燃料電池車はEVに「もう勝ち目がない」は本当か

再生可能エネルギー由来の水素が期待できる理由

水素ステーションの整備・拡大もFCEVの普及には欠かせない

かつて代表的な次世代エネルギー車と言われた燃料電池電気自動車(FCEV)だが、現在は電気自動車(EV)が全盛であり、なんとなく旗色が悪い。FCEVはEVに比べると「既に勝ち目がない技術」「実用性がない技術」という見方さえ世間にはあるようだが、果たして本当にそうなのか。(ジャーナリスト 井元康一郎)

鳴かず飛ばずの状況が続いているFCEVに動き

 マスメディアに「究極のエコカー」などと持てはやされながら華々しく登場したものの、鳴かず飛ばずの状況が続いている次世代エネルギー車、燃料電池電気自動車(FCEV)に動きがあった。

 FCEV普及の障害となっている課題のなかでも最も重大とされている水素ステーション不足の解消に、自動車業界、エネルギー業界、政府系金融機関の3者が共同で取り組むというのだ。

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本記事は「ダイヤモンド・オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

 3月5日、トヨタ自動車、ホンダ、JXTGエネルギー、岩谷産業、政策投資銀行など11社が水素ステーション整備の推進を主タスクとする日本水素ステーションネットワーク合同会社、別称ジェイハイム(JHyM)を設立した。「水素エネルギーにかかわる11社が力を合わせ、オールジャパンで普及に取り組む」と、代表となったトヨタ自動車の菅原英喜氏は気勢を上げた。

 ジェイハイムの当面のタスクは、2022年までの4年間で水素ステーションの数を80ヵ所増やして全国160ヵ所とすることであるという。また「現状では水素ステーションが都市圏に偏在しているのも課題。空白地帯を埋めて全都道府県をカバーしていきたい」(ジェイハイム関係者)というのも目標のひとつだ。

 成長戦略なかに水素プラットフォームを盛り込んでいる日本政府は、2020年の東京オリンピック時にはFCEVバスを走らせて水素社会のトップランナーであることを世界にアピールしようと目論んでいる。

 それだけなら首都圏のインフラを集中的に整備すれば事足りるのだが、その後の広がりが期待できない。ジェイハイムはインフラのカバーエリアを広げ、クルマをトリガーに水素利用の機運を高めるという、フロンティア的な役割を担うことになる。

現状ではFCEVの普及はほとんど期待できない

 水素ステーションとはFCEVに燃料となる水素を補給するための拠点で、これがなければFCEVはそもそも運用することができない。

 ステーションが増え、さらに「空白地帯」が埋まること自体は朗報だ。が、果たしてFCEVはこれで現状の劣勢を跳ね返し、次世代車のメインストリームという地位を手に入れられるのだろうか。

 現在の水素プラットフォームの状況を考えると、ジェイハイムが最大限の働きをしたとしてもなお、一般消費者へのFCEVの普及はほとんど期待できないであろう。そのくらい水素ステーションの実情は惨憺たるものだ。

 政府は現時点での水素ステーションの数を約100ヵ所と、当初目標を達成したかのように吹聴しているが、誰もが利用可能な水素ステーションはもっと少ない。燃料電池実用化推進協議会の調べによれば、2018年3月14日現在、全国の商用水素ステーションは22都道府県92ヵ所にすぎない。

 しかもそのうち33ヵ所は、トラックに水素供給システムを搭載した移動式ステーション。同じトラックが複数のスポットを巡り、それぞれ1ヵ所とカウントしているのである。火曜と木曜の午前中はA地点、同日の午後はB地点、別の曜日には同様にしてC地点とD地点...とカバーする。これで拠点数を独立してカウントするとはずいぶん心臓が強いというものだ。

日曜・祝日休業が多い水素ステーションの営業状況

 定置型ステーションの営業状況も悪い。

 24時間、年中無休のステーションはごくわずかで、スタンダードは月~金が9:00~17:00、土曜が9:00~13:00、日曜・祝日休業といったイメージ。「学校じゃないんだから...」とユーザーは不平の一つも言いたくなるところだ。また、設備点検と称して休業しているところも少なくない。

