「トランプ氏が陰謀論を否定しないのは“計算”」 エビデンスが負ける社会で起きること

『白人ナショナリズム』渡辺靖・慶應大教授と話して気付いたこと
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日本では安倍晋三首相が辞任、アメリカでは大統領選でトランプ氏が再選するかどうかに注目が集まる。両首脳は右派の強力な支持を集めた共通点があるが、ポスト安倍政権の日本の右派、大統領選後のアメリカ右派は今後どうなっていくのか――。

『ルポ百田尚樹現象愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)で平成の右派論壇の変遷を描いた私が、問題意識、分析手法も含めて、もっとも話をしたかった相手が好著『白人ナショナリズム』(中公新書)で、アメリカ国内で隆盛する白人至上主義に迫った慶應義塾大学SFC教授・渡辺靖さんだ。 

10月18日、東京・八重洲ブックセンターで渡辺さんと対談した。抄録の後半をお伝えする。

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気候変動について言及するアメリカのトランプ大統領。地球温暖化対策に否定的で、環境規制は米国の競争力をそぐとの立場を示し続けた
Kevin Lamarque / Reuters

在特会を「ひどい」と言う白人ナショナリストたち

渡辺: 日米で比較をするとユニークなシチュエーションもある。その一つは在特会です。向こう(アメリカ)の白人ナショナリストに在特会、(日本の)特に在日コリアンへの抗議活動を話すとまったく理解されません。

首を傾げて「なんでそんなひどいことするのか」と言っていました。

加えて、もう一つ私からみたユニークなシチュエーションであり、アメリカに比べてマイルドな日本の右派の特徴は、新聞に右派系雑誌の広告が載っていて、許容されていることです。

アメリカはプリント媒体よりもオンラインに移行しています。ナショナリスト系のサイトは山ほどあるし、日本で言えば昔の「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」のようなサイトに集まって、盛り上がっています。それをトランプも意識していて、メッセージを発しているし、さらに彼らがトランプ応援のためにグッズ販売までしていて、人気になっている。

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白人ナショナリストグループのメンバー
Jim Urquhart / Reuters

石戸:渡辺さんの本の中に出てくるデヴィッド・デューク氏はかの有名なKKK(編集部注 :アメリカの白人至上主義団体。1860年代の南北戦争後に組織される。一般的には、顔を隠す白い三角頭巾などで知られ、暴力をつかって黒人らを迫害してきた)の元最高幹部です。

デューク氏はインテリで、まがりなりにも博士号もとっていますね。自分をいかに馬鹿にされるような存在ではないことを意識的に見せようとしている。問いかけも意外と深いです。

アメリカも製造業も落ち込み中間層が没落しているにも関わらず、支援の手が行き届いていない。白人の労働者が取り残されており、それがトランプ支持につながっていますね。

一方、リベラル系のメディアに出てくるのは「ヒスパニックに社会保障を手厚くしよう」とか「LGBTや女性の権利を擁護しよう」という主張が多いと彼らは感じている。

社会保障にせよ、権利擁護にしても非常に大切な政策です。ですが、白人労働者からしたら「少数派の権利擁護ばかりで、支援のストーリーに自分たちが入ってない」と考えてしまうわけです。

これはイギリスでも同じような動きになっています。

もちろん、彼らの見解をすべては支持することもできませんが、彼らの存在や思考には問うべき論点が含まれていると思います。

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移民の家族
Jose Luis Gonzalez / Reuters

もし日本に移民が入ってきたらどう思う?

渡辺:ある白人ナショナリストからこう問われました。

「もし日本に数百万人の移民が入ってきたらどう思うか?『いやだ、まずい』という感覚を持って規制しようとしたら、『あなたが人種差別、民族至上主義者だ』と言われる。どう思うか?」

 これは核心をついていると思います。

彼らを一概に糾弾するだけでいいのか、という感覚はあった。

アメリカという多文化社会の中でより説得してこうとするときは、アメリカ国内で積み重なっている哲学や思想、公共性と矛盾しないかたちで理論武装しています。

石戸:日本は移民を受け入れる可能性は低いが、インターネット上での渦巻いた感情を分析すると、自分たちは利益を得ていないのに、「なぜ少数派ばかりが擁護されるのか」という思いは決して弱くはない。

