浅谷治希(あさたにはるき)
1985年生まれ 神奈川県出身。慶應義塾大学経済学部卒。株式会社ベネッセコーポレーションを経てネットベンチャーへ転職。2012年11月 米マイクロソフトなどが協賛する起業コンテストStartup Weekend東京大会にて教師向けコミュニティーサイト「SENSEI NOTE (センセイノート)」を立ち上げ、優勝。その後、世界大会へ進み112チーム中8位入賞。2013年2月 CEO 兼 Co-Founderとして株式会社LOUPE設立。
http://senseinote.com/
http://senseiportal.com/
「人の可能性を拡大する」をミッションに学校の先生向けSNS「SENSEI NOTE」を展開する浅谷さん。教師が持っている知恵やアイディア、ノウハウを学校を超えてネット上で共有する先生を「支え抜く」取り組みに辿りつくまで、そして今後の活動への想いなど伺いました。
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OYAZINE(以下Oと略):年内には会員数1万人を超える勢いとのことですが、このサイトの仕組みやサービスについて教えて頂けますでしょうか。
浅谷さん(以下浅谷と略):簡単にいうとクローズドなフェイスブックのような感じです。会員は小中高の先生に特化しており、先生同士が「つながる」ということをコンセプトに運営しています。サイト上では、先生たちが普段つくっている指導案だったり、子どもたちに配るプリントや成績をつけるシート、掲示物などを全国の先生が学校の垣根を超えて共有しています。続いてQ&A。質問を投稿すると全国の先生が答えてくれるというのが主な機能になっています。現在回答率は98.3%で、平均回答数は7件ほどです。
O:"先生"や"教育"というフィールドに着目したのには何か理由があるのでしょうか。
浅谷:そもそも僕と教育との接点である"学ぶ"っていうことで言うと、僕の姉がものすごい頭がよくて、僕が平凡だったことからかもしれません。姉は1言うと10出来る。僕は5言って3出来るかな、みたいな感じだったんです。だから勉強も好きではなかったんですけど、小学校5年生くらいから塾に行って中学受験の準備をしていました。でも当時通っていた塾で毎週土曜日に模試があるんです。で、金曜日の夜になると僕熱出すんですよ。嫌だから。で、両親も「こりゃダメだ」ってなって、姉は中学受験で進学したんですけど、僕は受験リタイアしたんです。
O:中学時代についても教えて下さい。
中学は公立に通って、高校受験して、私立高校に行ったんですけど本当はもっと上の学校を目指したかったんです。けど全然レベルが届かなくて、まあ何かそんな学校への進学は "夢"みたいな感じでした。そんな高校入学前に、中学の同級生に「お前なんかそんなとこいける訳ないだろ」みたいなこと言われて。でも僕は彼に対してすごくむかついたとかじゃなくて「いや、確かにそうだな」って飲み込んでしまう自分がすごく嫌で、人生一度は本気で頑張らないと、一生このぼんやりした人生が続くんじゃないかと思って、大学受験では絶対に後悔しないようにおもいきり頑張ってみようと決意しました。高校入学する前から大学受験に向けた勉強をはじめてました。
O:え!中学3年生から、大学受験の勉強をはじめたんですか?
高1、高2の間に志望校の文学部から医学部まで全部の赤本買って、古くて市販では売っていないものはネットのオークションとかで買って。全部で100年分くらいの過去問を最低各3セットずつくらいまわして完璧に解けるようにしてクリアというような、たぶん人生で1番ストイックな時期を送りました。最初は悔しいからってやってましたけど、やってるうちに勉強していろんな知識身につけて何かグワッって成長していく感じがどんどん楽しくなっていって。成績もどんどんあがるし、学ぶってこと自体がすごく面白くなったんです。たぶん自分と同じようにこういう学ぶ楽しさを知る人が増えたらもっともっと面白くなるんだろうなって思いました。この時期の経験は大きな何かを自分の中に残していると思います。
O:ある意味ではご自身で、カリキュラムを組んだ高校時代だったんですね。
あと、もうひとつ"学ぶ"ということで言えば高校時代の親友の影響もあります。彼は毎日1冊本を読んでいる本の虫で、でも僕は本っていうと将来の為とか、自己研鑽とかまじめっぽくてやだなって思ってたんですけど、ある日彼が「子育ての仕方」って本読んでて。で、何でそんな本読んでるのって聞いたら自分の親の子育てと一般的な、教科書的な子育てを比較検証してて、どこが違うのかとか、親の何がダメなのかとかを検証してるって話をしてて(笑)。「知りたいことを将来役立つか考えずに知る」というか、何かあんま将来のためじゃなく自分が楽しいと思うことをそのまま追及していいんだって解放された感じがして、それからよく本を読むようになったんです。この学びも自己の形成のなかで深く影響しています。
O:そんな想いが現実の形として具現化されていったいきさつを教えて頂けますでしょうか。
浅谷:実は大学卒業時は、司法試験を目指していたので、卒業してから2回目の就職活動を始めました。新卒じゃないのに、新卒採用枠で応募させてくれる限られた企業の中にあったのが、最初の就職先のベネッセ・コーポレーションでした。とても素晴らしい会社だと思っているんですが、ただ僕が大企業という枠組みに適合できなかったんですね。それで、先輩に相談して、退職しました。そのすぐあと僕の中学時代の同級生で理科の先生をやってる友達に10年ぶりくらいに再会したんです。彼が「教師っていう仕事は、本当にいい仕事なんだよ」「すごくやりがいあって、こんないい仕事はないよ。」という話をしてくれて。大人になっていくと仕事のことをそれだけやりがいがあるって言いきれる人ってあんまりいない。しかもましてや公務員で頑張っても別に給料に直結しないのに、でも子どものことを熱く語る先生になってる彼の姿を目の当たりにして、なんかこういう人応援したいなと思ったのが「SENSEI NOTE」の着想のひとつになりました。彼に出会う1年前、2011年の9月に会社の休みを利用して10日間くらいインドを一人で旅行したんですがその時に長崎で定時制の先生をしている人にゲストハウスで出会ったんです。インドで出会った彼も、すごい子どもたちのこと考えていて、旅行時は彼のことを純粋にカッコイイと思ったんです。先生というよりも、人として。そんな経験があったので、教師になった友人と会ったときに「教師を応援したい」というスイッチがパチッと入ったのかなとは思います。
O:会社を退職される際にはまだSENSEI NOTEの構想がなかったというのは意外ですね。浅谷さんはもともとIT系のスキルがあるわけでもないですし、それだけだと、SENSEI NOTEっていうサービスにはまだ結びつかないですよね?
