トランプ大統領が「観ない」と宣言。人類初、月に行った男を描く映画『ファースト・マン』がアメリカで物議をかもす理由

『ラ・ラ・ランド』に次ぐ再タッグ。ライアン・ゴズリングさんとデミアン・チャゼル監督に単独インタビューした。
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映画「ファースト・マン」のポスター写真(左)とニール・アームストロング氏本人
Universal Pictures(左)/EPA=時事(右)

人類で最初に月に行った人物、ニール・アームストロング。教科書などで、彼の言葉に出会った人も少なくないはずだ。

"That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind."

(これは1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大なる飛躍である。)

月を目指した彼が乗ったアポロ11号は、今、この手の中にあるiPhoneよりもずっとコンピューターとしての性能が低い。

ニール・アームストロングの命がけの挑戦を描いた映画『ファースト・マン』が2月8日、全国で公開される。

これは、勇敢な男の冒険記なのか。アメリカの国力を再認識させる政治的映画なのか。

メガホンをとったデミアン・チャゼル監督と、ニール・アームストロング役を演じたライアン・ゴズリングにハフポスト日本版が単独インタビューした。

大ヒット映画『ラ・ラ・ランド』コンビが挑んだ、歴史的偉業にひそむ一筋の真実とはーー。

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インタビューに応じたデミアン・チャゼル監督(左)とライアン・ゴズリングさん(Photo:Kazuhiko Okuno)
HuffPost Japan

神聖化された歴史を、神話から解放してあげるタイミングなのではないか。

映画は、ジェイムズ・R・ハンセン原作の『ファースト・マン ニール・アームストロングの人生』をもとに映像化された。

長いあいだ自分語りを好まなかったアームストロングだが、ハンセンの長きに渡る説得と過去の仕事ぶりを評価し、伝記づくりを承諾。「ハンセンの原作に沿ってくれるなら」と映画化も許可したのだという。

2012年8月にこの世を去ったアームストロングの遺志を引き継ぐように、映画の制作においては2人の息子が大きく尽力した。

長男のマーク・アームストロングは「ニュースでしか父を見たことがない人は知らないだろうが、すごく面白い人で、友人と一緒にいる父は、世間のイメージとはまるで別人だった」「本作を通してそういった点を知ってもらえると嬉しい」というコメントをプロダクション・ノートに寄せている。

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プレミア試写会に登場したリック・アームストロング(左)、ライアン・ゴズリング(中央)、マーク・アームストロング
Shannon Finney via Getty Images

チャゼル監督が今回の映画作りで最も意識した点も、まさにマークが期待したように、固定化してしまった「世間のイメージ」の向こう側を描くことだった。

《ニールの月面着陸は誰もが知っている偉業ですが、そろそろ歴史を振り返ってこの出来事を神話から解放してあげる良いタイミングだと思ったんです。

米ソ冷戦下で遂行されたこの月面着陸のプロジェクトについては、実に色々な真実が包み隠されているような気がします。少なくともアメリカでは、国民の誇りや、それを鼓舞するような出来事というのはシュガーコートされて(甘い言葉で包まれて)きたし、物語は神聖化されてきたように思います。

僕たちはそれを取り払いたかった。

ひと呼吸おいて、本当に起こったことを見て欲しいと思ったんです。「パイロットの究極的な夢」という大義のもとに、命をリスクにさらした1人の人間がいたことを。そしてそのリアルな軌跡を。》

実際に撮影においては、日常生活を観察するようなドキュメンタリーの手法が多く使われた。「超スペクタクル大作」という印象とは対照的な静かなシーンも多い。

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「ファースト・マン」のワンシーン
Universal Pictures

トランプ大統領「この映画を観るつもりはない」

誰もが知る偉人を「1人の人間」として描く。この挑戦は想像以上にハードなものだった。

月に降り立ったアームストロング船長が月面に星条旗を立てるという歴史的に有名なシーンが、映画の中で描かれなかったことがアメリカ国内で大きな物議をかもしたのだ。

トランプ大統領は「この偉業がアメリカ発のものであることを恥じているようで残念だ」「映画を観るつもりはない」などと発言

騒動に対してチャゼル監督は、映画の中には星条旗も映り込んでいると明言し、星条旗を立てるシーンを入れていない演出に「政治的な意図はない」という声明を発表するに至った。

