植物であると同時に動物でもあるという変わった生き物がいる。誰もが子どもの頃に学校で習ったはずの単細胞生物「ミドリムシ」のことだ。ミドリムシは光合成を行う藻類だが、鞭毛で泳ぐ動物のような性質も持つ。植物由来と動物由来の両方の栄養素を作り出すことができるため、ミドリムシの大量培養さえできれば、途上国の栄養問題を解決できる可能性がある。
ミドリムシの学名は「ユーグレナ」。この学名をそのまま会社名にしたバイオベンチャーのユーグレナは、このミドリムシの大量培養に世界で初めて成功したことで知られている。ユーグレナを創業した出雲充氏は若いころにバングラデシュで見た栄養不足問題に心を痛め、人類の食糧・栄養問題を解決したいと2005年にユーグレナを創業した。
ミドリムシの大量培養に世界で初めて成功したユーグレナの出雲充
59種の必須アミノ酸を生成する究極の生物と注目され、長年研究されてきたものの誰も大量培養に成功してこなかったミドリムシ。大量培養が可能かどうか分からない状態のまま出雲氏は、新卒で就職した大手都市銀行をわずか1年で退職。大学時代の友人とユーグレナを創業し、以来、研究開発と市場開拓に情熱を傾けてきた。
ユーグレナが取り組むまでは、研究室でのミドリムシの培養実績は月産「耳かき1杯分」。実用には程遠いレベルだった。創業後のユーグレナは、世界で初めて屋外大量培養に成功し、今は主に健康食品という形で売上を伸ばしている。2012年に東証マザーズに上場、2014年12月には東証一部に市場変更。日本の大学発ベンチャーとして初めて東証一部上場を達成したことでも注目を集めている。
ミドリムシは食用だけでなく、バイオ燃料という応用で注目されていて、ユーグレナは2018年までにジェット機を飛ばすのだと研究開発に注力している。
そんなユーグレナが2015年4月に突然、SMBC日興証券、リバネス、それから大手企業らとタッグを組んで研究開発型ベンチャー支援で20億円規模の新ファンド「リアルテック育成ファンド」を設立すると発表した。売上は順調に成長しているとはいえ、まだ研究開発型ベンチャーとして事業基盤が盤石というわけではないし、バイオ燃料の取り組みも、まだだまだこれからだ。
自らもまだベンチャーとして全精力を傾けて研究や事業に取り組んでいる最中なのに、なぜ「ベンチャー支援」なのか? HRナビでは出雲氏に話を聞いた。
研究開発型ベンチャーには大企業との連携・支援が必要
ファンド設立の背景にあるのは、ユーグレナを立ち上げた自分たちの経験です。われわれ自身、創業期に多くの日本企業に助けられてきました。いちばん最初は伊藤忠です。伊藤忠商事、それから日立製作所、新日本石油(現JX日鉱日石エネルギー)、清水建設、全日空、東京センチュリーリース、電通。そしていすゞ自動車、武田薬品工業と非常に多くの企業に支えられてきました。今回のファンドでフォーカスしているバイオやロボティクス、農業、エネルギーといった分野の研究開発型ベンチャーでは技術開発や事業化に時間とコストがかかるので、その支援が必要です。つまり企業連携によるベンチャー企業支援の体制構築の必要性を感じていた、というのがファンドを設立した理由の1つです。
もちろん、私自身はミドリムシくらいのことしか分かりません。ミドリムシで栄養失調をなくすということと、2020年の東京オリンピックまでにミドリムシで飛行機が飛び、バスも走る。そういう「ミドリムシ社会」を皆さんにお見せしたい。そのために今は私のすべての時間と労力を注ぎ込んでいます。
