フェイクニュースに対抗する「スローニュース」とは?

英BBCはファクトチェックの専従チームを拡充し、ブレイキング(速報)ニュースに加えて分析や深掘りの"スローニュース"に力を入れると表明。
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フェイク(偽)ニュースの氾濫への対策として、"スローニュース"に注目が集まっている。

英BBCはファクトチェックの専従チームを拡充し、ブレイキング(速報)ニュースに加えて分析や深掘りの"スローニュース"に力を入れると表明。

出所不明のフェイクニュース、そしてトランプ新政権が発信する事実に反する"オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)"。

その背景にあるのは、24時間、あるいは1440分、8万6400秒と加速を続けるニュースサイクルの中での、速報ニュースのスピート競争と膨大な量のニュースの洪水だ。

メディアもユーザーも、このスピードと量の競争からいったん降りて、伝えるべき文脈、受け取るべきニュース価値を考える。それが"スローニュース"だ。

"スローニュース"を、以前から提唱している友人のジャーナリスト、ダン・ギルモアさんは、著書でこう述べている。

まず深呼吸して、スピードを落とし、深く掘り下げる。

ポストトゥルース(脱事実)時代に、改めて考えたいメッセージだ。

●BBCの「リアリティチェック」

ガーディアンによると、BBCの報道担当役員、ジェームズ・ハーディングさんは年明け1月12日、ファクトチェックのプロジェクト「リアリティチェック」に専従チームを置き、継続的に展開していくことを明らかにした。

デジデイによると、現在は6人ほどのチームだが、メンバーは倍増していく予定のようだ。

(BBCは)ウソ、歪曲、そして誇張との戦いに参加していく。

ハーディングさんは、さらにこう述べている。

私たちはニュースが起きている背景を説明する必要がある。私たちは"スローニュース"が必要だ。データ、調査、分析、専門家の知見による深掘りしたニュースによって、私たちが生きている世界を説明していくのだ。

"スローニュース"は、昨秋からBBCが掲げているスローガンだ。

iニュースによると、ハーディングさんはその狙いをこう説明している。

多くの人たちは、ニュースの氾濫に追われるような気になっているのではないか。それだけ大量のニュースがあり、とどまるところを知らないのだから。

BBCは"何(ホワット)"を報じることには極めてたけているが、"なぜ(ホワイ)"の報道についても、より腕を磨く必要があるのだ。

●報道官会見のライブ中継

"スローニュース"という言葉こそ使わないものの、単なるスピードよりも、文脈やニュース価値に重きを置いた動きは、他にもあった。

トランプ新政権発足2日目の1月21日、前日の大統領就任式の聴衆の数をめぐって、「150万人はいた」とするトランプ大統領に対し、メディアはせいぜいその半分以下、との見立てを報じていた中で行われたショーン・スパイサー大統領報道官の初めての記者会見

CNNは、この会見をあえてライブ中継しないという判断をしたのだ。

同局キャスターのブライアン・ステルターさんは、こうツイートしている

参考までに。CNNは報道官の会見をあえてライブ放送しないという判断をした。この決定は、会見を精査し、その上で報じる、ということだ。

CNNはその10日前、当選後初めて行われたトランプ氏の記者会見で、「偽ニュース」と一方的に罵倒され、質問要求も無視されるという"事件"があった。

トランプ政権の"オルタナティブ・ファクト"な言い分を、検証も分析もなく、そのまま報じるつもりはない、との意思表示だ。

会見後にその模様を報じたCNNの記事の見出しが、その編集判断を物語る。

一方、保守系のフォックスニュースは、同じ会見をライブ中継し、記事の見出しもスパイサー報道官の言葉を、ただそのまま伝えるものだった。

アリゾナ州立大学教授でジャーナリスト、ブロガーのダン・ギルモアさんは、他のメディアもこのCNNの判断を見習うべきだ、と指摘する

主要な報道機関はCNNの例にならい、見え透いた言い逃れの記者会見をライブ中継することは拒否するべきだ。CNNを見習おう:会見を聞き、事実と虚偽を選別し、その上で正確な報道をするのだ。

●スローニュース運動

友人でもあるギルモアさんは、BBCも掲げる"スローニュース"を、2009年から提唱してきた

英語の"スローニュース・デイ"は「大したニュースがない日」を指し、"スローニュース"には、やや皮肉な意味合いもある。

"スローニュース"については、ギルモアさんと相前後して、メディアとネットの未来図を描いた動画「EPIC2014」の制作で知られるアトランティック・ドット・コムの副編集長、マット・トンプソンさん、ワシントンのベテランジャーナリストのウォルター・シャピロさんらも、同様の考え方を表明してきた。

