この世界に生まれてよかった。そして「こんな簡単なことで世界に感動を与えられるなら、俺でも出来る。1人で出来る」

東南アジアや中国・西安での日本語教師を経て、2011年の東日本大震災の時は、タイのバンコクでCNNを見ていた。義援金への感謝を伝えようと、台湾に渡って自転車で「台湾謝謝(ありがとう)」と叫んで回ったら、テレビで紹介された。「自分が動けば思いは届くんだ」と知った。

そしてその夏、韓国へ。「海外に行く前の自分の価値観を崩そう」と試行錯誤の末に試したのが、様々なネット動画で話題になっていたフリーハグだった。おそるおそるやってみたら、2日間で100人とハグできた。

ただ、再生回数は1年で5000回程度。期待外れの反応に、いつしか自分でも忘れていた。

世界が変わったのは2012年夏、自宅でロンドンオリンピックの中継を見ていたら、YouTubeのコメントが分刻みでつき始めた。韓国の李明博大統領の竹島上陸で日韓は騒然としていた。罵詈雑言の中で「韓国のイメージが変わった」「涙が止まらない」「I love Japan」という書き込みに励まされた。

「教師は制約が多くてフリーハグとかできなさそうだから」と、箱根のホテルで客室の清掃や整備などをしながら、貯めたお金で日本各地や韓国、中国、台湾などを回って、フリーハグを続ける。「自分もやりたい」という人がいれば動画を撮りに行く。

ハグして何が変わりますか? 桑原さんはこう答える。

「みんな、ネットやメディアで相手のネガティブなイメージが勝手にできあがっている。ヘイトコメントする人は、相手の目を見て言えないことを言っている。ハグして人間として認め合えば印象は変わる。大手メディアが映し出さない素顔の部分を映し出したいと思いました。違いにフォーカスするんじゃなくて、同じ人間だという部分をフォーカスしていけば、お互いのイメージも変わるんじゃないかな」

わさびテロ」などで韓国人の対日感情が悪化していた2016年11月下旬、ある動画が韓国で話題になった。

「日韓断交」と横断幕を掲げて行進するヘイトデモをバックに、チマ・チョゴリ姿の女性が目隠しをして、日本人と抱き合う。韓国のテレビ局「YTN」やハフィントンポスト韓国版などでも取り上げられ、再生回数が伸びた。YouTubeでは韓国語で「感動的だがあまりに危険ではないか」「すごい」といったコメントがついている。

撮影したのは桑原さんと、韓国南東部の都市、大邱で日本語を学ぶ女子大生のユン・スヨンさん(22)。2016年2月、大阪の繁華街・戎橋。桑原さんら撮影スタッフ兼ボディーガードの男性3人が、万が一のために待機する中で、撮影は約4時間行われた。

差別的な言動が社会問題化しているヘイトスピーチと、そのデモを題材に選んだことには「住民として存在を脅かされているし、危険な目に遭うかもしれない。単に刺激的な映像を撮りたいという理由で来てほしくない」(大阪の在日コリアンの女性)という批判もあった。桑原さんは「敏感な問題だと理解しています。こういう現実があるということを動画に収めたい、そしてその中で、僕たちのメッセージを分かりやすい形で伝えようと思ったんです」と話す。

ユンさんは「怖かったけど、応援するために来てくれた人もいて、やめるわけにいかなかった」と話す。「朝鮮人は出て行け」「国交断絶」と叫ぶ声が通り過ぎるのを聞きながら、多くの人とハグを交わした。「韓国の国旗を燃やしたりする人がいるのかと思って身構えていたんですが、差別に抗議するカウンターという人がいることも、そのとき初めて知りました」

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2015年に静岡大学に留学して、それまで日本に持っていた固定観念を覆された。「日本ではいつも嫌韓デモをやっている。日本人はみんな韓国人が嫌いだ...」と、韓国のニュースを見て漠然と思っていたが、日本に来てコンビニでアルバイトをしていると、名札に気づいて韓国の歌を歌ってくれるお客さんがいた。「差別されるかと思っていたのに、みんなやさしくしてくれた。韓国にある日本への偏見を取り除くために、何かしようと思った」。

ネットで桑原さんの動画を見つけて「これなら私もできる」と、一緒に活動するようになった。クラウドファンディングで旅費を募ると、70万円以上が集まった。約80人の支援者はほとんどが日本人だったという。2015年10月から京都、横浜、札幌、福岡などを回り、支援者の半分以上には直接会った。

大阪での動画が話題になったあと、韓国では「勇気ある女性」というテーマで雑誌の取材を受けるなど、時の人になった。「でも、私より、この活動を支援してくれる日本人の気持ちに注目してほしい。嫌韓デモをする人もいるけれど、そこでも日本人はハグしてくれる」と、ことあるごとに韓国で伝えている。

ハグして何が変わりますか? ユンさんはこう答えた。

「回りから少しずつ変わっていきます。私の両親も日本にいい感情を持っていなかったけど、私の活動を見て、母や弟は日本旅行をするまでになった。私の動画を見て『日本人に偏見を持っていたけど、考えが変わった』という韓国人のメッセージもいくつも届いた。自分の目で判断してもらう、そのきっかけをつくりたい」

■「韓国は大嫌いだったけど...」

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兵庫県に住む自営業の男性(42)は、ユンさんのクラウドファンディングに真っ先に応じた一人だ。かつては李明博大統領の竹島上陸に慰安婦問題、そして「フジテレビの韓国推し」に我慢が出来ないと思う一人だった。韓国は大嫌いだったし、「韓国人はみんな日本人が嫌いなんだろう」と信じて疑わなかった。

「2月11日の建国記念日には橿原神宮にお参りする、という家庭で育ったこともあって、ネットでついつい偏った情報を求めてしまっていた」。それが、フリーハグで抱き合う映像を見て「純粋に感動した。『お互いが嫌いじゃない』というシンプルなことを伝えようとしていることに心を動かされた」。

歴史認識などの問題ではユンさんと話が合わないこともあるが、ユンさんの来日時は食事会をしたり、宿を提供したりするなど、「日本のお父さん」と言われるまでになった。「今は『相手の言い分を聞いてみよう』という所まで戻ってきたかな」。

最近は韓国でフリーハグをしている他の大学生にも少しずつ資金援助している。「若い世代はわだかまりなくやっていけるのかもしれない。僕みたいな逆の立場の人間を説得して、意識を変えるような活動を続けてほしい。それが広がり、積み重なって、未来が明るいものになることを願っています」

単に抱き合うだけの活動から、少しずつ、いろんなことが変わっている。