4ヶ月を切ったフランス大統領戦、最有力候補者の顔ぶれ

フィヨン、ルペン、マクロンの3有力候補は掲げる政策も大きく異なるが、政治イデオロギーの対立を超えて、3人ともそれぞれ非常に魅力のある人物達だ。
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(写真 : © ALAIN JOCARD / AFP)

今年4月23日に第一回投票、5月7日に決選投票が行われるフランス大統領選。安全保障やBrexit後のEUの問題、フランス国内の経済・社会問題をめぐり、各候補者間の激しい選挙戦が展開されるが、毎日のように現役大臣や各政党の党首がテレビやラジオに出演してジャーナリスト達とデイベートし、市民の質問に答える姿を見るにつけ、政治が人々の暮らしにとても身近な国、民主主義が根付いた国だと感じる。

国民が直接選ぶ国のリーダー

フランスの大統領選はアメリカ大統領選と違い、国民が直接大統領を選ぶ直接選挙。選挙権は憲法第3条で「市民権を有する全てのフランス国籍を持つ成人の男女」に与えられている。

大統領選で投票するためには、選挙権者は前もって市役所で投票者リストに登録しなければならない。2017年の大統領選への登録締め切りは2016年大晦日。パリやリヨンなどの大都市ではインターネットで登録するシステムが置かれているが、小さな都市では市役所に直接赴く必要がある。

被選挙権は市民権を有する全てのフランス国籍を持つ成人に与えられているが、大統領選に出馬するためには、500名以上の議員から候補の支持を受けなければならない。

支持議員はその所属する政党や議会のレベル(国会、欧州議会、地方、市町村議会)を問わないが、支持が一つの地方に偏ることを避けるために、(コルシカやポリネシアを含めた)フランス全領土の最低30県にまたがっている必要があり、また支持議員総数の1割が同じ県に所属していることが禁止されている。

全ての有権者に開かれた予備選挙

いくつかの政党で予備選が行われる。フランスで最も話題になるのが「右派の予備選」( « primaire de la droite »)と「左派の予備選」( « primaire de la gauche »)。右派、左派それぞれ複数の政党が一人の候補者を選出するが、「右派の予備選」は主に共和党(Les Républicains:元UMP国民運動連合党。2015年に改称)の候補者を選出する予備選を、「左派の予備選」は主に社会党(PS, Parti socialiste)の候補者を選出する予備選を指す。

従来予備選の選挙権は各党の党員に限られていたが、フランスでは現在、右派も左派も予備選の選挙権を各派の「政治信念を持つ」全ての有権者に開いており、投票者リストに登録して2ユーロを払えば誰でも投票することができる。

2017年の大統領選に向けた右派の予備選は2016年11月20日に第一回投票が、27日に決選投票が行われ、サルコジ大統領時代に首相を務めたフランソワ・フィヨンが66,5%の得票率で圧勝し、大手世論調査では大統領候補として常に支持率がトップだったアラン・ジュペが、ボルドー市長の職にとどまることとなった。

左派の予備選は2017年1月22日に第一回投票、29日に決選投票が予定されており、39歳の女性で前大臣のシルビア・ピネルの他、7人の候補者がいる。オランド大統領が再選を目指さないことを表明したことから、マニュエル・ヴァルス(前首相)、アルノー・モントブール(前経済相)、ブノワ・アモン(前教育相)が有力である。

予備選の結果を待つ左派を除いて現在正式に大統領候補となっているのは15名(うち女性4名)。

12月上旬イプソス社、イフォップ社、BVAの大手3社が行った世論調査によると、第一回投票で上位となるとされているのが共和党候補のフランソワ・フィヨン(予想得票率27 %)、極右政党、国民戦線(FN, Front national)のマリーヌ・ルペン(24%)、社会党を脱党して無所属のエマニュエル・マクロン前経済相(15,6%)で、決選投票ではフランソワ・フィヨンが67%の得票率で当選するとされている(イプソス社世論調査; イフォップ社世論調査; BVA社世論調査)。