そこを意識的に束ねる政治家がでてきたときに、一気にアメリカのような問題が起きる可能性があります。

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トランプ大統領とペンス副大統領
Carlos Barria / Reuters

トランプの計算された「間」の正体

渡辺:トランプ氏も、「白人至上主義者からの支持を受け入れますか」と問われても、すぐ答えずに間を置く。その間がとても重要なんです。「即座に否定しないことに私はメッセージを受け取った。トランプ大統領に感謝している」と白人至上主義者に思わせる「間」です。

トランプ氏は、十分に理解はしているけど、大統領という立場ゆえに明確に否定できないのだ、だからわかってほしいと解釈されているんです。

アメリカ大統領選の前回の投票率は55%ほどです。

決して高くない。投票していない残り45%の人たちの中にも多少白人はいるだろうから、彼らを掘り起こして投票所に行かせられたら勝てると目論みがあるんです。

石戸:なるほど。かなり計算的にやっているんですね。

渡辺:そうです。「なぜ偏狭なメッセージをだすのか」「Qアノン(編集部注:陰謀論を主張する集団)を否定しないのか」と指摘するのは私からすると、ちょっと浅い分析です。

 選挙戦略からすれば、前回も投票した人たちで、まだ決めかねているという層は5%かそこらです。それより眠っている45%の層を掘り起こす方が賢い。(トランプ大統領は)「あえて刺激的なメッセージを出している」と理解すべきです。

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QアノンのTシャツの上に「トランプ氏支持」のステッカーを貼っている人
Elijah Nouvelage / Reuters

石戸:日本ではそこまでの動きはないですし、政治的な計算も働いているとは思えません。

 渡辺:アメリカ、ヨーロッパで日本について聞かれるのは「日本ではなぜトランプ現象に象徴されるような反エリート、反エスタブリッシュメント、反グローバリズムから来る反動的な政治勢力がないのか」です。

精緻に分析したわけではないが、彼らの話を聞くと理由は2つありそうな気がします。一つは移民難民問題が少ない。それが一つの防波堤になっているのではないかという仮説。

もう一つは、日本は赤字国債を発行してでも社会保障を守ろうとしている。失業率も低いので反乱は起きてないという仮説です。

それを踏まえると、雇用が悪化し社会保障の見通しが立たなくなったとき、既存の既得権益に対する反発が鮮明になる可能性はあると考えられます。

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イメージ
ViewApart via Getty Images

石戸:インターネット上の分析を定量的に分析すると、twitterでは学術会議側を批判する声が多いですね。その感情は反エスタブリッシュメント、反エリート、反既得権益です。

 渡辺さんが提示した仮説は当たっていると思います。加えて言うのならば、政治勢力として、実はトランプ的あるいは共和党的な右派が下地にないからというのも大きいですね。

特に安倍さんがとった経済政策は、世界的に見ればリベラルに寄った経済政策でした。経済政策だけみれば、アメリカの民主党的とも言えます。

雇用を守ると連発し、インバウンド(海外から日本への旅行)の呼び込みにも積極的でした。

もうちょっと踏み込むと、日本では右派的言説を政治勢力にしようとする動きはアメリカほど強くないのかもしれませんね。アメリカは運動として組織化しようとする動きが強くて、受け皿としてのトランプ氏も出てきています。

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安倍晋三前首相と中国の習近平(シーチンピン)国家主席
Kim Kyung Hoon / Reuters

「日本は優秀」論に惹かれる人たちとは

渡辺:今後の展望としては、日本の社会政策とは別に、日本の国力の低下がトリガーになるかもしれませんね。中国、韓国の台頭でアジアの中での優越感が維持できなくなっている苛立ちがどこに向かうのかが焦点になる可能性はあります。

石戸:まったく同感です。学術会議の問題も背景にはナショナリズムがあると考えています。科学の世界では中国は脅威ではなく、すでに科学政策、大学の力も日本を圧倒しています。しかし、それが認められないという人はかなりの数います。

加えて、韓国の経済成長もかなり高い。多くの若者は漠然と日本はこの先伸びる要素がないのではと考えています。不満の受け皿の一つが嫌中・嫌韓言説であると言えるのかもしれません。

最近の社会調査や、ナショナリズム研究を踏まえると、経済が没落しつつある中、白人ナショナリスト的な言説になびいてしまうのは、日本では年代を問わずに高学歴層、より具体的に言えば大卒男性層ではないかと思います。

