フェイスブックが、ニュースコンテンツを自社で直接ホスティングする「インスタント・アーティクルズ」が13日から、欧米9社のメディア企業と提携してスタートした。
14億人のユーザーを抱え、メディアサイトへのトラフィックの流入元として巨大な存在感のあるフェイスブック。
その新たな戦略には、「フェイスブックの『コンテンツ抱え込み』はメディアにとって悪魔の誘いか」でも紹介した通り、様々な懸念がつきまとう。
だが懸念の一方で、参加を決めたメディア企業それぞれの、コンテンツ展開がなかなか興味深いことになっている。
メディアの主戦場が、本格的にモバイルに移行する中で、その実験場の雰囲気があるのだ。
●コンテンツを抱え込む理由
フェイスブックの説明によれば、「インスタント・アーティクルズ」導入の最大の理由はコンテンツの表示速度の問題だ。
モバイルのユーザーは増加の一途。だが、フェイスブックのモバイルアプリからニュースフィードのリンクをクリックし、メディア側のサイトにある記事を表示させると、平均8秒かかるという。
これだけ時間がかかっては、ユーザーの閲読体験を阻害する、というのがフェイスブックの主張だ。コンテンツをフェイスブック側に直接抱えることで、表示時間は10倍速くなる、としている。
さらに、ホスティングによって、動画は自動再生、スチール画像も高精細のものが使え、動画・画像ごとに「いいね!」やコメントができるようになっている。
高精細画像は画面を傾けることでスライドし、左右を見渡すことができるが、これはフェイスブックのニュースアプリ「ペーパー」から取り込んだ機能のようだ。
メディアにとっての懸念材料の一つは、コンテンツへのアクセスデータの囲い込みだ。
これも、グーグルアナリティクスやコムスコアなど、外部のデータ分析サービスを使えるようにすることで、メディア側が把握できるようにした、という。
広告は大きいバナー広告1つか、小型の広告2つを500語ごとに掲載でき、売り上げは全額メディア側に。フェイスブックの広告配信ネットワークを使う場合は、3割がフェイスブックの取り分になるという。
懸念が払拭されたわけではない。
シェアアホリックの調査によれば、メディアへのトラフィックの4分の1はフェイスブックから流入している。
メディアにとってフェイスブックのこの存在感は無視できない。
「ヴォックス」のティモシー・B・リーさんが指摘するように、「インスタント・アーティクルズ」によって、さらにその存在感は増し、その一方、ユーザーは表示に時間のかかる従来型のリンクをクリックしなくなる可能性もある。
●各社は何を展開したのか
当初はアイフォーンアプリ向けのみで始まった「インスタント・アーティクルズ」。
スマートフォンの画面サイズで、スムーズな動画と高精細画像、インタラクティブ性をコンテンツづくりにどう生かすのか。
各社の取り組みは、今後のモバイルでの展開を視野に、かなり考え抜かれた跡が見られる。
それぞれモバイルジャーナリズムの可能性を、しっかりと照準におさめているようだ。
▼ニューヨーク・タイムズ
ニューヨーク・タイムズが公開したのは、アテネ、北京五輪の体操のブラジル代表で、スキーのジャンプに転向後の昨年2月、練習中の事故で頸椎損傷、四肢麻痺となったライス・ソウザさんのストーリー「動き続け、突然凍り付いた人生」。
7部構成約9000語の大型特集記事だ。
だが、文字だけのスペースはほぼ3スクロール以内で、縦長の画面一杯に表示させる動画・画像を多用することで、長行であることを感じさせないレイアウトになっている。
同じコンテンツはパソコン版ウェブや、「インスタント・アーティクルズ」非対応のモバイルウェブでも配信されている。
構成は「スノーフォール」型のマルチメディアコンテンツ。だが、見比べてみると、「インスタント・アーティクルズ」の方が動画・画像を多用しており、パソコン版よりもはるかにリッチなつくりになっている。
落ち着いたBGM、風や波など、音の設計にも神経を使っていることがわかる。
▼ナショナル・ジオグラフィック
ナショナル・ジオグラフィックは、若者向けの動画チャットアプリ「スナップチャット」のニュースチャンネル「ディスカバリー」にも配信をしており、他プラットフォームによるコンテンツホスティングは経験済み。
モバイル展開に最も積極的なメディアの一つだ。
「ディスカバリー」は、ユーザーの年齢層を意識した短めでにぎやかな、動画中心のコンテンツ構成。
これに対して、「インスタント・アーティクルズ」に出してきたのは、2600語ほどのボリュームの記事「スーパーミツバチをさがして」。
ミツバチの高精細な動画や画像のインパクトは圧倒的だ。
さらに、冒頭の動画とともにひびくミツバチの羽音や、それぞれの画像につけられたフォトグラファーによる解説の音声など、こちらも緻密に音の設計をしている。
「インスタント・アーティクルズ」のリッチぶりとは対照的に、PCウェブ版は、従来型の何の変哲もないレイアウトだ。本文につく画像は1枚。それとは別に画像のスライド特集と動画。
さらに、「インスタント・アーティクルズ」非対応のアンドロイドでフェイスブックの記事リンクをクリックすると、直接、PCウェブ版が表示されるという状態だ。
▼バズフィード
バズフィードは、CEOのジョナ・ペレッティさんが「分散型コンテンツ」を表明するなど、他プラットフォームへのホスティングには、こちらも積極的だ。
昨年10月に「パブリッシャー(発行人)」に就任したダオ・グエンさんも、同社のブログで、「ユーザー体験」「データ分析」「ビジネス」の3点から、「インスタント・アーティクルズ」を評価している。
バズフィードが出してきたのは、「ひどい1日、すぐに気を取り直すための13のステップ」
軽快なBGMとともに、ネコや子どもの可愛いらしい動画や画像をならべていく、同サイトお得意のリスト型ネタコンテンツ「リスティクル」だ。
特にモバイルを意識して、「13のステップ」ごとに、画面を上下左右にフリップさせる、迷路のようなページ設計にしてある。
▼NBCニュース
NBCニュースの「アーモンド農家の苦悩」も、動画と音にこだわっている。
カリフォルニアの歴史的な大干ばつで、州全域に史上初の節水令が出る中で、大量の水を使うオリーブ農家の苦悩を扱った記事だ。
オープニングの、オリーブの木とスプリンクラーの動画と水の音で、記事のテーマをものの数秒で印象づける。
さらにオリーブ畑の横長の高精細写真を使い、画面を傾けて左右を見渡すことで、空間の広がりを表現できている。画像のスライドショーにはインタビュー音声をかぶせて、ユーザーを飽きさせない。
また、画像と位置情報をリンクさせ、クリックすると空撮地図に画面が切り替わる機能も使っている。
▼アトランティック
アトランティックの「クレイトン・ロケットの処刑」は、オープニング動画があるぐらいで、それもPC版と同じ。「インスタント・アーティクルズ」独自の作り込みは見あたらなかった。
取り組みとしてはかなり地味な印象。
参加メディアに名を連ねている欧州のガーディアン、BBC、シュピーゲル、ビルトは、「インスタント・アーティクルズ」用のコンテンツが公開されているのかどうか、判然としなかった。
ただ、米国5メディアの取り組みをみるだけでも、モバイルジャーナリズムの文法をかなり学ぶことができる。
ビジネスやメディア力学の判断はともかく、実験場としては、面白い場にはなっている。
(2015年5月16日「新聞紙学的」より転載)