緩和ケアの新しいかたち:エンベデッド(埋め込み型)緩和ケアモデル ~緩和ケアという言葉を使わずに緩和ケアを提供する

「先生、もうやりたいこともやったし、抗がん剤治療を受けてみようかと思うんだけど」こういう申し出があった時に、緩和ケア医はどのように対応するだろうか。

「先生、もうやりたいこともやったし、抗がん剤治療を受けてみようかと思うんだけど」

これは、当院の緩和ケア外来に通院していたがん患者さんの言葉である。高齢でもあり、また本人も積極的に抗がん剤治療を希望しなかったことから、緩和ケア外来を紹介され、通院を継続し、しばらく経ってからの突然の申し出であった。

こういう申し出があった時に、緩和ケア医はどのように対応するだろうか。

「もう緩和ケアに専念すると決めたのだから、今さら...」

「抗がん剤治療をする方が、寿命を縮めますよ...」

などと、説得するだろうか。もしくは、

「じゃあ、腫瘍内科医の先生を紹介するから、そちらへ行ってください。当科は終診にします」

となるだろうか。

しかし、川崎市立井田病院(以下、当院)の場合はこの申し出に対して、

「じゃあ、血液検査をしてみて、腫瘍内科の先生と相談して問題なければやってみましょうか。来週、化学療法室のベッドを手配しますので、まずは9時に私の外来に来てください」

となるのである。これが、当院で実施している腫瘍内科と緩和ケアの統合された診療―エンベデッド(埋め込み型)緩和ケアモデルの姿である1)。

●腫瘍内科と緩和ケアの統合

現在、「腫瘍内科と緩和ケアの統合」は世界的に大きな議論が行われている分野である。その発端は、2010年に発表された、Temelらによる「早期からの緩和ケア」の無作為化比較試験である2)。

この試験は、転移のある非小細胞性肺癌と新規に診断された患者さん151名を、標準治療群(患者本人や家族、腫瘍内科医の要望があった時に緩和ケアチームが関わる)と早期緩和ケア群(診断後2か月以内という早期から専門的緩和ケアチームが関わり、その後も定期的にケアを受ける)にランダムに振り分け、その後のQOL(Quality of Life:生活・生命の質)や不安・抑うつ、生存期間を調査する、という試験であった。そして結果として、QOLや抑うつの改善だけではなく、副次評価項目ではあるが生存期間も延長を示したということで、「早期からの緩和ケア」は世界から大きな注目を集めた。

その後も多くの追試が行なわれ、結果は様々であったものの、特にQOLなどについては、早期からの緩和ケアが腫瘍内科の単独診療への上乗せ効果があることはほぼ確からしいという点についてはコンセンサスが得られ、現在は「いつから」「どのような対象に」「どのような形態で」緩和ケアが提供されるべきか、というところへ世界の議論の本筋は移行している1)。「早期からの緩和ケアを行うべきかどうか」、なんてところで議論している日本は、世界から大きく取り残されているのである。

そして、この早期からの緩和ケアを行っていくためには「腫瘍内科と緩和ケアの診療が統合されていること」が重要であるとされており、ではどのように統合されるのが理想的か、という点も現在世界的に議論されているテーマである1)。

●エンベデッド(埋め込み型)緩和ケアモデルとは

統合の形態にはいろいろあるけれども、当院で実践されている統合モデルが、この「エンベデッド(埋め込み型)緩和ケアモデル」である。これは、腫瘍内科と緩和ケア科が別々の科として独立しているのではなく、専門的緩和ケアが腫瘍内科の中に完全に組み込まれているモデルである。科の中には「抗がん剤治療の知識をもつ緩和ケア医」と「緩和ケアをサブスペシャリティとする腫瘍内科医(Palliative Oncologistと呼ばれることもある)」の両方が含まれる。

