「外国人狩り」報道にみる移民への不安

騒がれたのは、漠然とした「移民への不安」があったんだろうと思います。
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無資格滞在の発覚を恐れて逃走したベトナム人男性。先週、身柄が確保されたとの速報が流れていました。まあ、警察官に噛みついたのは許されるべきではないけれど、これほど全国ニュースで騒がれたのには違和感を覚えました。それはまるで、国をあげての「外国人狩り」に発展したかのようでした。

トランプの対移民政策については(欧米メディアに追随して)「隣人に対して冷淡ですね」とコメントしてたはずの日本メディアも、今回のベトナム人逃走については「これが足跡だと思われます!」みたいな感じで、ガラッと空気が変わっちゃうあたりも印象的でした。

誤解がないように強調しますが、私は、警察がベトナム人男性を逮捕しようとしたこと自体を批判しているのではありません。逃げられてメンツを失い、警官を大量に投入したことも理解できます。ただ、それが実名の公開捜査になって、全国ニュースで大騒ぎになり、ニュースレポーターが集結し、逮捕されたらニュース速報が流れることへの違和感を訴えているだけです。

だいたい、職質で逃走なんて日常茶飯事でしょう。しかも、もとの容疑はビザが切れてるだけですよ・・・。それでも騒がれたのは、漠然とした「移民への不安」があったんだろうと思います。これは世界共通の課題ですね。欧米におけるポピュリズムの台頭は、リベラルな民主社会が破綻しつつあることを物語っています。そして、ナショナリズムを基盤としながら「移民への不安」を煽っています。しかし、移民なしでやっていけるほど、彼らの社会構造はタフではありません。

日本も人口が縮減かつ高齢化してゆく以上は、さらなる外国人の受け入れは避けられないでしょう(とくに介護労働者)。そして、期限付きのビザで受け入れる以上は、一定の割合で滞在資格を失ったまま出国しない外国人が生じることも避けられません。どうすんでしょうね。日本人が団結を保ちつつも、落としどころを見出せると良いのですが・・・

国へ帰るように促すべきだし、何らかの罰金を科すことも必要かもしれません。でも、今回のように摘発して強制送還ってのは、実は非効率だし(税金をむっちゃ使います)、人道上も多くの問題をはらんでいます。それが不法状態であったとしても、地域で「暮らしている人」を引き剥がすってのは、(想像力を働かしていただければ分かると思いますが)そんなに簡単なことではないのです。

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長野県で仕事をしていたときのことですが、ベトナム系無国籍男性の外来主治医をしていたことがありました。彼にはタイ人の妻がいて、2人のあいだには娘がいました。そして、この3人には滞在資格がありませんでした。

ある日のこと、男性が泣きながら私のところへやってきました。コンビニに出かけて戻ってみると、妻と娘がいなくなっていたというのです。確認してみると、2人が無資格滞在で摘発されていることが分かりました。すでに東京へと身柄は移されており、タイへの強制送還に向けた取り調べが始まっていました。

この男性が「家族と一緒にいたい」と訴えていたので、私は法務省に「男性を出頭申告させるので一緒に送還してやってほしい」と頼んでみました。しかし、「夫は無国籍者なのでタイへは送還できない」との冷淡な回答でした。そのとき、なぜ妻と娘だけを狙って摘発したのか・・・ ようやく私は理解しました。

男性が無国籍なのには理由があります。彼の両親はベトナム人でしたが、インドシナ内戦中にタイの難民キャンプに逃れ、そこで彼が生まれたのです。しかし、何らかの理由で両親がいなくなり、少年だった彼は難民キャンプから脱出して、バンコクのストリートチルドレンとして生き抜いたのでした。

やがて、彼は青年となり、偽造パスポートを入手してタイ人に成りすまし、日本への入国を果たします。そして、不法就労を重ねるうちに、やはり無資格滞在のタイ人女性と出会い、恋に落ち、そして娘を授かったのでした。

恵まれた日本人からすれば、虫ケラ同然の人生かもしれません。見方によっては犯罪者でしょうし、「家族と引き裂かれるのも自業自得」と言い放つ人もいるでしょう。でも、それでも、彼は自分の人生を歩んでいたのです。

医者として、いろんな人生に関わらせていただきながら、「人生ってモザイク画のようだなぁ」と感じています。ひとつひとつの断片は、つまらぬ石ころであっても、遠目に見ると美しい情景を描き出していたりします。

断片しか見ることができない人は、努力不足だとか、自業自得だとか、不注意だとか・・・ 他人の人生を見下そうとするものです。たしかにそうなんだけど、でも、(呑んだくれで妻に捨てられ、借金まみれのような)一見粗末な人生であっても、その全体を見渡してみれば「実に味わい深いなぁ」と感心させられませんか?

人生に希望があるとすれば、それなんでしょうね。ただし、それは当人にとってではありません。その人を遠目で見ることのできる他人にとって・・・ ということです。

私は、この無国籍男性の人生を美しいと思っていました。そして、その人生に花を添えらえたらとも思っていました。しかし、結果は、あまりにも冷酷な日本政府の仕打ちだったのです。

このまま終わっては、あまりに希望がありませんね。幸いなことに、東南アジアに強い国際NGOのサポートもあって、話はハッピーエンドへと向かいます。

まず、彼がかすかに覚えていた両親の名前について、ベトナム大使館が身元確認をしてくれたのです。そして、日本にいながら国籍を認定してくれました。彼は人生で初めて身分証明書を手に入れました。

もちろん、彼はベトナム語を話せません。そのままベトナムに強制送還されたら、えらいことです。私は、男性に「重症の高血圧であり、収容や送還に耐えられない可能性がある。身柄を拘束した場合には、必ず主治医に連絡すること」という診断書を渡して、肌身離さず持っておくように伝えました。

急がなければならない状況で、今度はタイ大使館が人情を示してくれました。男性の帰化申請を迅速に認めてくれたのです。ついに彼は正当なパスポートを取得し、妻と娘の待つタイへと帰って行ったのでした。めでたし、めでたし・・・

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今回の、国をあげてのベトナム人狩り・・・  ま、日本らしいと思いますよ。断片的に見れば、彼を睨みつけるに十分な理由もあります。けれども、私は、彼の人生に幸あれと祈っています。彼のことはよく知りませんが、きっと美しいモザイク画を描こうとしていることでしょう。