また英ジャーナリスト、ブロガーのポール・ブラッドショーさんも、主に調査報道のクラウドソースの観点で"スロージャーナリズム"の取り組みを行っている。

これらは主として情報の発信者側に力点を置いているのに対し、ギルモアさんは、情報の受け手側のメディアリテラシーに主眼がある。

その著書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』(2011年、拙訳)で、ギルモアさんはこう説明している。

料理の世界では素晴らしいトレンドが台頭している。その名は"スローフード運動"。ファストフード及びそれが引き起こす環境的、栄養学的ダメージへの反対運動だ。

2009年末、バークマンセンターの研究員だった私の任期が終わった時、ザッカーマンはこんなことを言っていた。我々は"スローニュース"とでも言うべきものが必要だ、と。スローニュースとは要は、いったん深呼吸してみる、ということだ。

"スローニュース"の背景にあるのは、ニュースのスピードと量が桁違いになったメディア環境の変化だ。

最近よく聞く決まり文句の一つが"24時間ニュース"——つまり、デジタルシステムを通じてニュースを消費したり、発信したりする人々にとって、1日一度の新聞スタイルのジャーナリズムは歴史のかなたに消え去った、という考え方だ。今や私たちは毎日毎時、ニュースを受け取ることができ、メディアのクリエーターは疲れ知らずに働き続け、時々刻々を新しい話題で埋めていく。

この24時間周期のニュース自体もさらなる環境適応が求められている。1時間周期のニュース更新すら遅すぎる。警察のカーチェイスのテレビ生中継と、ツイッターと、イライラした視聴者・読者が織りなす時代、最新ニュースは1分ごとにやってくる。1440分ニュースだ。速射砲ニュースはスピードが命。そしてスピードは、ニュースの発信者にとって二つの大きな目的にかなう。まずは一番乗りの満足感。人間には競争心があり、ジャーナリズムを担う報道局では、特ダネこそ法定通貨だ。

ニュースサイクルの加速に加担しているのは、既存のメディアばかりではない。それをギルモアさんは「コメントダービー」と呼ぶ。

一番乗りの衝動に駆られるのは、速報ニュースという形で生煮え情報(繰り返すが、ほぼ間違い)を発信するメディアばかりじゃない。例えば、"ニュース"に視点を与えるような、気の利いたコメントをわれ先にと公表するブロガーもそうだ。ネット上のコメントダービー——それもまた競争の激しい世界だが、報酬面ではずっと低い——の勝者とは、素早く、器用に、ニュース全体の意味を伝えられる書き手だ。彼らが提示する視点が、しばしばデマや不正確な情報に基づいていることは、一刻も早くコメントを書き込むのに比べれば、大した問題ではないようだ。

その中で、事実と間違いの区別があいまいになってしまった。

1440分周期のニュースの出現(あるいは8万6400秒周期のニュース?)は、話の種になる、とにかく新しいものへの際限ない欲求を肥大させた。しかし、一度立ち止まって考える必要がある。当初の見立てがかなり信用できないものだということは、繰り返し見てきた通りだ。

速射砲ニュースに間違った情報があふれているのには、単なるスピードの問題以外にも原因がある。ジャーナリズムの必須項目と見なされてきた、記事配信前の事実確認が行われなくなってきたのも、その一つ。

情報の受け手として、まずは情報のスピードを落とし、その真偽をチェックする。それがまず第一歩だと説く。

ニュースがどんどん加速度を増すにつれ、耳にしたことを信用するにはもっと時間をかける必要がある。そしてその記事が必要な事実を最大限盛り込み、事実と推測とを明確に線引きしているかどうかを、厳しく見極めなければならない。時に中傷も受ける巨大百科事典、ウィキペディアは、その手始めとしては絶好の場所だろう。

まず深呼吸して、スピードを落とし、深く掘り下げる。それらのルールを普段のメディア利用に組み込んでいき、さらにその他のメディア消費のルールも使って情報の信用度を判断する。そんなことができる?——もちろんできる。そして、自分が見聞きしたことを信頼するための根拠がほしいと思うようなら、是非それを探しておいた方がいい。

そして"スローニュース"を紹介する今月1日付のニューヨーク・タイムズの記事の中で、ギルモアさんは、ユーザーからも、メディアに向けてメッセージを出すといい、と述べている。

私たち(ユーザー)は、ニュースの制作側のグループ、つまりジャーナリストたちに何の注文もつけてこなかった(私としては、常軌を逸した情報とデマの流通を、もっとどうにかすべきだと強く訴えたいが)。もしそんな機会があるなら、彼らにこう言ってみるといいだろう。「落ち着いて」

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■デジタルメディア・リテラシーをまとめたダン・ギルモア著の『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』(拙訳)全文公開中

(2017年2月4日「新聞紙学的」より転載)