このモデルのメリットは、それぞれの科が独立して診療しているのと比べて、腫瘍内科医と緩和ケア医がコミュニケーションする機会が多く、患者について議論し、サポートの内容をお互いに調整する機会が増え、腫瘍内科で診療中の患者を緩和ケア医に紹介しやすいという点である。さらに当院のモデルの場合は、普段はどちらかをメインとして診療はしているけれども、メンバーの多くが抗がん剤治療も緩和ケアも学んでいるため、そこは「混じりあっている」のである。

その結果として、冒頭の症例のように元々緩和ケア科として診療を受けていた患者も、抗がん剤の適応があるのであれば即座に腫瘍内科医に相談され、しかも主治医は変更されずに、その緩和ケア医(としてそれまで接していた医師)が腫瘍内科医の協力のもと抗がん剤治療を提供することも可能になる。また逆に、抗がん剤治療を行っている患者に対して、主治医と患者のみのマンツーマンの関係では、馴れ合いの結果として、抗がん剤が患者が亡くなるギリギリまで続けられる、ということもおきがちであるが、このモデルでは複数の医師の目が入りやすいことで、そういったことも防がれ、結果として適切な時期に緩和ケアへの専念が提案されることになる。

●届かない緩和ケア

2015年に行われた、がん患者の遺族200名を対象とした調査では、緩和ケア外来・緩和ケア病棟の利用率は10%台に過ぎず、その結果として身体・心理・社会的疼痛の除痛率も6割弱では達成されていないことが報告されている。そして、緩和ケア病棟を利用しなかった理由として「利用することに抵抗があった」「本人・家族が希望しなかった」という回答が3割以上認められていた3)。

実際の臨床の現場でも、患者や家族から「まだ緩和ケアに行くのは早いと思う」「緩和ケアに行くと希望が失われる」という声が聞かれることもあれば、がん治療医の半数以上が緩和ケアに「終末期」のイメージを持っており、そういったイメージが患者を紹介する障壁になっているという報告もある4)。

しかし、このエンベデッド緩和ケアモデルでは、「緩和ケアという言葉を使わずに専門的緩和ケアを提供する」ことで、こういった心理的障壁を無くすことも可能になる。

つまり「抗がん剤治療はもうできないけれども、緩和ケアの専門外来には行きたくない」というニーズは一定数必ずあり、その境界が患者の心理的負担やトラブルの原因になるのであれば、その境界自体を無くしてしまえばよいのである。エンベデッド緩和ケアモデルでは診療期間を通して、科や担当医(担当チーム)が変わることはなく連続した診療が提供される。

その診療の中で、抗がん剤をすることが患者の希望に適うのであれば抗がん剤が、緩和ケアを提供することが適当であれば緩和ケアが、チーム内での専門性を生かす形で提供される。つまり、患者や家族は、自分たちが緩和ケアを受けている、という感覚なしに、結果的に適切な専門的緩和ケアを受けられている、という状態となる。それは患者にとっても医療者にとっても理想的な状況と言えないだろうか。

エンベデッド緩和ケアモデルはまだ研究中の腫瘍内科・緩和ケア統合モデルであり、その有用性についてのエビデンスはまだ不十分である。しかし、これまで見てきたように、将来を期待できるモデルのひとつであることは間違いない。今後、腫瘍内科と緩和ケアの診療の統合が進み、早期からの緩和ケアが患者・家族へきちんと届くような社会を作っていくことは喫緊の課題といえる。そしてそのモデルを構築していく過程で「緩和ケアという言葉を使わずに専門的緩和ケアが提供される」方法を考えていくという視点をもつことも、重要である。

(参考文献)

1)Hui D, et al. Models of integration of oncology and palliative care. Ann Palliat Med. 2015; 4: 89-98.

2)Temel JS, et al. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med 363:733-742, 2010.

3)桜井なおみ. がん患者白書2016 がん遺族200人の声「人生の最終段階における緩和ケア」調査報告書. 2016.

4)Fadul N, et al. Supportive versus palliative care: what's in a name?: a survey of medical oncologists and midlevel providers at a comprehensive cancer center. Cancer. 2009; 115:2013-21.

(2016年11月29日「MRIC by 医療ガバナンス」より転載)