10年かけて「男の産休」を取り入れたフランス大企業。どうやって実現したの?

どうしてそこまでして、女性の活躍を支援しなければならないの?と聞いたら……。
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vgajic via Getty Images
Father and his baby girl groceries shopping in local supermarket. He is carrying his daughter in baby carrier and choosing vegetable.

男性の育児参加を促進する子育て支援策「男の産休」。

前編では、実施国フランスで利用している人たちの生の声と、その背景にあるフランス政府の親支援のスタンスを紹介した。

後編では、社員15万人の大企業を取材し、フランスで「男の産休」が受け入れられる労働文化がどう作られていったのかに迫る。

■父親休暇は子育て支援、子育て支援は女性活躍支援

「男の産休」を支える労働文化について知りたい――以前の取材したフランス家族・児童・女性の権利省にそう相談すると、ある大企業を紹介された。

全世界70カ国で15万人を雇用するフランス最大級のエネルギー会社、エンジィ(ENGIE)。欧州証券取引所ユーロネクスト・パリの上位40企業(CAC40銘柄企業)で初の女性CEOイザベル・コシェール氏が率い、子育て社員支援で優れた施策を続々打ち出している。女性の少ない科学技術分野の大企業での実績は、高く評価されている。

取材を受けてくれたのは、女性活躍ミッション担当のエリザベス・リシャールさん。このミッションは2006年、取締役会直轄で立ち上げられたそうだ。

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エンジィ社のエリザベス・リシャールさん(Photo:Arnaud Brunet)

インタビューの最初、エリザベスさんはこう切り出した。

「父親休暇は、子育て支援策の一環。そして子育て支援とは、女性の活躍支援です。父親休暇について語ることは、女性の活躍支援を語ることと、まず前置きさせてください」

2006年に取り組み始めてから、エンジィ社では子育て支援も、女性の活躍支援も飛躍的に進化した。今では男女ともに産休を取るのは当たり前で、難色を示す管理職はその能力を疑われるという。

「それでも、ここまで来るのに10年かかっているんです」

■まず調査で、現実を知る

女性活躍ミッションが立ち上がって最初に手を付けたのは「調査」だったそうだ。

女性社員の待遇や働き方に、男性社員とどのような違いがあるのか。彼女たちはどうキャリアを積んでいるのかをデータで精査。そこで明らかになったのは、取締役会も驚くような事実だった。

「女性エンジニアの大半が、就職後5年ほどで辞めてしまっているんです。その背景を調べると、ほとんどのきっかけが『2人目の子どもの誕生』でした。子どもが2人になったら、仕事を続けられない。数字が明らかにした事実は、同時に、我が社の親支援の不備の証明でもあったんです。

若い人材の喪失は、社の資本の喪失。それを防ぐ必要が早急に議論されて、2年後の2008年には初めて社内保育所が設けられました。社内保育所は通勤時間30分以内の社員向けで、それ以外の社員には、自宅そばの保育園の枠を会社が契約する方法をとっています」

給与体系にも、子育て世代にとって不利になる点があった。エンジィ社のボーナスは前年の勤務日数で計算されていたが、産休は欠勤扱いとされていたため、産休取得が直接収入減に繋がっていたのだ。この点も2008年には改善され、産休期間も出勤日とされるようになった。

そうして1つ1つの要素を検証し、不備を改善すると同時に、取締役会は企業全体の改革アクションに出る。女性の登用を増やす数値目標を、株主総会で発表したのだ。

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エンジィ社の社内保育園( Photo : ENGIE / ABACAPRESS / DOUTRE CAROLINE)

■「ガラスの天井」を可視化する

「当時、女性の採用増加を具体的な数値で目標化したのは、フランスで我が社だけでしたね」と、エリザベスさんは語る。4項目にわたって設けられた目標は以下のものだった。

・「高ポテンシャル社員」の採用の35%を女性にする

・管理職の25%を女性にする

・採用の30%を女性にする 

・グループ企業での新規任命トップの3人に1人を女性にする

「高ポテンシャル社員」とは、幹部候補になりうる学歴や能力を持つ社員群。ここで女性の採用を増やすことは、女性の管理職を増やす会社の意図を表している。

このように数値目標を設定した意味は、表に見えにくい女性のキャリア阻害の状況、いわゆる「ガラスの天井」を可視化することだった。

株主総会のたびに到達数値を発表することで、社内にも株主にも、ガラスの天井の存在とそれが少しずつ壊されていく過程を共有していたのだ。その数値目標は2015年に達成され、現在エンジィは取締役会の62%を女性が占めるまでになっている。