じゃあ、なんで今回ファンド設立という取り組みになったのか。2つの出来事が重なってこうなったんです。
全国の学校を講演して歩いて出会った「キノコ少女」たち
東証マザーズに上場してから、いろんな小学校や中学校、高校や大学から講演依頼を頂くようになりました。講演といっても依頼はさまざまです。小学生に理系の仕事をすることの楽しさを伝える講演があったり、もっと高度なものだと、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)っていうのがあるんですけれども、「うちはSSHだから大学院生向けの高度なミドリムシの話をしてほしい」というのもあります。
そうやって講演や授業で全国のいろんな学校に行かせていただいたんです。それで驚いたんですけどね、「今日はミドリムシの人が学校に来るっていうので、どうしても会いたい」という子どもたちがいるんですよ。私が授業をやる前後の時間は、だいたい校長室とか応接室で待ってるんですけど、そういうときに高校生とか中学生が入ってきて、「ちょっと話があるんです」というんですよ。
なんだろうと思ったら、悩み相談なんです。例えば、こんな風に言う女の子がいたんです。
「私は、ずーっと小さいときからキノコが大好きだった。今もいろんなところでキノコを拾ってきては理科室で分析をしています。そのキノコの中にどういう成分が含まれていて、どういう生理活性作用がある物質が含まれているのか、そうしたことを一生懸命勉強してきた。キノコについてはすごく自信がある」
だけどその子は、親にも学校の先生にもキノコのことは言えないんです。キノコなんかやってないでちゃんと受験勉強しないとダメだ、そんなことじゃちゃんとした大人になれないよ、と言われるに決まっていると言うんです。友だちには「キノコ、キノコ」とバカにされ、いじめられるって言うんです。
「今まで誰にも相談できなかった。でも今日はミドリムシで楽しそうに会社をやってる人が学校に来るっていうから、こうやって来てみたんです」
あなただったら、私がやっているキノコのことを気持ち悪いとか、ヘンだとか、きっとそう言わないだろうから、どうしたらいいか相談したかったと。私にこう言うんですよ。
これはキノコの話だけじゃありません。海藻とか昆虫とかね、そういうのが好きな子は全国にいます。森と木が大好きで、森を復活させたいという思いから、木で作るIoTのおもちゃを考えている女子大生もいました。
いろんな学校で、そういう子どもたちに会いました。みんな勇気を振り絞って授業が終わった後に私に元に来るわけです。そういうフィードバックをたくさんもらいましてね。
私に何ができるだろうかと。
1つのことに夢中になれる強さを教えてあげたい
私がいつも申し上げたいなと思っているのは、何か1つの技術や、何か1つ好きなものがあるということほどパワフルなことはないってことです。
私は2005年の8月に会社を作りました。それから2007年の12月までの2年半で、500社にミドリムシの営業に行きました。でも1社も買ってくれなかったんですよ。ゼロです。
そのとき私の給料というのは月に10万円程度でした。10万円って大学生の仕送りより少ないかもしれませんね(笑) 月給10万円で2年間、500社に断られ続けたという話をすると、やっぱり大変なご苦労をされたんですねと皆さんおっしゃる。そんなに大変だったのに、何故めげずにやってこれたんですか、そのコツを教えてくださいって、おっしゃるんです。
この質問に答えるのは私には難しんです。だって好きなことをやってる人に、なぜやれるんですかなんて聞かないですよね?
