外国人家事支援人材制度を人身取引の温床にするな

家事・育児・介護支援の安定のために、外国人労働者の人権保障の重要性から目をそらしてはならない。
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A supporter of Indonesian maid Erwiana Sulistyaningsih, holds a placard as Sulistyaningsih arrives at a court in Hong Kong, Tuesday, Feb. 10, 2015. A Hong Kong woman who was accused of torturing her Indonesian maid in a case that sparked outrage for the scale of its brutality was convicted of a slew of assault and other charges on Tuesday. A judge found Law Wan-tung guilty of 18 charges that also included criminal intimidation and failure to pay wages or give time off work to Sulistyaningsih. (AP Photo/Kin Cheung)
ASSOCIATED PRESS

「女性の活躍推進」を掲げた国家戦略特区での「外国人家事支援人材」の導入へ向け、今国会に国家戦略特区法改正案の審議が提出されている。長時間労働や保育施設の不足に悩んできた日本の女性の間では、「外国から低価格で便利な家事の助っ人が来てくれる」という歓迎の声も目立つ。だが、この改正は、間違えば人身売買の温床を生むことにもなりかねない危うさをはらんでいる。

●福祉削減の受け皿?

今年4月、社民党の福島みずほ議員が出した質問主意書に対する政府の答弁書では、今回の制度は、「受け入れた外国人」が、政府の認定を受けた民間企業などの「特定機関」と利用者との間の「請負契約」にもとづいて家事支援活動を行う方向で検討中、とされている。お金持ち向けの住み込み家政婦ではなく、保育や家事などを家庭から請け負った家事代行会社が外国人家事労働者を一般家庭向けに送り出すサービスであり、私たち自身が当事者になりうる制度ということだ。

昨年3月、求職中のシングルマザーから預かっていた幼児を、埼玉県のベビーシッターが死なせ、遺体を遺棄した事件が起き、公的保育の不備への批判が高まった。また、今年度からは介護報酬が引き下げられ、介護保険の対象から外された要支援度の低い高齢者のケアが問題になっている。これら公的福祉の削減の受け皿として、外国人労働者による低価格の民間家事サービスを、一般家庭の自力購入で補わせる構想が、そこに見えてくる。

●世論による人権封じ込めも

今回の制度に女性からも歓迎の声が上がるのは、そんな切迫した状況があるからだ。だが、ここにこそ、今回の制度の危うさがひそんでいる。

一般家庭向けであればあるほど、世論は低価格のサービスを求めて家事労働者の賃金を抑え込む方向に傾く。それにとどまらず、賃金の抑え込みには権利主張の抑制が必要になる。故国の友人や親族と切り離され、人種的な偏見にもさらされる働き手が、そんな世論の中で人権侵害に対抗できるだろうか。しかも、その職場は家族以外の目が届かない「家庭」という密室だ。シンガポールや香港、中東など、家事、育児、介護を外国人家政婦に依存している社会で彼女たちへの虐待が社会問題となっているのはそのためだ。

「請負」という契約方式では、外国人家事労働者は家事代行会社などに雇われる労働者なので、1日8時間労働や最低賃金など労働関係法の保護は受けられる。だが、その遵守を監視する役目の労働基準監督官が、家庭という密室にどう介入するのか。また、「請負」では家事サービス会社が働き手を指揮命令し、利用者は指揮命令できないことになっている。このため、セクハラや虐待行為についての利用者の責任があいまいになる。工場で指揮命令を受ける派遣労働者を「請負」と偽って労働者派遣法の規制を逃れる「偽装請負」が問題化したが、同様の違法状態も起きかねない。

加えて、外国人労働者は仲介業者から渡航費などを借りて来日することが多い。米国務省の昨年の人身売買報告書は、日本の外国人実習生が仲介業者への契約金に縛られて強制労働状態に置かれる例が挙げられ、人身売買の国際的定義である「搾取を目的とした身柄の拘束」にあたりかねないと指摘している。

このように、外国人家事労働者の労働環境は人身売買の温床へと向かわせかねないものを多数はらんでいる。

兆しはすでに見えている。昨年7月12日付共同通信によると、大阪府の介護会社がフィリピンで介護労働者を募集した際、日本で自然死しても会社の責任を問うことを永久放棄する、との誓約書にサインさせていたことが発覚した。また、今年1月30日付「朝日新聞」によると、大手家事代行サービス会社の役員が、「女性の活躍推進を目指すなら広く普及しなければ意味がない」として、利用料を抑えるため外国人家事労働者を最低賃金の規制から外すよう国に求めたいと語っている。

●家事労働者条約に準拠した「指針」を

これらのリスクに対応するため、国際労働機関(ILO)は2011年、家事労働者を労働者と認め、最低賃金や労組の結成などの労働権の保障を求める家事労働者条約(189号条約)を採択した。だが、政府答弁書は、この条約の批准には「慎重な検討が必要」とし、特区法の改正案が通った後の「指針」で対応すると回答しているだけだ。つまり、改定が決まった後の指針のみが、カギを握ることになる。

となれば、新しい国際基準である189号条約の内容を、指針に盛り込むことが必要になってくる。たとえば、渡航前の働くルールについての研修や、来日後の相談窓口の設置とその周知、利用者に対する「偽装請負」防止の法令教育や虐待防止策の啓発などの義務付けだ。また、業者と利用者に対する罰則なしでは、指針は絵に描いた餅になりかねない。そのためには、労働政策審議会など労働者の代表が参加する場での策定が不可欠だ。

インドネシア政府は2012年、マレーシアでの自国出身家政婦への虐待を契機にその送り出しを一時停止した。マレーシア社会は恐慌状態に陥り、外国人家事労働者依存の福祉のもろさを露呈した。家事業界を人身売買の温床とさせないために、また、家事・育児・介護支援の安定のために、外国人労働者の人権保障の重要性から目をそらしてはならない。真の女性活躍のため、「安物買いの銭失い」にならない知恵がいま問われている。