一方1月5日に発表されたELABE社の世論調査では、左派の予備選でアルノー・モントブールが勝利した場合、第一回投票でエマニュエル・マクロンがマリーヌ・ルペンを抑え、決選投票に進むともされている(ELABE社世論調査)。

有力候補者3人の中でフランスのマスコミが今一番注目しているのは、39歳のエマニュエル・マクロンハフィントン・ポストフランス版2016年12月21日記事)。2016年12月30日に発表されたハリス・インターアクテイブによる世論調査でも、マクロンがフランスで「最も信頼のおける政治家」とされた(EXPRESS誌2016年12月30日記事; フィガロ誌2016年12月31日記事)。

有力候補者の紹介

フィヨン、ルペン、マクロンの3有力候補は掲げる政策も大きく異なるが、政治イデオロギーの対立を超えて、3人ともそれぞれ非常に魅力のある人物達だ。

エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)-無所属

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(写真:© ALAIN JOCARD / AFP)

1977年12月21日生まれ(39歳)。医者の息子、ENA(国立行政学院)卒業、元投資銀行家。大学で哲学も専攻し、一時哲学者ポール・リクールのアシスタントを務めた。妻のブリジット(63歳)は高校時代の国語の先生。子供はいないが、« フィガロ »という名前の犬を飼っている。

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(バカンス中のマクロン夫婦をトップ記事にする2016年8月のPARIS MATCH誌の表紙。写真 : © PARIS MATCH/SCOOP)

人気の秘密-意思を貫く強い性格と鋭い知性

エマニュエル・マクロンが大統領選に出馬できるほどフランスで人気が高まったのは、特にマニュエル・ヴァルス首相の権威的な政策に強く抵抗し、自由に自分の意見をはっきり言う態度を示したことがある。

一つにはテロ対策。2015年11月に起きたパリ多発テロの後、マニュエル・ヴァルス首相が「イスラム狂信主義者達を社会学的、文化的見地から説明しようとすることはそれを許すことになる」という演説を振るい、テロ犯罪者からフランス国籍を剥奪する改憲案(*注1)をオランド大統領と進めたのに対し、マクロン経済相は「テロリストの温床を作る元となった社会的疎外、差別の環境を作った責任は私達にある。フランスの共和主義、平等の理念が一部の社会層に行き届いていないこと、このことを自覚して社会を変えていかなければ」と発言し、国籍剥奪の改憲案についても、オランド大統領、ヴァルス首相とは一線を画する態度を示した。

移民政策についても「難民受け入れはフランス経済を強化する」と発言し、フランスの過去30年間の移民同化政策を「テロの原因」とするヴァルス首相に対抗。2016年初めには各メデイアから「政府のスター」( « Le star du gouvernement »)と賞賛されるほどになる(フランス2« JT20 »、2016年1月28日放映)。

2016年4月に経済相の立場にありながら、従来の右派、左派の政党対立を超えた政治の実現を目指す « En Marche ! »(「前に進もう!」)という独自の政治団体を結成し、8月に辞任。現在130,000人以上の加入者を集め、フランス全国で3000以上の地方組織が作られている。

前環境相、貿易相ニコル・ブリック、リヨン市長ジェラール・コロンブなど社会党内のリベラル派の議員のみならず、右派の議員からも支持を受けている。環境相で前大統領候補のセゴレーヌ・ロワイヤルもエマニュエル・マクロンの政治活動を評価する立場を表明しており、今後正式に支持を表明するのではと憶測されている(ルモンド誌2016年12月11日記事; フィガロ誌2017年1月8日記事)。

エマニュエル・マクロンが掲げる主な政策

  • 労働政策:産業セクターごとの労使間協定による労働時間の設定、労働者の年齢に応じた労働時間制の導入、自営業者や辞職した労働者への失業保険制度の適用、福利厚生費の減少と給与所得の増加、定年年齢の多様化。
  • 教育政策:小学校経営の自由化、郊外の子供が都市の小学校に入学することを可能にし、生徒の出自の多様化を促進するための学区の変更。
  • 治安政策:警察官・憲兵隊の増加、地域警察制度の復活、地方レベルでの情報機関の整備。
  • 外交政策:EUの強化、ユーロ圏で一つの政府の設置、ヨーロッパの国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可するシェンゲン協定の維持。