ミドリムシは非常にいい技術だとか、ミドリムシは儲かるから出雲くんやってみなよ。そんな風に大学の先生に誘われたわけではないんですよ。誰かに頼まれてやってきたわけじゃない。私が好きでやってるんです。ミドリムシで栄養失調をなくして、飛行機を飛ばしたい。だから500社に営業に行っているわけですから、そんなに大変ではないんですね。まあ一応大変だということにしないと取材が成立しないときには、どこが大変だったかっていう話もしますけどね(笑)
ミドリムシでもキノコでも何でもいいんですよ。慶応大学の関山くん(関山和秀氏)が、いま蜘蛛の糸を大量生産する技術開発をしていてスパイバーという会社をやってますけど、蜘蛛でもいい。
これからの時代は勉強ができるとかではなくて、時間を忘れるくらい打ち込める好きなものがあるということ。これが最高のことですよ。それが最上の人生なんです。それを私は小学生にも、あるいは学校を卒業した人にも伝えたいのです。
親や学校や先生でも、私が言うと聞いてくれるんです。昔はミドリムシって何だという目で見られていましたけど、東証一部に上場すると、いままでより多くの方が知っててくださるようになるわけです。なるほど、ユーグレナってミドリムシを作ってる会社なんですかって。その会社を作った人が、ミドリムシの経験からアドバイスをしてくれることだったら耳を傾ける価値があるという風にみなさん言ってくれます。
だから私はキノコの女の子に伝えるんです。昨日ミドリムシの社長が来て、私のキノコはいいって言ってたと親に話してごらん、と。受験勉強よりもキノコのほうがいいんだ、そのほうが絶対にいい人生になると言っていた、そう話してみなさいと。
計画通りにやってもイノベーションは生まれない
ファンドのことに話を戻しましょう。たまたま何か第2、第3のミドリムシが出てきたというようなものではなく、蜘蛛の巣とかキノコことか、すばらしいイチゴとか、すばらしいリンゴ、そういったものを広げて行く発射台にしたいんです。
私自身、まだまだ膨大なチャレンジが残っています。
いま栄養失調人口というのは地球に10億人います。1日の生活を1ドル以下で送る人は12億人です。栄養失調と貧困は、ほとんど重なってますね。これをゼロにする。そのためには膨大なチャレンジが残っています。ミドリムシによるバイオ燃料で飛行機を飛ばし、バスを走らせるってことでも、たくさんのチャレンジがあります。
そういうチャレンジの真っ最中にファンド設立は早すぎる、というご指摘もあろうかと思います。それはもうご指摘のとおりです。
ただ、私には申し上げたいことが2つあります。
1つは、これができたから、次はこれだというのでは間に合わないということです。例えば栄養失調がゼロになって、飛行機が飛んだから、さあファンドで後進の育成をしましょうという人生だと間に合わないんですよ。
もう1つ、これはもしかすると起業する人が変だなと思われる最大のポイントかもしれませんが、これができたらあれをやるという順序なんかじゃないってことです。
例えばミドリムシの例で説明すると、ミドリムシの培養技術が完成したからユーグレナという会社を作ったわけではないんです。ほとんどの方はミドリムシの培養ができるようになったから会社を作ったという順番で物事を考えてらっしゃると思うんですけど、違うんです。逆です。培養を絶対に成功させるぞ、という覚悟で会社を作ったんです。
ミドリムシの培養技術って、いつまで経ってもできなかったんです。すごく難しくて誰にもできなかった。自分たちにもできるかどうか分からなかった。でも、会社を作ってしまうと、もう必死になるわけですよ。最後の一歩みたいなものが、背水の陣に追い込まれたときに踏み出される。結果が出ない実験の連続で疲れ切ったとき、いやいや寝ないでもう1回だけやってみようと実験をしてみたとき、そのときにこそ何かを思い付く。
日常や平常から極めて破壊的なイノベーションというのは出てきません。
巡行的に環境を整えて出てくるものは改良です。既存技術の延長線上にないものは、背水の陣とか、給料10万円とか、500回断られるとか、そういう非日常の危機的な状況のとき、資源が制約されているときに生まれてくるものだと思うんですよ。
開業率を今の2倍の10%に上げる、その結果をやる前から議論していても仕方ない
今は会社のリソースが制約されているのだから、栄養問題とバイオ燃料に集中するっていうのは、もっともな理屈です。しかし、タイミングっていうのも大事なんです。今やらないといけない。政府が応援してくれているし、「どうもミドリムシがいいらしい」と思ってもらえているタイミングで一気にエコシステムを作りたいと思っているんです。
