「フェイスブックがユーザー689,003人の感情をコントロールする」で紹介したフェイスブックの感情伝染実験の騒動は、まだ続きがあった。
この実験に対する反応は様々だったが、フェイスブックがやっている実験はこれだけではないこと、そして、注目すべきはむしろ2010年に行われた大規模実験の方ではないか、と何人かの専門家が指摘していた。
「社会的影響と政治的動員に関する6100万人の実験」のタイトルで、2012年9月13日付け「ネイチャー」に掲載されている論文だ。
この実験への懸念はこういうことだ――フェイスブックはアルゴリズムを操作して、選挙結果も動かせるのではないか。
●「今日は投票日」
論文の代表執筆者は、カリフォルニア大学サンディエゴ校教授で、『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』などの著書でも知られるネットワーク研究の専門家、ジェイムズ・H・ファウラーさん。
そして共同執筆者の一人が、感情伝染実験の論文で謝罪をしたフェイスブックのデータサイエンティスト、アダム・D・I・クレイマーさんだ。
実験が行われたのは2010年の米中間選挙の投票日11月2日。有権者である18歳以上のユーザー約6100万人のニュースフィードのトップに、「今日は投票日」という特別メッセージを表示させた。
メッセージには、各地の投票所へのリンク、「投票した」ボタン、投票を終えたユーザー数のカウンター、投票を終えた友達のプロフィール写真(最大6人)、という情報が掲載されていた。
さらに実験では、全体の約1%にあたる60万人を無作為に選び、投票済みの友達のプロフィール写真がない特別メッセージを表示。さらに別の60万人には、「今日は投票日」の特別メッセージそのものを表示させなかった。
そして、「投票した」ボタンを押した人と、実際に投票手続きを済ませた有権者のデータを照合。その投票行動を、特別メッセージを表示、プロフィール写真なしの特別メッセージを表示、特別メッセージ非表示、の3つのグループで比較した。
●投票率を押し上げる
その結果、「今日は投票日」の特別メッセージによって、投票者は6万人増えたと推計した。
ただ、これはメッセージによる直接的な影響で、投票者の増加が引き起こした二次的な影響、すなわち友達がいったから自分も、という社会的伝染(social contagion)によって、さらに投票者は28万人増えたとしている。
つまり、特別メッセージを表示した影響で、合わせて34万人を動員できた、との見立てだ。これによって、投票者数は0.4%押し上げられた、としている。
さらに、直接の友達(1次のつながり)だけでなく、友達の友達(2次のつながり)にも、「投票した」ボタンを押す傾向は広がっており、その規模は100万人に達する、としている。
一方、プロフィール写真なしの特別メッセージを表示したグループは、特別メッセージそのものを表示しなかったグループと、投票率は全く変わらなかった、という。
つまり、投票者の増加の理由は、「投票した」ボタンや特別メッセージそのものではなく、友達の「誰が」投票したかが大きく影響した、と指摘する。
しかも友達みんなではなく、〝身近な友達〟の行動が効いているという。
ファウラーさんはこう述べている。
ターゲットする人々だけを見ていては、全体のストーリーを見失ってしまう。行動の変化は、直接的に受けた影響だけではなくて、その友達(と友達の友達)から受けた影響によっても起こるのだ。
●コントロールへの懸念
ニュースサイト「テックプレジデント」に、『ウィキリークス革命―透視される世界』などの著書で知られるライターで政治コンサルタントのミカ・L・シフリーさんがこんな記事を掲載していた。「フェイスブックの〝投票メガホン〟が、懸念すべきリアルなコントロールである理由」
シフリーさんは、フェイスブックの実験が動員した投票者数は、極めて大きな数字だと指摘する。
さらに2012年のオバマ大統領が再選された大統領選でも、フェイスブックが動員実験を行っていたことを取り上げ、こう述べる。
〝伝染効果〟がここでも見られたとすると、フェイスブックの投票呼びかけが米国の成人ユーザーの投票を増加させることによって、ロムニー支持者よりもオバマ支持者をより投票に向かわせた可能性がある。なぜなら、オバマは女性、若者、都市居住者の支持者が多いからだ。
そして、フェイスブックは、これらの層が多く利用するサービスだという。
2010年の論文の筆頭執筆者で、2012年の実験にも参加しているカリフォルニア大学サンディエゴ校教授のロバート・ボンドさんは、実験がオバマ陣営に有利に働いた可能性について聞かれ、こう述べている。
その可能性はあると思うが、それについては実験で見ていないので、確かな事をお話するのは難しい。民主党支持者も共和党支持者も(2010年の)実験では反応は同じだった。
ただ、伝染効果については、年齢層ごとに違いは見られた、という。
●ユーザー属性と組み合わせる
今回の感情伝染実験が騒ぎになる2週間ほど前、ハーバード大学教授でバークマンセンター共同設立者、『インターネットが死ぬ日』の著書があるジョナサン・ジットレインさんは、やはり2010年の選挙実験を雑誌「ニューリパブリック」の記事「フェイスブックは誰にもわからぬように選挙結果を決められる/デジタルゲリマンダーの恐ろしい未来―そしてそれを阻止するには」で取り上げていた。
ジットレインさんは、フェイスブックのメッセージによって、直接、間接に増えた投票者数34万人を、ブッシュ元大統領がゴア元副大統領にわずか537票差、州の投票総数の0.01%で競り勝った2000年大統領選のフロリダの選挙結果と対比してみせる。
