衆院選「自民党圧勝」のあと安倍首相が目指すもの

2月14日に投開票される衆院選は自民党および安倍晋三首相の作戦勝ちと言えそうな状況で推移している。大手新聞社、通信社、テレビ各局は世論調査の結果として、そろって自民党圧勝と報じている。
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 12月14日に投開票される衆院選は自民党および安倍晋三首相の作戦勝ちと言えそうな状況で推移している。大手新聞社、通信社、テレビ各局は世論調査の結果として、そろって自民党圧勝と報じている。

アベノミクスへの評価は低いが......

 衆院が解散された11月21日、安倍首相は首相官邸で開いた記者会見で、今回の解散総選挙について、「アベノミクス解散だ。前に進めるのか、それとも止めてしまうのか、それを問う選挙だ。私たちの経済政策が間違っているのか正しいのか、本当に他に選択肢はあるのか。国民に伺いたい」と語気を強めた。今回の衆院選の最大の争点は安倍内閣の経済政策「アベノミクス」であると宣言したのである。これに呼応するように、一部のマスコミも「アベノミクス解散」という言葉を使用している。

 ところが、皮肉なことに実際にはアベノミクスは国民からほとんど評価されていない。世論調査の結果がそのことを如実に示している。

 世論調査で、安倍内閣の政策項目ごとの評価を尋ねると、安倍首相の得意分野と言われる外交や安全保障分野などの政策は比較的評価が高いものの、経済政策や地方活性化などのアベノミクス関連項目の評価は低い。

 朝日新聞が11月に実施した調査では、アベノミクスは「失敗」と答えた人の割合は39%で、「成功」(30%)と答えた人を上回った。また、産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が12月に入って実施した合同調査でも、「成功していると思う」という回答は約28%にとどまり、「成功していると思わない」という回答が約57%に達している。安倍首相が期待しているほどには、国民はアベノミクスを好意的に受け止めていないのである。

 だが、国民の心理をとらえるのはきわめて難しい。安倍首相が掲げる最重要政策のアベノミクスが評価されていないにもかかわらず、衆院選で勢いがあるのは自民党のほうだ。最重要政策が評価されていない内閣の与党が選挙で勝利する。この矛盾は一体何なのか。

「他に選択肢はあるのか?」

 アベノミクスの成果に関して、与野党、とりわけ自民党と民主党の言い分は真っ向から対立している。

 安倍首相や自民党は、民主党政権末期の2012年後半と比較して株価が2倍以上に上昇している点を挙げて、アベノミクスの成果を強調する。

 これに対して、民主党の海江田万里代表は11月18日に民主党本部で開かれた常任幹事会で次のように発言した。

「GDP(国内総生産)の実額で言うと、民主党政権時代の3年3カ月でおよそ5.4%から5.5%伸びている。これに対して、自民党政権の2年間での伸びは1.4%。はるかに民主党時代の方が安定的に成長した。これは事実だ」

 また、民主党の枝野幸男幹事長も海江田氏と同様の認識を示した上で、「民主党政権では経済を成長できなかったなどと、安倍内閣に言われる筋合いはない」と、自民党側の主張を切り捨てた。

 経済的に言ってどちらの主張が当を得ているのかという判断は、見解の分かれるところだろう。ただ、双方にそれなりの言い分がある中で、なぜ自民党が圧勝の勢いなのか。その理由は安倍首相の言う次の言葉に集約されている。

「他に選択肢はあるのか。野党に代案があるのか」

 率直に言って、野党の公約を見渡してみても、アベノミクスに代わって日本経済を復活させてくれそうな画期的な案は見当たらない。また、アベノミクスが評価されていないというのは事実だが、それ以上に民主党政権当時の経済政策はまったく評価されていなかった。

 たとえば、民主党政権初代の鳩山由紀夫内閣末期。2010年4月の各種世論調査では鳩山内閣の経済政策を評価する人は2割に満たず、評価しない人が7割程度もいた。第2代の菅直人内閣の終盤、2011年6月には一部の世論調査で、経済政策を評価しないという回答が8割を超えた。第3代野田佳彦内閣の2012年10月も約8割が経済政策を支持しなかった。

 アベノミクスも「失敗」とみている人は約4割~約6割だから、支持されているとは言い難い。だが、民主党政権時代の経済政策よりは評価が高い。アベノミクスのほうがまだましだと考えている国民が多いのである。

多弱野党

 こうした傾向に拍車をかけているのが、現在の野党の混迷ぶりである。2年前に民主党が下野したころから、野党再編の必要性が叫ばれていた。「一強多弱」状況とも言われる自民党だけが強い政治状況の下、多弱の野党が自民党に対抗するためには国会での共闘、選挙協力にとどまらず、合併や新党結成が必要だと言われていた。

 だが、2年かけて成し遂げられたのは、日本維新の会の分裂、みんなの党の分裂・消滅、さらに生活の党の縮小だった。そして、かろうじて、みんなの党から分派した結いの党と日本維新の会の合流。また、選挙前になって解党したみんなの党所属議員のほか、生活の党所属議員が他党に移る動きがあったが、しょせん多弱野党内での取るに足らない異動にすぎなかった。

 自民党の二階俊博総務会長は野党の現状について、記者団に向かって呆れたようにつぶやいている。

「大体、今さらこっちとこっちがくっつくとかやってたら戦えないだろ。野党の党首だって、出るとか出ないとか。出ないんだってな。何がしたかったんだ?」

 二階氏が指摘している「党首」とは、結局、衆院選への出馬を取りやめた維新の党の橋下徹共同代表(大阪市長)のことを指しているのだろう。大阪都構想の具現化など、橋下氏には橋下氏なりの出馬できない事情があったのだろうが、外野から見れば、橋下氏が右往左往した挙句に出馬を取りやめたことによって士気が上がらず伸び悩んでいる、というのが維新の党の状況である。

