女性の地位向上を訴えるためにニューヨークのウォール街に設置され、世界中で大きな話題となった少女像「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)」が12月10日、ニューヨーク証券取引所の前へと移設された。
2017年3月、国際女性デーの前日にウォール街のシンボルである雄牛像(チャージング・ブル)の前に対峙するような形で現れた少女。腰に手を当てたポーズを真似して、少女の隣で写真を撮る人が続出。キャンペーン開始後12週の間に、Twitterのタイムラインで46億回、Instagramで7億回以上表示された。
当初は、キャンペーンとして1週間のみ置かれる予定だったが、人々の強い要望で、設置期間は大幅延長、ついに今回の移設に至った。
銅像ひとつ。たったこれだけで世界中の女性に勇気を与えたキャンペーンは、特別な成功例なのか。政治的、社会的メッセージを発信するのが敬遠されがちな日本企業にも、学べるヒントはあるのだろうか。
ハフポスト日本版は、Fearless Girlを仕掛けた広告会社・マッキャンNYの社長、デヴィカ・ブルチャンダーニさんに独占インタビューした。記者はそこで、デヴィカさんとある約束を交わすことになるーー
14歳の娘の未来はどうなるのか
ーーFearless Girlは、国や言語を超えて世界中の女性を勇気づけました。このアイデアはどうやって生まれたんでしょうか。
クライアントである「ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(以下「SSGA」)」は資産運用会社なのですが、日々さまざまな市場調査をもとにして、取引先企業の業績が良くなるようにアドバイスをしています。
彼らは調査を通じて、経営者やリーダーに十分な数の女性がいる企業の方が業績が良く、長期的な価値を創造できるということを知っていました。
女性の存在はビジネスにとっていい影響がある。そのファクトを伝えるためのシンボルが必要だという話になりました。
この取り組みは、私自身にとっても非常に大事なものでした。未来の世代の職場環境をどう変えられるか。未来の世代の女性たちはどんな風に立場を得ることができるか。私には14歳の娘がいますし、彼女はどうなるのだろうかと。
私は、マッキャンで普段は社長をしていますが、このプロジェクトにおいては1人の現場プレーヤーとして参加しました。それぐらい、重要だと確信していたんです。
ーー「Fearless Girl」は、デジタル広告全盛時代に"銅像ひとつ"という潔いキャンペーンでした。結果として世界中で大きな話題になったわけですが、成功の秘訣はどこにあったと考えていますか。
デジタルだ、ソーシャルだ、という時代にブロンズ像だなんて。何千年前の技術ですよね。でも結果としては、世界中の人が写真をシェアし、大きなうねりとなった。
トランプ大統領の女性差別的な言動に対する反感も高まっていたので、タイミングも完璧でした。
私がいつも言うのは、どんなメディアを使おうか、消費者の行動動線のどこに入り込もうか、という小手先に注力しすぎないで、コアのアイデアを考えようということ。
人と人とのつながりをつくるためのアイデアは何か。
考えてみてください。友達とコーヒーを飲みに行った時に「デジタルマーケティングの話をしようよ」なんて言いたいですか? 言わないですよね。でも「もっと働きやすくするにはどうしたらいいかな?」っていう話ならする。
みんな、メディアチャネルを気にしすぎだと思います。
著名人やインスタグラマーを起用して、キャンペーンの立ち上がりを盛り上げるといったことも一切していません。
あの少女を夜のうちに置いて、朝、写真を撮って、それをリリースしたというだけ。いいアイデアにはパワーがあるから。瞬時に人と人とをつないでいきました。
何よりも重要なことは、FearlessGirlを設置してから(クライアントの投資対象企業のうち)新たに301人の女性が取締役になったという事実です。そして28の企業が、今後女性を役員にすると手を挙げました。
世界は着実に変わっている。私はそれが嬉しいし、誇らしいんです。
「男VS女」ではない
ーー「Fearless Girl」が多くの女性を勇気づけたことは言うまでもありませんが、一方で「雄牛像(チャージングブル)」と対峙する姿は、かえって男女の分断を生むのでは? という指摘もあります。実際に、男性側が萎縮して、女性に対してどう接したらいいかわからないという現状もあるようです。
世界的にそういう声はありますね。私のところにも「女性と接するのが怖い」と男性が相談にくることがあります。でも、そういう時に私は言うんです。「それはいいことだ」と。
「それこそが、私たち女性がこれまで長い間、抱えてきた"恐れ"なのだから」と。