そうですね。教師をしているその友人と会って3カ月後、Startup Weekendっていう3日でWEBサービスをつくるってイベントがあって参加しました。そこで「先生を応援したいです」って、それしかなかったんですけど、とにかくやりたいことを言って。そのイベント中に事業モデルをつくって、しかもそのイベントで今のCTOの末永に出会ったんです。そのイベントで優勝して、起業することにしました。それが2012年の11月です。いくら応援したいと思ってはいても実際実現できるかどうかはすごく大事なので、やっぱり最後のカードとして「つくってくれる人」が目の前に現れたっていう、今の技術責任者の末永との出会いは、すごく大きいです。
結局巡り合わせがすっごい多くて、何かそういう人の縁にはすごい恵まれてるなーって思います。ほんとに計画とかゼロだったのに今こんな感じで毎日が流れていってるのがすげー不思議だなーっていつも思いながら、一方でまだこれから先ますますおもしろくなっていくだろうなとワクワクしています。
O:出会いがどんどん自分の考えてもみなかった方向にドライブをかけてくれるからこそ、あまり先の話というのは難しいかなという気もするのですが、今後進めたいと思ってることや伝えたい想いなどはありますか。
浅谷:SENSEI NOTEを利用してくださる先生の数をもっと増やしていくということは命題としてあります。というのもプラットフォームってユーザー数が多いと出来ることが圧倒的に増えるんですね。例えば0.01%の人たちしか共感しないような超ニッチなことでもサイトの中に10万人とかいると、やっぱり仲間が見つかるんです。それがすごくいいなって思っています。
あと今僕たちが着目しているのは先生の孤立化っていうところです。この状態を解消したい。職員室で隣に先生はいるけど忙しくてなかなか話しかけられず、自分で考えて解決しようとして抱え込んでパンクしたり、やる気がなくなったり、仕事がめちゃくちゃ忙しい状態があって、同じ職員室の先生同士でも繋がっていないし、学校間ではましてやつながっていないし、社会との接点もない。そこを解決していけるのが僕たちなんじゃないかと思っています。
先生同士をつなげるということを今はどんどん進めていますが、これからは例えば何か問題を抱えてどう対処していいのか分からないという時に、今までは全部学校内で解決しようとして来たのを、NPOとか企業でもいいんですけど、外部の人にアウトソースしていきたい。同じ課題に対してフラグをたてたユーザー同士をどんどんつなげて、学校の先生を起点にアウトソースしていくって流れがたぶんこれから進んでいくと思っています。子どもたちの可能性って知ってるか知らないか。で、将来の仕事も知ってる仕事を起点に考えるし、そこしかないので認知経路の設計がすごく大事。先生を起点に子どもたちの認知経路つくるっていうところが子どもたちの可能性を広げるところだと思っているので先生にどんどん情報渡してそれが子どもたちに渡る。そういった流れを今後つくっていけたらいいなと思っています。
お子さんがいる方は、今いる学校の先生をどうやってエンパワーメント(自信を与えること、力を付けてやること)するのか考えて欲しいです。先生を批判してもいいことって1個もないんですよ。やる気なくしたら子どもにとっても良くないし、どれだけ彼らをエンパワーメントして、もっとやる気を出してもらうとか、いい授業をしてもらうかを考えて欲しい。またもし恩師がいるとか昔お世話になった先生がいるって人は是非その母校に行ったり、その先生を探してお礼の手紙なり「ありがとう」って言葉を伝えてあげて欲しいなって思います。自分の生徒から「先生のおかげで」とかいうのがあればそれが大きな支えになるんですよ。
だからまあそういう声とかがもっと先生たちに伝わる社会になるといいなとは思ってますね。
僕たちがやるサービスとかってよりは、とにかくこの下地を今つくってて、"もう先生応援しよう"みたいな。応援することがいいよねっていう。たたいてもしょうがないし、応援しようよっていうポジティブな空気をどんどんつくっていきたいと思っています。
(この記事は、2014年9月にインタビューした内容をもとに構成されています。)
編集/ライター 堀内 麻希