 逆に言えば、野党がこういう状況であることを承知していたからこそ、安倍首相はこの時期に衆院を解散し、選挙戦を仕掛けたのである。

「選挙の大義」とは何か

 この衆院選について、一部のマスコミや野党は「大義がない」と批判した。これに対して、安倍首相らは消費税増税の先送りを決断せざるを得なかったことを指摘し、重要な政策変更について国民の信を問うのだと反論した。また、集団的自衛権を含む安全保障政策などの是非を問うことが今回の衆院選の大義だと指摘するマスコミもある。だが、いずれも後から取ってつけた理屈である。

 安倍首相が衆院解散を発表した翌日の11月19日、首相官邸で開かれた菅義偉官房長官の記者会見で以下のようなやりとりがあった(やりとりは長文なので、発言の趣旨を要約する).

 記者「首相は『重大な政策変更で国民の信を問う』と述べたが、夏の集団的自衛権の閣議決定の際はなぜ信を問わなかったのか」

 菅氏「自民党は選挙で憲法改正を公約にしているのでその必要はなかった」

 記者「公約にはなかった特定秘密保護法。これも重大な政策変更だった。なぜ信を問わなかったのか」

 菅氏「いちいち1つ1つの政策について信を問うわけではない」

 記者「それならどこまで信を問うのか」

 菅氏「アベノミクスは首相の1丁目1番地の目標である日本経済再生、デフレ脱却に直結する。だから国民に信を問うわけだ」

 記者「違和感を覚える。閣議決定による集団的自衛権の憲法解釈の変更についても、やはり民意を問うべきだ」

 菅氏「(民意を問うべきだとは)まったく考えていない」

 複数の記者が菅氏に質問を連発している。その趣旨は明確である。記者たちは、消費税増税先送りで国民に信を問うという、今回の衆院選の大義に関する安倍首相の説明に疑問を感じているのだ。このため、ではなぜ集団的自衛権や特定秘密保護法では国民の意思を問わなかったのか、つまり衆院を解散しなくてよかったのかと問うている。

 この記者会見での菅氏と記者とのやりとりがすれ違い、結論が出ていないことからも分かるように、どんな政策変更について国民の信を問わねばならず、どんな政策変更ならば国民の信を問わなくてもいいのかという基準はない。

 どんな政策でも国民の信を問わなければならないというのなら、衆院を毎月解散しなければならなくなるし、逆にどんな政策でも問う必要がないというのなら、衆院議員の地位は4年間の任期いっぱい安泰ということになる。大胆な言い方をすれば、何について国民に問うのかは、解散権を持っている首相の勝手だ。つまり、過去の多くの衆院選に大義はなかったし、今回もない。それでも大義があるというのは、あとからのこじつけにすぎない。

憲法改正への影響

 安倍首相はもともと消費税増税に慎重だった。そもそも2006年に発足した第1次安倍政権のころから安倍首相にはそういう傾向があった。このため、2年前の再登板のころから「消費税率を引き上げなくてもいい理由を探していた」(自民党幹部)と言われる。だが、法律的には民主党の野田内閣の時代に改正消費税法が成立しており、今年4月からの税率8%への引き上げを避けることはできなかった。

 だが、この増税などをきっかけに日本経済の雲行きは怪しくなってきた。このため、安倍首相は次の10%への引き上げを延期しなければならないと考えたのだろう。そこにちょうどよいことに7-9月期の国内総生産(GDP)のマイナスという材料、つまり増税延期の口実が手に入ったというわけだ。

 しかも、政局的には、世論調査を見ても今後の政治情勢を読んでみても、今の時期に衆院選を実施するのが自民党にとって1番の得策という判断があった。

 消費税増税を延期することができて、それを理由に衆院を解散して選挙で勝てる可能性が大きい。それだけではない。安倍首相の究極の目標である憲法改正にもこの衆院選は影響する。

 憲法改正への道のりは険しく、衆院議員の任期である2年後までに成し遂げることは難しい。だが、今回の衆院選で任期がリセットされれば、4年後の2018年まで猶予期間ができる。その間、2015年秋に自民党総裁選があるが、今の勢いなら安倍首相が再選される可能性が高い。その翌年の夏に参院選がある。

 憲法改正で重要なのは参院である。これだけ勢いがあるにもかかわらず、実は参院で自民党の現有議席は114。過半数の議席(122議席)を確保していないのだ。公明党との連立によってかろうじて134議席で参院での主導権を握っているにすぎない。だが、次の参院選ではその状況を改善できる可能性がある。野党内の改憲賛成勢力を足せば、憲法改正の発議に必要な3分の2の勢力を確保できるかもしれない。

 もちろん、憲法改正はそれほど容易ではない。改憲派の議席数だけそろえれば事足りるわけではない。改憲内容についての改憲派内の意見対立をはじめ、作業は難航必至だ。それでも、その参院選から衆院の任期満了まで2年あまりある。安倍首相にとっては、急げばしくじることが確実な改憲という難事業に対して、腰を据えてじっくりと取り組むことができる。

 消費税増税先送り、衆院選勝利、政権維持の長期化、憲法改正......。今の時期の衆院選は安倍首相には一石二鳥どころか一石三鳥、一石四鳥の意味があった。

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(2014年12月11日フォーサイトより転載)