ちょうど今、政策的にも支援があるタイミングです。安部総理が本気でベンチャー支援をやろうとしていることは、今年1月にわれわれが受賞した「第1回日本ベンチャー大賞」の「内閣総理大臣賞」の表彰エピソードでも良く分かっていただけると思います。ちょうどイスラム国による日本人人質事件のころで、政府は対応に追われて大変な時期でした。経産省の方も、さすがにこれはもう表彰式への総理出席はムリだろうと思っていたんですね。でも総理自らいらっしゃった。自身のメッセージがいかに本気かというのを、ベンチャーの人にも、霞が関にも伝えなきゃいけないということだと思いましたね。総理が来てから官邸も霞が関も確実に変わりましたね。総理大臣賞作ったけど、あ、やっぱり代理だったね、まあ忙しいから仕方ないよねと思うかどうか。総理自らが来ないとメッセージの迫力はゼロになってしまいます。
安倍首相と出雲氏(写真はユーグレナ提供)
政府は本気なんですよ。2020年に欧米並みの開業率10%を目指す。開業率を倍増して、日本をベンチャー大国にする。
企業や官庁での女性登用でも開業率でも同じなんですが、そうやって数値目標を設定すると、そんなの意味があるのかという批判が出てきます。開業率といっても、ラーメン屋が増えてそれが何になるんだと。飲食のスモールビジネスが増えて開業率10%達成しましたね、と。あるいは女性管理職3割という目標を達成するのに、無理にやってどれだけ意味があるんだって、そういうご意見、あるいはご批判です。これは必ず出るんですよ。
でもね、別にこれだけが正しいとは思っていませんが、女性の社会進出も、開業率倍増もね、目標を設定して、みんなでそこに向かって走ってみるのが大事なんです。それでうまくいかなかったことは、それはその時にみんなで調整すればいい。やる前から、やった時こうなる、これがダメなんじゃないかって議論してても仕方ない。
全部の準備が整ったから絶対成功する、だからやりましょう。そうやってスタートするものではないんですよ、ベンチャーというのものは。
アメリカの自動車王であるヘンリー・フォードも言っていますけど、絶対うまくいくビジネスをやるんだったら、自動車なんかじゃなくて馬車で事業を始めたほうがいいわけですよ。速く長距離を移動するためには高品質の馬車を開発をするのが普通じゃないですか。みんな速い馬車がほしいとは言ってたのだから。誰も自動車なんてほしいとは言わなかった。でも歴史が証明しているのは、自動車のほうが結果としてみんなが求めていたものだった、と。それが破壊的なイノベーションというもので、我々の生活が大きく変わったんですよね。
みんなが納得してやってると、ずっと馬のままなんですよ。馬社会から、全く新しい社会に劇的に生活が変わって便利になる。そういう跳躍がどうやって起こるか。今の日本は、あまりにも利害関係者が多くなりすぎていて、みんなでコンセンサスを取って、さあやりましょうなんてやってる頃には、もう跳躍は実現できなくなっているんです。
開業率倍増というのが結果として何になるのか分からないですよ。ラーメン屋が5倍になって達成できた、となるかもしれない。でも、この数字にほんとに意味があったのかという時に、それはその時に検証すればいいじゃないですか。新陳代謝があって、ラーメン屋で経験を持った人が次にやるビジネスっていうのは、すごく意味も意義もあることだと思うんですけどね。
世代が巡って定着するエコシステム
今のIT業界がうまくいっているのって、第一世代の孫さんとか三木谷さんとかがいて、サイバーエージェントの藤田さんとか、GMOの熊谷さんがいて、さらにDeNAの南場さんや守安さん、グリーの田中さんが出てきて若い世代の起業家や経営者が、どんどん出てきているからですよね。
我々のような生物研究の世界では、世代のことはF1、F2、F3と呼びます。ファミリーですね。ペアレント(親)から、ジェネレーション(世代)が出てきて、次の世代へ繋がっていく。何度か世代が変わって1回以上ターンオーバーするっていうのは、非常に力強い動きですよね。
IT業界は押し車が動き出していますよね。シリコンバレーでは何巡もしています。日本のIT業界でも、そのサイクルが1回は回り出した感じがあります。これはライブドアショックが1度あった程度で壊れるような、そんな脆弱なものじゃないんですよ。
