百歩先を行くエストニアと動かない日本

エストニアでは、15歳以上の国民全員に個人IDカードが配布され、カードの所持は国民の義務になっている。この個人IDカードは、公共サービスだけでなく、民間サービスでも、定期券、銀行カード、会員券などとして利用されている。
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情報通信政策フォーラム(ICPF)では、5月28日にセミナーを開催した。「電子行政の先にあるデジタル社会を見据えて」というタイトルで、講師はエストニア投資庁の山口功作さんにお願いした。実は、エストニアの電子行政について講演してほしいと依頼したのだが、山口氏は「電子行政の先」を話したいという意向で、このタイトルになった。

エストニアでは、15歳以上の国民全員に個人IDカードが配布され、カードの所持は国民の義務になっている。この個人IDカードは、公共サービスだけでなく、民間サービスでも、定期券、銀行カード、会員券などとして利用されている。また、カードは、処方箋発行時の自己証明にも用いられる。医療受診記録も個人IDを付けて蓄積されているため、事故・急病などの際に、医療スタッフは過去の病歴・治療歴を容易に確認できる。

電子投票も実現している。ネット経由で投票すると、投票した候補者名が個人IDとともに記録される。選挙期間には何回でも投票をやり直すことができ、その場合には、投票した候補者名が書き換えられる。投票日に投票所に出向くと紙で投票することになるが、投票所入り口で個人IDがチェックされ、電子的な記録は消去されるようになっている。開票時には、候補者名と個人IDのつながりが切断されるので、投票の秘密は守られる。2011年選挙の電子投票率は24%に達し、投票所まで出向くのが困難な高齢者がよく利用したという。

わが国では、電子投票は過去に数回施行されただけで、本格実施に至っていない。選挙運動でのネット利用についても、公職選挙法は改正されたが、一部が許容されただけである。たとえば、候補者・政党以外の有権者が電子メールを利用して投票を呼び掛けると違反で、2年以下の禁錮又は50万円以下の罰金が科せられる。東京都北区議会議員選挙に立候補した聴覚障害者は、筆談で有権者と対話することが、公職選挙法によって禁じられた

わが国で電子投票が本格化するには相当な時間がかかりそうだ。日本が動かない間に、エストニアは百歩先に行ってしまった。6月2日のICPFセミナーでは、統一地方選挙におけるネット選挙について議論する。どうしたら、政治での情報通信の利活用が進捗するか考えたい。

エストニアでは個人IDカードを移動通信事業者に持参すると、SIMカードの中にIDカードの情報を入れてくれるという。そのあとは、携帯電話・スマートフォンで、公的・民間サービスが利用できるようになる。

わが国では、個人を証明するために携帯電話番号が利用され、サービスが提供されることがある。移動通信事業者が音楽配信料金を代行徴収するのは、音楽配信業者が携帯電話番号と、その先にある移動通信事業者を信頼しているからだ。移動通信事業者にとっては、通話・データ通信・料金代行徴収情報を一手に収集できるというのが強みであり、携帯電話番号で紐付けされる加入者管理情報は貴重な経営資源となっている。しかし、エストニアのように、携帯電話番号ではなく個人IDで多くの公的・民間サービスが利用できるようになれば、加入者管理情報の価値も低下していく。

山口氏は、「日本では、まもなく共通番号制度が施行され、共通番号カードが国民に配布される。このカードでいかに多くの公的・民間サービスが利用できるようになるかが、共通番号制度の成功を決める鍵だ。」と語った。日本経済新聞は、政府は共通番号の利用範囲を広げようとしている、と報道している。これを進めることで、日本でも電子行政の先にあるデジタル社会が実現するだろう。