 水素ステーションの運用状況がこの有様では、FCEVが増えるわけがない。自動車検査登録情報協会によれば、2017年末時点での日本のFCEVの保有状況は全国で乗用車1807台、バス5台、トラック1台の計1813台。その大半が行政、法人で、個人ユーザーはごく少数と見られる。

 個人ユーザーが増えなければ、販売台数は増えようがない。カーシェアリングに望みを託すくらいが関の山だろう。

 全国の水素充填スポットが160ヵ所になったからといって、この状況が劇的に変わるわけではない。「水素ステーションを点から線へ、線から面へ」と、ジェイハイム関係者は意義を強調するが、160ヵ所では面とは到底言えない。長距離ドライブを担保することはできても、日常ユースを考えれば片道50kmないしそれ以上の距離を水素補給のために走るのは馬鹿らしいことだ。

 結局、FCEVを持てるのは水素ステーションの近くに住んでいる人に限定されてしまうだろう。

「充填時間の短さ」というメリットが「待ち時間」で相殺されてしまう

 今の水素ステーションが大量のユーザーをさばくだけの能力を持っていないのも課題だ。

 FCEVのバッテリー式EVに対する圧倒的なアドバンテージは、実時間3分程度という充填時間の短さだ。ただし充填時間は短いが、連続で水素を補給できるかどうかは話が別だ。

 700気圧という高圧タンクに充填できるだけの蓄圧は瞬時にはできず、1時間あたりの充填可能台数は2台から多くて6台である。

 今は1日に1台も来ないくらいヒマなステーションが多いからさしたる問題にはならないが、数が増えてきたら「充填時間の短さ」というメリットは「待ち時間」で相殺されてしまうだろう。

 それでも、ジェイハイムの取り組みによって水素ステーションが増設されれば、北海道にはステーションが1ヵ所もなく、東北は仙台のみ。九州も大分より南にはなく、山陰から出羽にかけての長い日本海側は全滅――という現状よりは相当マシになることは確かで、まったく意義がないわけではない。

 ところが、FCEVの課題は水素ステーションだけではない。実はもっと悩ましい問題が存在する。まず、ユーザーにとってはFCEVの車両価格、燃料となる水素の価格がともに高いというのが難点である。

同じトヨタの「カムリハイブリッド」なら半分程度の燃料代で済む

 トヨタが世界に先駆けて発売した量産FCEV「MIRAI(ミライ)」は、水素1kgあたり100km程度走る。ステーションにおける水素の実売価格は1088円から1500円だが、同じトヨタの「カムリハイブリッド」なら半分程度の燃料代で済む。FCEVが好きだという人以外、買うメリットがそもそもないのである。

 一方、環境負荷の低減という観点では、水素製造から走行までのトータルでのエネルギー効率が低いのが大ブレーキとなっている。EVに大敗しているどころか、石油やガスの改質で水素を作る場合には、最近とみに効率の上がったエンジン車にも負けかねない。

 少なくとも再生可能エネルギーや第4世代原子炉である高温ガス炉由来の水素か、製鉄所や製油所から副次的に出る水素を使うようにしない限り、FCEVを普及させる大義名分が立たない。

水素エネルギーに手を出すのはまったくの無駄なのか

 水素ステーションを160ヵ所に増やしたからといって、これらの問題が解決されないかぎり、FCEVの普及はおぼつかない。では、今の段階で水素エネルギーに手を出すのはまったく無駄なのであろうか。

 あくまで筆者個人の考えだが、無駄ではないと思う。

 FCEVは技術のコモディティ化のスピード感、コスト、熱効率でバッテリーEVに大きく後れを取っているのは確かだが、大量貯蔵が容易、補給時間の短さ、水素を発生させるための1次エネルギーの多様性といったメリットがある。

 例えば一時脚光を浴びた、製鉄所や製油所などから得られる副生水素。これから不純物を低コストで除去できれば"廃エネルギー"の有効活用という意義が出てくる。現在、副生水素は発生源となった工場で自家使用しており、余っていないことになっている。