ただ残念なことに、そういうエコシステムができつつあるのは、まだIT分野だけです。ミドリムシにもロボットにもまだない。次のキノコや蜘蛛の糸、あるいは無人運転の技術やサイバーダインのようなロボットでも、まだない。日本から世界に出して席巻するような技術を生み出して行く。1度でも世代のサイクルが回り出すと、これは日本に定着するんです。
農芸化学は日本が最先端、いま走らないと追い抜かれる
タイミングとして、いまエコシステムを作るのは重要です。日本がリードしている分野があるからです。
例えば農芸化学。例えば光合成とか、そういう研究開発の分野では、中国は強敵ではありません。モノづくりだと中国もパテントが多いと思いますけれど、農芸化学は日本が強い。農学の中でも、農芸化学、微生物、発酵では、日本がダントツに強いんです。
発酵でいえば、例えばカリフォルニアの人たちが発酵過程を科学的に研究しておいしいワインはオレたちが作ったという顔をしているということを言う人もいますが、それは冗談もいいところでしょう。
まず文化的に違うんです。何が違うかっていうと、いろんな食べ物に微生物がくっついて腐ったとする。そうすると欧米の人たちは「この食べ物は腐った」と言い、 捨てなきゃとなるんです。微生物というのは汚いもので、それで腐る。だから微生物をやっつける抗生物質のようなものは西洋のほうが進んでいます。一方、日本人は微生物と友だちなんですね。大豆に納豆菌がくっつく。納豆菌が高分子のタンパクの塊を非常に小さくバラバラにしてくれる。しかも人間にとって付加価値の高いアミノ酸のペプチドな状態です。微生物が一生懸命やってくれているんですよ。我々は腐っていると言わず「発酵」って呼びます。海外での発酵分野の研究者や論文の数は、きちんと数えたことはありませんが、日本よりぐっと少ないはずです。
いまならアメリカを突き放せる
ヨーロッパにはヨーグルトやチーズの文化があります。しかし乳酸発酵だけなんです。それも日本ほど、ちゃんとした化学研究ではないんです。例えば非常に重要な乳酸菌として今ブレイクしているのは、代田先生(*)のラクトバチルス・カゼイ・シロタっていうのですけど、これはヤクルトさんが培養しています。ヨーロッパではダノンという非常に大きい巨大企業があるんですけれども、シロタ株のようなプロバイオティクスの腸に優しい乳酸菌を培養することはできていません。そういう技術はないんです。だからどうしてもヤクルトが欲しいと......。
(*)ヤクルトの創業者で医学博士の代田稔氏
味の素だってグルタミン酸ナトリウムから出発して、いろんなアミノ酸を生産できる。アミノ酸というのは二十数種類ある。特定のアミノ酸を大量に発酵して、大量に生産できる技術っていうのは実は味の素しか持っていないんですね。
スポーツ選手やオリンピックの選手がアミノバイタルを飲んでるじゃないですか。アミノバイタルのプロ専用のやつはアメリカ企業は作れません。醤油もそうです。キッコーマンさんが、随分長く、アメリカでもいろんなマーケティングをされて、今では卵かけご飯醤油と、刺身醤油と、普通の醤油といろいろ出している。キッコーマンは世界の二周先を行ってるわけですよ。競技トラックで言えば一周追い越しているんじゃなくて、二周先です。
欧米企業というのは、ダノンもそうですけど、自分たちよりも一周先を行ってる日本企業があると、膨大な資金を投じて抜かそうとします。自分たちよりも二周先に行っている非常にすごい技術については、自分たちで開発するのは諦めて、会社ごと買うか、もうそのビジネスは売ってしまう。日本企業と戦ってもしょうがない、となる。
ミドリムシは、味の素とかヤクルト、キッコーマンのようにアメリカや世界に二周差をつける技術に持って行けるかどうかというギリギリのところなんです。今はミドリムシは一周しか勝っていません。だからアメリカも今必死で我々に追いつくために巨額の資金を投じている。ロボットもそうです。ここで、ミドリムシやロボットが、もう一周差をつけることができたら、彼らは諦めますからね。弊社の大量培養の成功を見て、海外でも大勢の研究者や企業が取り組んでいます。
そうやって追いかけてきているわけですから、早く諦めさせるためにも、我々がバイオ燃料でジェット機もバスももう動かしているという風にしたい。ミドリムシを育てるっていう技術と、その作ったミドリムシを応用するという面。ここの応用面は全部パテントにできるんです。ミドリムシの培養技術自体は下手にパテントにすると真似られる。真似られても真似だと証明できないのでパテントにはしません。ミドリムシでいえば、これが二周の意味です。培養と応用。この両方を押さえられたら、もうさすがにみんな諦めますよね。
でも出雲さん、もし失敗したら、どうするんですか?
