従来、経理業務や給与計算のようなバックオフィス業務は、「士業」がその仕事を担っていた。中小企業においてはミスの防止や経営者の手間の削減ため、税理士や社会保険労務士へアウトソーシングする事が一般的であった。会社設立に関しても、司法書士や行政書士がそれなりの額の報酬で請け負っていた。
■士業に対するIT業界の攻勢
ところが、ここ数年でそういった「士業」の業務分野と密接に関連したITサービスが次々と展開され、旧来の常識に対して変化が生じている。
具体的には、クラウド上で簡単に記帳や給与計算がでるサービスや、必要事項を入力したら自動的に会社設立の申請書類が出来上がったりするようなサービスが次々とリリースされ、士業とIT企業の間で、顧客の奪い合いや価格競争が発生しつつあるのだ。
■freee社のクラウド会計ソフト
その旗手は新進気鋭のベンチャー企業、freee社である。2013年3月、iPhoneを操作するような感覚で、楽々と記帳を行うことができるクラウド会計サービス"freee"をリリースし、2014年7月時点では、既に10万ユーザーを超えているということである。
従来の、設定の細かさを重視した複雑な会計ソフトとは逆に、分かりやすさや視覚的な操作性を重視し、専門性を持たない経営者でも使いこなせるような「手軽さ」を売りにした"freee"は、またたく間にベンチャー企業の経営者やSOHOを行う個人事業主の心をとらえた。
同様の思想に基づき、現時点ではまだベータ版ではあるが、クラウド給与計算ソフトの提供も開始している。
・会計freee http://www.freee.co.jp/
・給与計算freee http://www.freee.co.jp/payroll
これまでは、記帳は税理士の、給与計算は社労士の、それぞれ顧問料の重要な源泉であった。このようなソフトのリリースは、士業にとって、まさに「黒船」の来襲のようにも思える。
■士業が"freee"を敵視するのはお門違い
だが、私はfreee社のサービスをネガティブに捉えるつもりもない。
時代が進んで、従来の勢力図を塗り変えるようなインパクトを持った新たな製品やサービスが登場することは歴史を振り返っても世の常だからだ。
例えば、カメラの世界を思い出してみよう。銀塩フィルムの時代には、富士フィルムとコダックが世界的なシェアを持っていた。しかし、デジタルカメラの発達により、銀塩フィルムはあっという間に時代遅れとなっていった。
いちはやくデジタルカメラへの対応や、医療やヘルスケアなどへビジネスモデルを転換した富士フィルムは生き残り、あくまでも銀塩にこだわり続けたコダックは2012年1月に米国連邦破産法11条の適用と大幅な事業縮小を余儀なくされている。
つまり、明暗は、既得権益を持っている側が、その変化をどのように受け止めるか次第ということである。
■ピンチをチャンスに変える
士業の世界のIT化に関しても、前向きに考えれば、よりクリエイティブな業務に集中できるチャンスと見ることができるのではないだろうか。
私のような社会保険労務士であれば、これまでは手続代行や給与計算の実務作業だけで手一杯だったのが、その負荷が下がることで、給与の支払総額と売上高のトレンドを分析して、マンパワーの投入に見合った売上が立っているのかをコンサルティングしたり、よりモチベーションを引き出せる給与体系を提案したりといったこともできるようになるわけだ。
■最終的にはお客様や国家のため
"freee"の一例に限ったことではなく、技術は常に進化しているのであるから、士業だけが旧態依然としていられるはずはなく、お客様のためのよりよいサービスを生み出していくという気概を持たなければ生き残ることはできないと、私は危機感を持っている。
そして、そのような健全な意味での危機感を持つことで、士業自身も成長するであろうし、その結果として経営者や起業家に対する士業からの支援が質・量ともに強化され、ひいては、我が国の産業の発展や新陳代謝の促進への貢献にもつながるのではないだろうか。
《参考記事》
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あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