英国の国民投票で、欧州連合(EU)離脱が判明していく中、英国人がグーグル検索に殺到。「EUって何?」という検索が急上昇した――。
ユーザーによるグーグル検索のボリュームの変動を示す「グーグル・トレンド」をきっかけに、そんな情報がネットを駆け巡った。
英国人は、EUが何かも知らずに離脱を決めたのか――。
各メディアは早速、EU離脱の混乱ぶりを示すエピソードとして、このネット上の動きを取り上げた。
だが実際に、多数の英国人が、EUとは何かも理解せずに投票していたのか。検索の"急上昇"とは、一体何人が検索したのか。
逆に、そんな疑問の声を上げるメディアも出ている。
文脈の捉え方によって、データは全く違う色合いを見せる。この"騒動"は、そのいいケーススタディーにもなりそうだ。
●「離脱で何が起きる」「パスポート」検索が"急上昇"
英国時間で日付の変わった深夜0時28分には、こんな検索の急上昇を伝える。
250%の急上昇「EU離脱で何が起きる」この1時間で
3時32分には、EU離脱による経済の混乱に備えた、より具体的な動きも。
500%急上昇「金を買う」の検索、過去4時間で
8時9分には、移住を見据えた検索も目につく。
100%急上昇「アイルランドのパスポートを入手する」英国の検索、#EU離脱 投票後
そして、EU離脱が決まった後の6月24日午前11時25分にこんなツイートを流す。
「EUって何?」EU離脱の国民投票の結果公表後、英国で検索された質問の第2位に
質問の1位は「EU離脱の意味は?」、3位「EU加盟国は?」、4位「EU離脱で何が起きる?」、5位「EUの加盟国数は?」。
これらの動きを受けて、ワシントン・ポストは、「英国人は半狂乱で"EUって何"とグーグル検索する、離脱投票から数時間後」と題した記事で、こう述べる。
英国人たちは、EU離脱によって何が起きるか当惑しているだけではない―多くの人々はEUが何かすらわかっていないようだ。
ウォールストリート・ジャーナルも「『EUって何?』英国の有権者の疑問、EUは波及懸念」と題した記事で、EU離脱派で英保守党の欧州議会議員、サイド・カマルさんのこんなコメントを引用している。
これは、大半の人々がEUという組織やその機能についてほとんど知識を持ち合わせていない、ということを明確に示している。
米国のメディアが苦笑気味に扱っただけではない。
●"急上昇"の実数は?
ただ、この扱いには疑問の声も上がっている。
EU離脱をめぐる検索の"急上昇"とは、実際にどれぐらいの検索数を指すのか、という点だ。
英テレグラフは、「英国人は離脱投票後、本当に『EUって何?』とグーグル検索したのか?」と題した記事で、こう指摘する。
「EUって何?」と実際に検索した人の数は、極めて限定的だったようだ。
「グーグル・トレンド」は、検索の実数を明らかにしない。ピークを100とした、相対評価による検索ボリュームの変動のみをグラフ化して表示している。
このため、平常時の検索数が少なかったとすれば、250%や500%の急上昇があったとしても、それはごく一部の動きではないか、という指摘だ。
ノースウェスタン大学の学生、レミー・スミスさんは、同じグーグルのサービスで、検索の実数を表示する「アドワーズ」を使って、英国内での「EUって何?」の検索を調べてみたという。
「グーグル・トレンド」と「アドワーズ」は、データの分析手法も違い別物、というのがグーグルの説明のようだ。ただ、「アドワーズ」のデータでは、国民投票の前月の5月の実数は8100件。1日平均261件だったという。
テレグラフの記事は、こう述べる。
つまり、これが250%増加しても、なおこの質問を検索エンジンに打ち込んだ人の数は1000人に満たないということだ。
だが、これらのデータをもとに単純計算をすると、検索した人の数はもう少し多そうだ。
「グーグル・トレンド」で調べてみると、6月24日の「EUって何?」の検索数を100とすると、5月の1日あたりの平均検索数は3。
これに「アドワーズ」で調べた5月の1日平均の検索数261件を当てはめると、6月24日の検索数は8700件ほどになる。
ただそれでも、国民投票の投票総数3360万の0.026%でしかない。
さらにテレグラフは、「グーグル・トレンド」を使って、「天気予報」という検索語と「EUって何?」の検索ボリュームも比較している。
それによると、「EUって何?」の検索が「天気予報」を上回るのは、国民投票翌日の午前1時半から4時半までの3時間だけだった、という。
また、米タンパベイ・タイムズのニュース検証プロジェクト「ポリティファクト」は、英デイリー・メールが、「EU離脱で何が起きる」の検索が250%上昇したことを受けて「グーグル検索の急上昇は、多くの人々がEU離脱に投票した理由もわかっていないことの現れだ」とした記事を検証している。
国民投票の翌日に上昇していることは間違いないが、「EU離脱(Brexit)」の検索と比較すると、100対4と、極めて限定的なボリュームであると指摘。
デイリー・メールの見出しは、ほぼ誤り、だと述べている。
検索語が1語かフレーズかで、ボリュームに差が出るのは当然だろう。
だが、これらを見る限り、少なくとも驚くほどの人数が、「EUって何?」とグーグルに殺到したわけではなさそうだ。
●グーグルの釈明
検索ボリュームの増加傾向については、「グーグル・トレンド」のツイートが間違っていたわけではない。
とは言え、検索の実数を示していないことと、ツイートの書きぶりがやや煽り気味の部分があったことで、混乱が生じた点は否めない。
データの"傾向"が"規模"と混同され、それがメディアを通じて増幅されていき、本来の文脈が脱落してしまう。
この騒動を受けて、だろう。
グーグルのデータエディターで、英ガーディアン出身のデータジャーナリズムの第一人者、サイモン・ロジャーズさんが、ミディアムに「グーグル・トレンドのデータとは何か―その意味するところは?」と題した投稿を7月1日付で公開している。
この中でロジャーズさんは、「アイルランドのパスポート入手」の検索が100%急上昇したことにも触れ、こう述べている。
検索のテーマにおけるパーセンテージの上昇を理解することは、そのテーマに対する関心がどれだけ盛り上がっているかを理解する有効な手段だ。(中略)それが興味深いのは、しばしば現実に起きていることを反映しているからだ―例えば、英国では国民投票の後に、アイルランドのパスポート申請が増加している。
そして、「数字を文脈の中に置く方法」についても、「テレグラフ」や「ポリティファクト」と同様に、他の検索語との比較を推奨する。
相対的なデータサイズを把握するためには、検索語を追加することができる。それによって、検索の関心の多寡を、全体像の中で理解することができる。
(2016年7月2日「新聞紙学的」より転載)