ゼロ年代以降、中国や韓国への排外主義、そして日本の優越性に惹かれていったのは、特に大卒男性層でした。

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新元号「令和」を発表する菅義偉氏(当時、官房長官)
POOL New / Reuters

日本の「明るい話が聞きたい」欲求

渡辺:私の学生もそうですが、ニュースを読むと暗い話ばかりで、日本の明るい話が聞きたいという「欲求」もあります。そこに右派的言説が入り込んでいると言えるのかもしれません。

石戸:なぜ日本を悪く言うのかという不満は広がっています。百田さんがなぜ読まれるか。リベラルエリートが読み落としていたのは、彼が描いていたのは日本の成功譚であるという事実です。「日本国紀」も基本は明るく楽しい日本史です。

読者が右派的言説の持ち主とは限りませんが、しかし百田さんは潜在的なニーズを掴んでいます。

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「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」とかかれた帽子をかぶる人
Joshua Roberts / Reuters

「50年代のアメリカはとてもよかった」

渡辺:まさに百田が打ち出す明るい日本は、トランプ氏の「アメリカファースト」と通底していますね。白人ナショナリストは「50年代のアメリカはとてもよかった」と言います。

公民権運動の前で、ある種の秩序があった。自分たちがルールで、自分たち尊敬を得ていた。これをダメにしたのがグローバル化だと。外に出て行き、移民が入り文化を壊し、他の国を助けたのに、食い物にしている。

 相対的に衰退していく国力の中で、ビジネスで成功したトランプ氏は彼なりに独特の感性を持ってアピールしていました。

エビデンス、数字に基づいた社会工学的発想をリベラルは支持しますが、そこには落とし穴があります。それよりも情念が突き動かす社会になってきているのが現実です。

エビデンスは大切なのは間違いないことですが、社会を機械のように設計せずに情動の部分を鑑みていくこともまた重要になってきます。

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『ルポ百田尚樹現象』
HuffPost Japan

 社会は「エビデンスだけで成り立ってはいない」

石戸:百田さんも計算というよりは、ものすごい感度の直感で勝負しています。それがリベラルを刺激し、苛立たせる。しかし、マーケットの強い支持は百田さんに向かう。

取材をしていてあらためて思いましたが、リベラル的なものは最初から嫌われていると思った方がいいですね。幅広い人たちから「リベラルエリート=既得権益」だと見えています。

立ち居振る舞いを意識しないと、容易に攻撃されるのは日米で差はないですね。そこを認識しないと議論のすれ違いはもっと深くなるのではないでしょうか。

渡辺:アメリカの大学にいると、リベラルは当たり前であり正義だと思いがちです。しかし、自分たちが正義だと思い込むと原理化します。少しでも相手の言い分を認めたり、容認したりしたらファシストだという批判が飛んでくることがアメリカでも起きています。

リベラルも相手を批判したり、論破したりするだけでなく相手の立場から世界がどう見えているのか。相手はどんなストーリーを持っているのか。もう少し理解する努力は必要です。

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白人ナショナリズム
Yuriko Izutani

石戸:議論の最初からずれていますね。「なぜそういう言説に至ったか」こそが僕も渡辺さんも大切だと考えているということがわかってよかったです。

僕の本で言えば、リベラルからみた「歴史修正主義者」、渡辺さんの本では偏狭な「白人ナショナリスト」が社会に対してどのような不満感を抱え、いかに受け止めてもらえないと感じているか、を考えないといけません。論点が最初からずれていると考えれば、埋めようもあります。

渡辺:私は社会科学と人文社会のはざまに位置する研究者なので、人間は機械工学的に割り切れない、いろんな感情を持っているという前提から解き明かしてくのが役割です。説教になると逆効果で、まずきちんと分析していく仕事が必要だと考えています。

 

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HuffPost Japan

ハフポスト日本版は11月5日夜9時(日本時間)から、モーリー・ロバートソンさん、長野智子さんとともに大統領選を振り返りつつ、トランプ大統領に「支持が集まった理由」について議論するライブ番組を行います。アメリカの「ラストベルト(さびついた工業地帯)」を訪ね歩いた朝日新聞機動特派員の金成隆一さんとも中継をつなぎます。番組はこちらから(時間になったら自動的にはじまります。視聴は無料です)。