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高層ビル街ラ・デファンスにあるエンジィ本社外観(Photo:ENGIE)

■トップ層の意識を変える工夫

もう一つの大きなアクションは、トップ層の意識改革。トップ自らが「ガラスの天井」の存在を実感し、その排除を当事者問題として考えなければならない。

そのために実施されたアクションが「メンタリング・プログラム」(2010年)。これはグループ企業の社長が高ポテンシャルの女性社員を1人選んで、幹部候補として1年間、マンツーマンで指導する、というものだ。その準備のためにまず参加社長全員が、激務の合間を縫って3ヶ月の研修を受講している。

「当時グループ会社の社長は全員、男性。『ガラスの天井』は彼らにとっては全く関係のない死角だったんです。しかし、1人の女性のキャリア形成に責任を持つことで、自社の中でそれを阻害するものがはっきり見えてくる。社長本人のマネジメント能力も向上し、とても意味あるプログラムでした」

その後、フランス社会全体にもエンジィ社の試みを後押しする動きが出てくる。その好例が2011年に公布された「コペ・ジマーマン法(Loi Cope-Zimmermann)」だ。上場企業、もしくは売上高か総資産が5000万ユーロ以上の企業に、2017年1月から取締役の4割を女性にするよう義務付けたのだ。尊重しない企業には役員報酬の減額が罰則として定められている。

この法律の施行を控え、2016年にSFB120(フランス株式指数)の上場大企業が任命した新取締役は、女性110人・男性68人。2013年は女性73人・男性75人だったことを考えると、目に見える効果が表れていることが分かる(データ出典:経済情報サイトChallenges.fr、2016年12月17日公開記事「取締役会:コペ・ジマーマン法は女性の勢力地図を変えるか?」より)

この法律がブースターの役目を果たしたことは、エリザベスさん自身も体感してきた。「罰則付きの法規制は必要です。口だけで済まさないために」

■なぜ女性の活躍を支援しなければいけないか

エンジィ社の取り組みは、女性である筆者には心踊るものだった。しかし同時に、素朴な疑問も湧いてきた。

「どうしてそこまでして、女性の活躍を支援しなければならないのか」

こんな問いを抱いた自分が少し恥ずかしくもあったが、これは正直に伝えたいと思った。ここ数年、ダイバーシティが喧伝されている日本でも、そのように感じている人は少なくないと思うからだ。実際に声に出さないまでも。

率直に尋ねると、エリザベスさんには少し呆れたような顔をして答えられた。「だって、人類の半分は女性でしょう!?」

「企業も社会の一部である以上は、その現実を投影していなければいけません。特にエンジィは最大手のエネルギー会社で、模範となって社会を照らす義務があります。それに、多様性が企業のパフォーマンス向上に不可欠なのは、今では世界のビジネス界の常識です。

我が社の明日を担う優秀な人材を惹きつけるためにも、魅力的な会社でいる必要があるんです。フランス政府も、国としての経済力の維持と、ひとり親家庭の貧困対策の両面から、女性の活躍支援を重視しています」

それから、とエリザベスさんの続けた一言は、ずしっと心に響いた。

「若い世代は未来への資産です。彼らを犠牲にする会社にも、社会にも、先はありません」

エリザベスさんの最後の言葉は、あまりにも当たり前で、聞けばストン、と腑に落ちる。しかしそれを迷わず即座に口にできる人が、私自身を含め、今の日本にどれだけいるだろう?

なぜ子育て支援をしなければならないか。なぜ女性の活躍を支援せねばならないか。その問いへの「答え」に共通認識を持ち、できるだけ多くの人が共有すること。それが、日本の子育て環境や働き方を変える第一歩なのではないかと、強く考えさせられた。

(取材・文 髙崎順子

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