莫大なリサーチは「真実に近づきたかったから」

こうしたエピソードからもわかるように、アポロ計画、月面着陸というテーマは、現代においてもなお、多くの人の琴線に触れるものだ。

だからこそ、製作陣はリサーチに余念がなかった。アームストロングの息子たち、親戚、当時のプロジェクト関係者、NASAの技術者...あらゆる人が彼らをサポートした。

チャゼル監督はこう語る。

《教科書に載っているサクセスストーリーではなく、むしろプロジェクトに関わった人たちがもう口に出したくもないし、聞きたくもないような失敗を描かなくてはなりませんでした。

成功の手前にある、成功すれば忘れられがちな苦難や葛藤ーーそれはもちろん当時の人々の間でも物議をかもしたはずですーーそれこそが僕たちの近づきたいテーマだったからです。

ですから、こういうデリケートなものを描こうとする責任として、より一層、真実に近くということへの強い責任感を感じていたのは間違いありません。》

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「ファースト・マン」を撮影するデミアン・チャゼル監督
Universal Pictures

元々、徹底的な役作りで知られる俳優のライアン・ゴズリング。今作における役作りに際して、飛行訓練や機械操作などの技術習得だけでなく、アームストロングを知る多くの関係者と面会したという。

《彼の子供たちや、(劇中では「妻」である)元妻のジャネット、彼の兄妹にはもちろん会いました。それから彼が育ったオハイオ州のコーン畑にも足を運びました。こうした一つひとつが彼の人間性を知る上で役立ったんです。

一般の人にはあまり知られていない私的な部分を含めて彼という人物。それらを一つひとつ組み立て、形作っていくという作業でした。》

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「ファースト・マン」のワンシーン
Universal Pictures

100%理解なんてできない。できるのは近づくことだけ。

こうしてアームストロングと"一体化"していったゴズリングが、最もプレッシャーを感じたシーン。それが月面着陸後の、冒頭にも記したかの有名なセリフを言う瞬間だったという。

とにかく言い間違えないように。それだけを考えていました。

事前に読んでいた伝記などによれば、ニールは本当に月に行った時に何を言おうかを事前に考えていなかったんだそうです。とにかく月に行くことだけにフォーカスしていた。

それであのセリフですから本当にセンスがありますよね。機体のハシゴから月面までの小さなステップをとっかかりに、ミクロな目線とマクロな目線を交差させて「ジャイアント・リープ(偉大なる飛躍)」という言葉が出てくるんですから。

それが、世界中を震わせる言葉になった。

他人から指示された言葉ではなく、彼が見てきたもの、過ごしてきた人生、それら全てからひねり出された一言でした。

だからこそ、実際に演じる時はあまり考えすぎないようにしていました。あまりにも色々なものが乗っかりすぎている言葉だから。》

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「ファースト・マン」でアーム・ストロング船長が月面に降りたった時のシーン
Universal Pictures

ライアン・ゴズリングによって再び息を吹き込まれた、誰もが知っているあのセリフ。映画を作り終えたチャゼル監督はどう見ているのか。

《この映画に携わる前は、この言葉をまるで空から降ってきたことわざのように思っていました。でも今は、どんな人が、どんなシチュエーションで言ったかがわかる。

それでも、まだ100%ではありません。きっとニールがこの言葉を言った時、何を考えていたか100%わかる人なんて、どこにもいないから。

それでも前よりはずっとわかるし、この映画を見た人にも真実に近づいて欲しいと願っています。》

《僕は、映画を作る時にはいつも、見る人によって違う絵を描くことができるようなキャンバスを作りたいと思っているんです。『ラ・ラ・ランド』もそうでしたね。

真実に近づきながらも、それぞれに好きな結末を感じて欲しい。

そう、時にはちょっとした議論を巻き起こしながらね(笑)》

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インタビューに応じたライアン・ゴズリングさん(左)とデミアン・チャゼル監督(Photo:Kazuhiko Okuno)
Kazuhiko Okuno

映画「ファースト・マン」は2月8日(金)から全国で公開される。ニール・アームストロングが生きてたら、どんな風に映画を楽しんだだろうか。

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ニール・アームストロング元宇宙飛行士(1969年撮影)[NASA提供](アメリカ・フロリダ州マイアミ)
EPA=時事