好きなことをやるのがいい。こういうことを言うと、「でも出雲さん、失敗したらどうするんですか?」とおっしゃる方もいます。
成功するとか失敗するかもしれないっていうのは関係ありません。そもそも本当に起業してしまう人というのは起業時点で成功することを第一に思っていないです。そういう人もいるかもしれませんけど、まず好きなことに没頭して取り組む。それを株式会社という形で多くの人のサポートを受けながら大きなことを成し遂げたいというときに、結果として、会社を立ち上げるっていう選択肢を選ぶのですよね。
ミドリムシだってタイミングが悪くてうまくいかなかった可能性も十分あったわけですよ。
ミドリムシをやってみたけど、やっぱりだめだった。でも、その体験があれば、非常に僭越な話ですけれども、またサラリーマンになってめちゃくちゃ頑張れると思うんです。ミドリムシはできなかった。でも自分は1度はバッターボックス立ったぞと。自分は三振だったけれども、ミドリムシは必要とされるものではなかったと。言い訳はなし。
だから、大きい会社かベンチャー企業かなんて関係ないんです。社会の一員として自分ができることを限界までやらなきゃいけないんだっていう、そういう腹積りや覚悟。ミドリムシをやりたいと思って限界までやったという経験があれば、そういう覚悟が非常にクリアにできると思うんです。
矢沢永吉さんのファンって素敵な方が多いですよね。この間、永ちゃんの熱狂的なファンの方がやっているラーメン屋さんに行ってきたからこんな話をしてるんですけどね(笑)。矢沢さんのファンの方って音楽の世界で頑張った人たちもいるわけですよね。全員が全員は矢沢永吉にはなれなかったし、なれないんですけど、でも、自分は若いときに1度は永ちゃんと同じくらいに音楽に一生懸命没頭して好きなこととして最後までやり切ったんだと。その上で永ちゃんをみんなで応援しようとなっているのがファンですよね。その上で、「俺のラーメンには気合が入ってる。俺が作ってるラーメンを永ちゃんがおいしいって言ってくれれば、人生それでいいんだ」という。みんなで永ちゃんを応援し、自分も頑張る。頑張ろうっていうメッセージを好きな人からもらえるっていうのが、すごくいいっていうことを、そのラーメン屋の方はおっしゃっていて。
ですから、また一番最初の話しに戻るんですけどね、起業で失敗したらどうするのって皆さんからよく聞かれますが、入り口から失敗を考えてはいないんですよ。成功するとか失敗するとかじゃなくて、実現したい好きなことがあるかどうかなんです。好きじゃないのに、ただ儲かりそうだからと言ってやると、えらいことになりますよ。好きなことがあるっていうのが、最上の、最高の状態なんです。好きなことがある。これを潰さない社会にしていくというのが、本当にイノベーションを生み出しやすくする最大のポイントだと思うんです。
(2015年8月5日掲載「HRナビ」より転載)
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