エマニュエル・マクロンの主な支持層:革新的なインテリ、企業経営者、自営業者、都市の若年層、国際派のフランス人。

フランソワ・フィヨン(François Fillon)-共和党

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(写真 : © LES REPUBLICAINS / FEDERATION DU BAS-RHIN)

1954年3月4日生まれ(62歳)。ド・ゴールに憧れ、学生時代からシラクが率いる共和国連合に入党。ウェールズ出身の妻との間に5人の子供がいる。「カリスマ的」、「セクシー」と中高年の女性の間で高い人気を誇る。自動車耐久レースのあるル・マン市に生まれ育ち、カーレースの愛好家。自動車番組「トップ・ギア」にも出演した(TOP GEAR 2015年4月15日放映)。

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(ル・マンのサーキットでカーレースに参加するフランソワ・フィヨン。写真 :© JEAN-FRANCOIS MONIER / AFP)

穏やかな外見に隠された強い競争精神

 フランソワ・フィヨンは90年代、2000年代を通じて、ミッテラン大統領、シラク大統領のもとで大臣職を務めたが、2005年首相となったドミニク・ド・ビルパンと対立し、シラクとド・ビルパンの政敵だったニコラ・サルコジを強く支持するようになる。2007年にサルコジが大統領に当選すると首相に就任し、5年の大統領任期中一貫して同職を務めた。

2012年にフランソワ・オランドが大統領に就任してからは2017年の大統領選を目指し、極右票を集めようと右傾化するUMP内のサルコジ派を批判、2014年2月にサルコジ前大統領の選挙不正会計が発覚すると(ビグマリオン事件*注2)、サルコジ派のジャン・フランソワ・コペをUMPの党首から辞職させ、サルコジを攻撃。

2016年11月の右派の予備選では他の4名の候補者を大きく引き離し、トップに立つ(2016年11月の右派の予備選の投票結果) 。同性結婚や妊娠中絶への反対、中学校と高校での制服義務づけなど保守的な価値観を打ち出し、カトリック層、高年者層の支持を受けた。

フランソワ・フィヨンが掲げる主な政策

  • 労働政策:週39時間労働時間制の導入、最低賃金労働者の給与への福利厚生費負担の廃止、定年年齢の65歳への引き上げ。
  • 予算政策:公務員数の大幅削減、富裕税の廃止、消費税の増税。
  • 移民政策:移民受け入れの制限、不法滞在者に対する医療補助措置の廃止。
  • 家族政策:同性カップルの養子縁組の権利制限、海外で代理母出産を利用したフランス人への罰則強化。
  • 教育政策:小学校を5年にし、授業時数の4分の3を国語と算数、歴史、フランスの偉人の授業に充当。
  • 治安政策:警察制度と内務省の権限強化、治安を悪化させる外国人の国外追放。
  • 外交政策:EUの非中央集権化と国家主権の強化、犯罪者を全てシェンゲン圏から追放する制度の制定。

フランソワ・フィヨンの主な支持層:保守的なインテリ、企業経営者、企業幹部、カトリック、富裕層、高年者。

マリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)-国民戦線

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(写真 :© FRONT NATIONAL)

1968年8月5日生まれ(48歳)。国民戦線創始者ジョン=マリー・ルペンの娘。元弁護士。大学では刑法を専攻し、弁護士時代には不法滞在者をボランテイアで弁護するパリ弁護士会のグループのメンバーを務めたこともある。2回離婚しており、子供は3人。

国民戦線のイメージアップで支持層を拡大

父親が決選投票に進んだ2002年の大統領選時に初めてテレビ討論に出席したが、そこでのデイベート能力が高く評価され、以後メデイアの注目を浴びるようになった。党の支持層を広げるために、それまでファシズムと嫌悪されていた国民戦線のイメージをよりヒューマンにするメデイア活動を行う。