 しかし、「経産省が水素を自家使用すべしと言うので無理やり全量使っているだけで、いくらかでも値段が付くのなら工業原料として必要な分以外は売ったほうがいいに決まっている」(石油元売り関係者)と、実は副生水素を出す業界も乗り気な企業は結構ある。

再生可能エネルギー由来の水素が期待できる理由

 再生可能エネルギー由来の水素も期待できるところだ。

 再生可能エネルギーで起こされた電力の価格はこのところ大幅な下落が続いており、地域によっては水力、原子力など全電力の中で最も卸価格が安いというところも出てきている。

 一昨年12月、スウェーデンの元エネルギー庁長官でチャルマース工科大学教授のトーマス・コーベリエル氏が来日。日比谷の日本記者クラブで講演を行った際、スコットランドおよび北欧4国、オランダなどをカバーする電力卸市場の価格を紹介。

 再生可能エネルギー電力の卸価格は1kWhあたり何と2円台であった。これは極端な例としても、最近の世界の再生可能エネルギー電力の卸価格は10円を大きく割り込み、3~5円台/kWhというところが多くなっている。

 これをバッテリーEVに直接充電すれば、もちろんコストは最も安くてすむ。が、ここまで電力価格が下がると、水の電解による水素の製造や輸送、貯蔵で元の電力に対してコストが2倍ないし3倍に跳ね上がってもなお石油系燃料との走行コスト差が顕著になり、FCEVが一般ユーザーに支持される目も出てくる。

 また、水素は電力に比べて大量貯蔵、大量輸送に向いているので、再生可能エネルギーの不安定性を吸収するバッファとしても機能するだろう。

 そういうメリットを生かせるような基盤技術やインフラが整えば、コスト面では優位だがバッテリーの大型化でいずれ電流および充電電圧という壁に立ち向かわなければならなくなるバッテリーEVとの住み分けができるようになる可能性はゼロではない。

 もちろん車両側の技術革新は必要だ。少なくとも今のFCEVの構造ではコスト的にお話にならない。高圧タンク不要、低コストで耐久性の高い燃料電池スタックなどができなければ、車両価格は下がらない。

 これらについてはさまざまな萌芽的技術は出てきているが、クルマに適正コストで搭載可能なものが出てくる気配がまだなく、「当面は高圧タンク、固体高分子燃料電池で行くしかない」(燃料電池車の開発にたずさわるエンジニア)という。

日本は水素エネルギーについてバラ色のキャンペーンを張りすぎていた

 技術革新に向けて長い時間のかかる取り組みになることは必至だが、三菱自動車や日産自動車が2009年から2010年にかけて到底商売にならない量産電気自動車を手がけた結果、部品メーカーなどが育ち、良質な部品を低コストで調達できるサプライチェーンの構築で世界をリードできたことを思うと、FCEVも良い技術が確立される前に社会にインストールする取り組みをあえて進めるのは、あながち間違いではない。

 ただし、それを実現させるにあたっては、あくまで正攻法で行かなければならない。これまで日本は水素エネルギーについて、事実に反したバラ色のキャンペーンを張ることに拘泥しすぎていた。

 例えばミライの発表会では「水素は地球上に無限にあるエネルギー」などと、優良誤認を招くようなキャッチフレーズが流されたが、それなら水を燃やして走ればいいではないかと反発心を覚えたものだ。3月5日のジェイハイム設立会見時も、課題はもっぱら水素供給インフラと言うだけで、他の課題については「走行コストはハイブリッドカーと同等」といった、事実に反する説明が少なからず見受けられた。

 今、大事なのは電力の直接利用に対して効率が劣る水素を、次世代のエネルギープラットフォームとしてあえて整備する「本当の意義」はどこにあるのか、そのためにはどのようなハードルを乗り越えなければいけないか、それを乗り越えたあかつきにはどのような素晴らしい未来が実現されるのかといったことを、科学的に丁寧に説明することだ。

 それがあって初めて、FCEVや水素エネルギープラットフォームを整備するという官民一体のプロジェクトが、国民の支持を得られるというものだろう。取り組みの行方に注目したいところだ。

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