今日は恐れていたとしても、間違いなくそれは解決に向かっています。世の中のあらゆる革命というのは、その過程においてはエクストリームなもの。そのエクストリームさの渦中に私たちはいるんだと思う。
男性に伝えたいのは、決して女性の"方が"パワフルだと主張したいわけじゃないということです。
これまでの男性優位社会をひっくり返して女性優位社会にするというのではなく、あくまで「平等」。
私はインド出身ですから、男尊女卑な社会の中で育ちました。若い頃は「男らしくしなきゃ勝てない」と思っていた。でもそうではない、女性には女性らしい戦い方もあるし、男性もそう。"Fearless Girl"と"Fearless Boy"、両方を増やしていかなくてはなりません。
Fearless Girlの提案を瞬時に受け入れたクライアント(SSGA)のCMOやCEOだって、男性です。そういう仲間を増やしていかなくちゃ。
「過去を責めていたのでは、未来は変えられない」
ーーFearlessGirlを設置したSSGAは確かに勇敢な会社ですが、親会社が過去に人種や性別による賃金格差をつけていたことが明らかになりました。素晴らしいメッセージを発信する会社が、本当に素晴らしい会社なのか? ということも問われる時代です。
確かに(賃金格差の問題は)その通りですが、その事実は過去に起きたことです。
過去の間違いばかりを責め続けても、未来はない。彼らは今でもその問題に向き合い、解決のために動いています。
これはデヴィカという1人の人間として話すんですが、私は、前進を見たいと思っているんです。
SNSの存在も大きいかもしれないけれど、人はすぐ感情的になってアラ探しをして、指を差しあう。そして、「あれが悪い」「あれが間違ってた」と言うけれど、それだけじゃあ前には進めない。
もちろん建設的な議論は必要です。でも、その議論を破壊してしまうような「糾弾」は違うと思うんです。そうしたら、みんなが「私、完璧じゃないと何もしちゃいけないんだ」と縮こまってしまいます。
完璧な人間はいないでしょう? 人間も企業も変化のプロセスも、完璧なものなんてひとつもない。
くじけそうになったら、足元を見て確かめて
ーー日本では、まだまだ社会的なメッセージを発信する企業は多くはありません。今後、企業は消費者とどう関わっていくべきなのでしょうか。
データで明らかになっていますが、特に若い世代で、「社会的に正しいこと」をやっている企業に対しては、ちょっと高くてもお金を払ってもいい・わざわざ店に足を運びたいと思う人が増えているんです。
企業として、お金儲けは当然大事だけれども、正しいことをしながら企業として成功するというのがより消費者からも重要視されている時代なんです。
日本だって、もちろん変われると思います。
私たちは、もう何千年も続いていることを、すぐに変えられるわけじゃない。それにみんなが一様に変わる必要はありません。カルチャーって大事です。日本はアメリカになるべきじゃないし、アメリカはインドになるべきじゃないと思う。
日本には、日本のカルチャーをベースにした前進の仕方がある。大事なのは、変われるんだ、と信じること。
ーー日本のジェンダー観も変わっていくといいのですが...。
当然、時間がかかります。容易ではない変化を成し遂げようとしているのだから。諦めちゃいけないし、焦ってはいけない。
これってチェーンのように連鎖するものなんです。一つの世代がうまくいけば、(その世代が背負った苦しい状況の)未来はなくなるじゃないですか。
先ほどもいいましたが、革命の過渡期は「エクストリーム」です。辛くしんどいこともたくさんある。でも私が強調したいのは、自分たちの世代で成果を残せないということは、諦めてもいい理由にはならない、ということ。
くじけそうになったら、足元を見て確かめてください。少しずつだけど確かに変わっている。5年前に今みたいな話をしていた? こういう話をするようになったということだけでも、前進の証拠です。
そうだ、約束をしましょう。5年後、2023年の12月。お互いにメール交換をしましょう。そして現状を報告し合いましょう。その時、必ず何かが変わっているはずだから。
Devika Bulchandani(デヴィカ・ブルチャンダーニ)さん プロフィール
1997年にマッキャンに入社し、同年が開発したマスターカードの広告コンセプト「Pricelessプライスレス」を、グローバルなビジネス・プラットフォームへと進化させる中心的役割を果たした。2017年よりマッキャン・ニューヨークのプレジデント就任。カンヌライオンズ2017において、4部門でグランプリを獲得した「Fearless Girl」を指揮。
夫と息子、娘と共にニューヨーク市に在住。教育方針は、息子は強い女性の味方となる賢明な人に、娘は様々な障壁を打ち破る強い女性に、100%インド人、100%アメリカ人、そして100%グローバルで心の広い人間に育てること。