2011年に父親のジョン=マリー・ルペンに代わり党首となってからは極右、反ユダヤ主義、人種差別的発言を党内で禁止、2015年には父親を含む複数の党員を除名した。

2012年の大統領選の決選投票、2016年の右派の予備選で、国民戦線の票取り込みを狙い移民排斥や反イスラムなど極右的なイデオロギーを掲げたニコラ・サルコジを強く攻撃、「(信念のない)骨抜き政治家」、「既に敗退した政治家」と揶揄する発言を行い、党の支持者を追随させない態度を見せた(フランス3テレビ « 12/13 » 2016年6月12日放映 )。

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(トークショー « Ambition intime »(M6)で私生活を語るマリーヌ・ルペン。写真 : © M6)

2016年10月に放映されたM6テレビ局の人気番組 « Ambition intime »(*注3)では、花と園芸が好きと語ったり、ジョン=マリー・ルペンの娘だったことで子供時代学校で教師や他の生徒の親からいじめられたことや、弁護士時代に不法滞在者を弁護して党内から批判された話をし、「普通の人」のイメージをアピール。

「娘がイスラム教徒の男性と結婚したらショックですか」の質問には、「自分は他人を国籍や人種で裁かない、一人ひとりの個人が大切。男女平等を尊重し娘を大切にする人なら全く問題ない」と答え、視聴者を驚かせた。

国民戦線は女優ブリジット・バルドーの支持を武器に近年動物愛護を政策の一つとして掲げており、動物愛護活動団体や愛犬・愛猫家の支持を集めるべく、マリーヌ・ルペンが飼い猫と写った写真を頻繁にTwitter等に載せている(フィガロ誌2016年8月9日記事ルモンド誌2016年8月10日記事)。

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(マリーヌ・ルペンがブログサイト « Carnets d'espérance »に載せた写真。写真 : © MARINE LE PEN)

マリーヌ・ルペンが掲げる主な政策

  • 労働政策:週35時間労働制の維持、定年年齢の60歳への引き下げ。
  • 予算政策:防衛予算の引き上げ、高級品に適用される消費税率の引き上げ、中小企業に対する法人税率の引き下げ。
  • 移民政策:移民制限、家族呼び寄せ制度の廃止。
  • 家族政策:同性結婚の廃止。
  • 治安政策:犯罪者の処罰の強化、死刑制度の復活。
  • 外交政策:ユーロ圏からの離脱、EU脱退を決める国民投票の開催、シェンゲン協定の停止。

マリーヌ・ルペンの主な支持層:非国際派のフランス人、労働者階級、小商人、低所得層、非インテリ層。

注1) 国籍剥奪の改憲案 : 2015年11月、パリの同時多発テロ事件を受けてオランド大統領がテロ犯罪で有罪判決を受けた二重国籍者に対して、フランス国籍の剥奪を可能にする憲法改正を発案したもの。社会党内でも多くの議員が改憲案に反対し、党内分裂。国民の間でオランド大統領の人気が低下する原因の一つとなった。オランド大統領は2016年12月1日、大統領選に出馬しない意向を表明する演説の中で、国籍剥奪の改憲案を発案したことを「後悔している」と述べた。

注2) ビグマリオン事件(Affaire Bygmalion):2010年11月からUMPの党首だったジャン・フランソワ・コペが、2012年の大統領選に向けたニコラ・サルコジの選挙運動費用が法定額を遥かに超えていることを隠蔽するために、近親者が経営する広告代理店Bygmalion社に1850万ユーロ(約24億円)以上の水増し請求をさせていた事件。サルコジ前大統領と選挙運動の責任者、UMPの会計士等14名が書類偽造、詐欺、選挙不正会計の罪で取り調べを受け、現在予審中。2017年初めに起訴される見込み。

注3) « Une Ambition Intime »(「親密な野心」):人気プレゼンテーター、カリン・ルマーション(Karine Lemarchand)が有力政治家の私生活や幼少期の経験をインタビューするフランスの人気番組(M6番組サイト)。