ここで未来の激戦選挙を想像してみよう。マーク・ザッカーバーグがあなたの嫌いな候補に肩入れしたとする。彼は、数千万人の活発なフェイスブックユーザーのニュースフィードに、投票呼びかけを表示させるようにする―ただ、2010年の実験とは違って、呼びかけが表示されないグループは無作為に選ばれるのではない。ザッカーバーグは、支持政党を直接表明しているユーザーに加えて、〝いいね〟が政治的な立場や支持政党を予測することができるという事実を利用するのだ。そのデータをもとに、この想像上のザッカーバーグは、彼の立場に反するユーザーたちを、呼びかけを表示させない対象に選ぶのだ。このような陰謀が、この想像上の選挙結果をひっくり返す。法律はこの種の行為を取り締まることができるだろうか? ここで想像してみたシナリオは、デジタルゲリマンダーの一例だ。
ゲリマンダーとは、自党が有利になるように選挙区を改正することだ。
フェイスブックなら、ビッグデータを解析し、それを誰にも分からずに行うことが可能だ、とジットレインさんは指摘している。
同様の指摘は、ノースカロライナ大学チャペルヒル校助教のゼイネップ・トゥフェッキさんが、騒動の前にまとめた論文「大衆を操作する:ビッグデータ、監視、そしてコンピューター政治」の中でも行っている。
それによると、昨年時点でフェイスブックは1日当たり25億本のコンテンツ、27億の〝いいね〟、3億の写真など合わせて500テラバイトのビッグデータを処理しているという。
そして、こう述べる。
最近の研究が明らかにしたところでは、フェイスブックの〝いいね〟を分析するだけでユーザーのモデリングには十分なデータが得られ、驚くべき数の個人属性―性的指向、人種、宗教的、政治的立場、人格的特徴、知性、幸福度、常習性薬物の使用、両親の離婚、年齢、性別まで正確に予測できるという。
さらにこんなデータも。
どのデータブローカー(取り扱い業者)からでも入手可能なフェイスブックの〝いいね〟のデータだけを使った研究者のモデリングによって、そのユーザーが異性愛者かどうかなら88%の確率で、人種は95%の確率で、支持政党は85%の確率で正しく指摘できたという。
2010年の選挙実験については、こう見立てる。
例えば、あるプラットフォームが選挙結果を操作しようとするなら、当選させたい候補を支持しそうな有権者をモデル化し、その有権者たちの大多数にターゲットを絞って、ピンポイントで動機付けのメッセージを送り、グループ化する。そして、他のグループからの流入も促すことで、ターゲットをわかりにくくする。そのようなプラットフォームは、有権者に当選させたい候補への呼びかけをしなくても、公にいかなる候補を支持しなくても、選挙結果を変化させることができてしまう。
●世界に広がる
フェイスブックが投票メッセージを表示させているのは米国だけではない。
すでに紹介したシフリーさんの記事によると、今年4月から5月にかけて行われたインド総選挙では、410万人が「投票した」ボタンをクリックし、3100万人がそれを見たという。
また、5月下旬の欧州議会選挙でも、投票メッセージを実施。7月9日のインドネシア大統領選、9月14日のスウェーデン総選挙、9月18日のスコットランド独立を問う住民投票、10月5日のブラジル大統領選、そして11月4日の米中間選挙でも実施する予定だという。
フェイスブックのポリシーマネージャー、ケイティー・ハーバスさんはこう話している。
これはまだベータ(試行)テストの段階だ。それぞれの選挙で、ユーザーがこの(投票)メガホンをどのように使うのかを学んでいこうとしているところだ。
●連邦取引委員会と情報コミッショナー
騒動の元になった感情伝染実験については、英国のプライバシー保護機関「情報コミッショナー事務局(ICO)」が、調査に乗り出している、とフィナンシャル・タイムズが報じている。
米NPO「電子プライバシー情報センター(EPIC)」は、この実験が〝欺瞞的行為〟に当たるとして、米連邦取引委員会(FTC)に処分を求める申し立てを行った。
また、フォーブスのライター、カシミール・ヒルさんは、フェイスブックが問題の実験は利用規約の条文の枠内と説明していた件で、データの利用目的の「調査(research)」の項目は、実は実験から4カ月後に加えられたものであることを暴露している。
この他にも〝バーチャルリアリティの父〟として知られ、『人間はガジェットではない』などの著書もあるマイクロソフトリサーチのサイエンティスト、ジャロン・ラニアーさんが、実験が「透明性に欠ける」とニューヨーク・タイムズへの寄稿で指摘。
「『デジタルネイティブ』は幻想だとダナ・ボイドはいう」で紹介したやはりマイクロソフトリサーチの主席研究員、ダナ・ボイドさんは、「メディアム」への投稿で、今回の騒動によって、フェイスブックが論文発表をやめてしまうのではないか、と懸念を表明している。
この実験に対する怒りの反応によって、フェイスブックは研究者たちが研究発表することを禁じるようになるのではないか、と感じている。(中略)研究発表が出てこなくなるということは、社会にとって、フェイスブックが自分たちのデータを使って何をやっているのか、知る手がかりが無くなってしまうことを意味する。そして、人々は新しい研究発表がないということは、フェイスブックがデータ操作をやめたのだろう、という恐ろしく間違った考えをしてしまうのではないか。
一方、論文の共同執筆者であるコーネル大学教授、ジェフリー・ハンコックさんとジェイミー・ギルロイさん(当時は院生、現カリフォルニア大学サンフランシスコ校)の実験への関与と学内審査委員会(IRS)の対応について、同大学が6月30日付けで声明を出している。
それによると、2人はデータ収集にもユーザーの生データにも関与していないとし、その役割は調査結果の分析と論文の執筆に限定されていた、と述べている。学内審査委員会としては、これが治験への直接的な関与には当たらず、同大学の治験保護プログラムによる審査対象ではない、と結論づけたとしている。
(2014年7月6日「新聞紙学的」より転載)