英国のEU離脱と日本への教訓:エコノミストの眼

イギリスのEU離脱問題から日本が学ぶべきことは多い。
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1――予想外の投票結果

6月23日に行なわれた英国の国民投票で、EUからの離脱派が勝利した。株価は大幅に下落し、ポンドとユーロが急落するなど、世界の金融市場には衝撃が走った。

2014年に行われたスコットランドの独立を巡る住民投票では、大接戦という事前の予想に反して反対票が55%を集めて大差で否決された。このため、今回も世論調査の中には離脱派優勢という結果のものもあり接戦と伝えられてはいたものの、最終的には残留となるだろうと予想されていた。

離脱に賛成票を投じたものの、離脱派が勝利するとは思っていなかった国民もかなりいるようだ。

手続き的に言えば、英国の国会が離脱を決めなくては正式な離脱決定ではない。しかし国民の意思を直接問うた投票の結果を無視することは、民主主義の原則からは外れた行為だから、少なくとも当面は英国が離脱をするという方向で事態は動くはずだ。

今後英国が離脱の意思を通告した後、脱退協定を締結して離脱することになるが協定締結の期限は原則的には2年以内とされている。

協定締結には膨大な作業が必要で長期間を要するという見方もあり、2年程度は現状維持が続くことになるが、離脱後を見据えて世界経済の動揺が続くだろう。

英国はEUの一員でありながら、統一通貨のユーロを採用せずに独自通貨であるポンドを維持して金融政策の独立性を保ち、難民流入で問題になっているシェンゲン協定にも参加していない。

こうした特権を維持する一方で、EU域内の貿易には関税が課せられないなど、英国はEUに参加することで大きな経済的利益を享受してきた。

はた目からみれば、英国がEUから離脱することは経済的には明らかに損失が利益を上回る。それにもかかわらず、多くの人が離脱に賛成票を投じた。

2――離脱派勝利の背景

離脱派は年齢層が高いほど多く、若年層では残留支持が多数派だったこともあって、かつての大英帝国への郷愁が離脱派勝利の一因とされる。

また、所得が高いほど残留支持が多く、所得が低いほど離脱支持が多いという傾向もあり、所得格差の拡大や経済発展による恩恵が及ばないことへの不満が離脱派勝利の背景にあったことも確かだろう。

1970年代には「英国病」という言葉までできたほどの低迷に苦しんできた英国経済は、小さな政府や市場での競争を重視する、サッチャリズムの下で活力を取り戻したが、一方で英国と米国では1980年代以降の所得格差拡大が特に著しい。

英国と言えば「ゆりかごから墓場まで」というスローガンに代表される充実した社会保障制度を持った国というイメージが強いが、サッチャー首相以降の政権下で大幅に削減されてきた。経済成長から取り残されたと感じた人たちの反乱が、予想外の投票結果の一因だろう。

またEUが理想を追い求めて拡大を急ぎ過ぎたことも原因のひとつだろう。所得水準の大きな格差のある国々を次々と加盟させたことで、高所得国と低所得国の対立が深刻化している。

また経済力の格差が大きい国々の経済を一つの通貨に統合してしまったために調整機能が働かなくなったことは、ユーロ危機が起こってしまった根本的な原因だ。

欧州の統合という理想に燃えるだけでなく、現実を踏まえて一歩ずつ着実に物事を進めることが必要だったのではないか。

3――日本への教訓

大陸のすぐ隣にある島国である英国と日本とは、よく似た境遇にあると指摘されることが多い。実際、今回の英国のEU離脱問題から我々が学ぶべきことは多い。 

例えば、日本経済や円の将来像をどう考えるかという点だ。

英国は1973年にEUの前身であるECに加盟した。その後1992年に起きたポンド危機の結果、英国はユーロの発足時に参加することができず、長年ユーロへの参加が課題だったが未だに実現していなかった。

英国はユーロに参加できずにポンドを使い続けたことで様々な不利益を被ったが、一方で金融政策の自由度を確保し、為替レートの変動による経済変動の吸収という自由度も維持できた。

日本も、米国や中国などの巨大な経済圏と単独で伍していくには人口規模が小さすぎ、何かこれを補うことが必要だ。

円の将来や米国や中国経済とどのような関係を作っていくのかという長期的な戦略を持つべきだ。そして、今回の投票結果は、それが忍耐のいる長い道のりであることを覚悟しなくてはならないことを示している。

また分配の問題に対する目配りが重要であることも教訓のひとつだ。経済社会の改革によって経済は発展するが、必ずしも全員が恩恵に浴することができるわけではない。

税や社会保障制度を使って分配を改善しようとすることには、経済成長を阻害するという批判が強い。

しかし格差の拡大は、今回の英国国民投票におけるEU離脱派勝利という結果や米国の大統領選挙の混乱のように、国民の選択を極端なものにする危険性を増す。

短期的な経済成長には多少マイナスとなっても、経済社会の変化から取り残されてしまう人たちを作らないようにすることが、改革を成功させる重要な要素であることを投票結果は示唆しているのではないか。

今回の英国の国民投票結果については、急速な円高や株価の下落が起こったこともあり、当面の日本経済への影響という点にばかり注目が集まっている。

もちろん当面の危機をどうやって乗り切るかは重要だが、今回の事態を踏まえた上で、日本の将来やひいては世界の将来はどうあるべきかという長期的な問題にも思いをめぐらせるべきである。

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(2016年6月30日「エコノミストの眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

専務理事