円安は、景気を押し上げる力については限定的ですが、株価にはプラスに働きます。その理由を考えてみましょう。
■円安でも輸出入数量が増減せず、景気への影響は限定的
日本製品が品質よりも価格競争力で輸出されていた時代には、円安になると輸出数量が増え、国内生産が増え、景気にプラスの影響がありました。しかし、日本製品が価格より品質で売るようになると、「値段は高くても日本製品を買いたい」という海外の需要が増え、輸出数量は為替レートの影響をあまり受けなくなりました。
その後は日本企業が海外生産を増やし、企業収益が為替レートに振られないように「地産地消」を進めた結果、日本経済全体としても円安によって輸出入の数量に影響が出ないようになってきました。その結果、円安が日本の景気を回復させる力も限定的となっているわけです。
一方、円安が日本の株価を押し上げる力は健在です。なぜ景気は押し上げないのに、株価は押し上げるのでしょうか。円安が景気と株価に与える影響の違いについて考えてみましょう。
■円安は上場企業の利益を増やす
日本の貿易統計を見ると、輸出入はおおむね同額です。したがって、円安で輸出企業が持ち帰った外貨を高く売れる儲けと、円安で輸入企業が外貨を高く買わされる損は、おおむね同額です。つまり日本経済にとって、円安による儲けへの影響はほぼ±ゼロなのです。
ポイントは、上場している輸出企業と輸入企業の数の違いです。輸出企業の多くは上場されている一方で、輸入企業(輸入原材料を多く使う企業)は、上場されているとは限りません。しかも、原材料価格の上昇を消費者物価に転嫁する企業も多いでしょうから、儲けは上場企業が独占し、損は上場企業以外も広く分担することになるわけです。したがって、上場企業だけを見ると、ドルが高く売れた利益の方が多くなるのです。
加えて、上場企業が海外子会社から受け取る配当も受け取った外貨が高く売れますから、上場企業の利益を押し上げます。利子配当を受け取らなくても、連結子会社であれば連結決算は円安によって改善します。
こうして上場企業の利益が増えれば、PER(株価収益率)が一定とすれば、株価は上がることになります。少なくとも、株価上昇の要因とはなるでしょう。
■景気と企業収益が乖離するメカニズムが存在
「景気が良いと企業が儲かる」というのは一般論としては正しいですが、両者は比例するとは限らないので、注意が必要です。
海外子会社の利益については国内の景気と関係がありません。国内の景気が変化しなくても、円安で海外子会社の円換算の利益が拡大すれば、上場企業の利益は増えます。
上場輸入企業が円安によるコスト増を小売価格に転嫁すると、上場企業の利益は増えますが、景気は悪化します。上場企業の利益が増えても景気への影響は小さい一方で、消費者物価が上がれば消費者は予算制約から節約せざるを得なくなるからです。
景気が拡大すると企業の売り上げは増えますが、賃金も仕入れ価格も借入金利も上がるので、利益はそれほど増えないということもあるようです。
以上は企業の利益と株価の関係ですが、企業の純資産の面からも株価にプラスの影響が生じると思われます。
円安になると、上場企業が海外に保有している資産の価値が円建て換算で増加します。それが直ちに決算書に反映されるとは限りませんが、投資家としては「上場企業の資産が増えたのだから、適正な株価も上がっているはずだ」と考えて買い注文を出すかも知れません。
■投資家の資産構成の組み替えも日本株にプラス
投資家の中には「日本株と米国株を半分ずつ持とう」などと決めている人も少なくありません。そうした投資家はドル高円安になると、資産に占める米国株の比率が半分を超えるため、米国株を売って日本株を買うことになります。それによって日本株に買い注文が増えて日本株が値上がりするということもあるでしょう。
以上のように、様々な要因で日本株が上昇すると見込まれる場合「他の投資家が日本株を買うだろうから、日本株は値上がりするだろう。その前に買っておこう」と考えて日本株に買い注文を出す投資家もいるはずです。
■円安が理由に見えてしまう場合には要注意
本稿は、円安は日本株高の要因であるという話をしてきました。しかし最後に、それと似ているが異なる場合もあるので要注意だ、という話をしておきましょう。円安と日本株高が同時に起きている場合でも、円安が日本株高の原因だとは限らないのです。
一つには、米国の景気が拡大したことが原因で、円安と日本株高は結果であるという場合です。円安と日本株高は原因と結果ではなく、米国景気拡大を親に持つ兄弟だから似た動きをしているというわけですね。
米国の景気が拡大すると、米国の金利が上昇し、日本人投資家が円をドルに替えて米国債を購入するようになります。それによりドル買い注文が増えてドル高円安になります。
一方で、米国の景気が拡大すると日本の対米輸出が増えて日本の景気が拡大し、日本の株が上がります。なぜか「米国の株価が上がると日本株も上がる」という法則があるので「今回もそうなるだろう。今のうちに日本株を買っておこう」と考えて日本株を買う投資家も多いはずです。
別のパターンとして、リスクオンが親で、円安と株高が兄弟という場合もあります。投資家たちが「リスクオン」になると、ドル高になり、日本株も値上がりするのです。ちなみにリスクオンというのは「多少のリスクがあっても儲けを狙いに行こう」という投資家の心理状態のことです。
リスクオンになると、日本人投資家は「米国債の方が日本国債より金利が高いから、円をドルに替えて米国債を買おう。ドル安円高になって損をするリスクはあるが、果敢に儲けを狙いたい」と考えますから、ドル高円安になります。
同時に投資家たちが「日本株を買おう。値下がりのリスクはあるが、果敢に値上がりや配当の利益を狙いに行こう」と考えて株を買うので、日本株が値上がりするわけです。
このように、円安と日本株が同時に起きている場合でも、円安が原因とは限りませんから、そのあたりはしっかりと見極めることが必要でしょう。
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塚崎公義 久留米大学商学部教授
【プロフィール】
日本興業銀行(現みずほ銀行)にて、主に経済関連の調査に従事した後、久留米大学に転職。趣味は、難しい事を平易に解説する文章を書く事。SCOL、Facebook、ブログ等への執筆のほか、著書も多数。