「中学教師の約6割が過労死ラインを超えて働いている(※)」「ボランティア扱いの部活動顧問や時間を取られる書類仕事に追われ、長時間労働が常態化している」 そんなブラックなイメージが蔓延する教師の働き方に真っ向から立ち向かう学校が、中高一貫校の聖光学院中学校高等学校です。
東京大学をはじめ難関高校への進学実績を飛躍的に伸ばしつつ、全館Wi-Fi整備、情報共有の効率化、定時の16時20分に退勤できるタイムスケジューリングなどを実践し、教師の働く環境向上にも取り組まれています。
今回はその立役者である工藤誠一校長にインタビューを実施。サイボウズ式編集部の椋田亜砂美が、同校がなぜ「働き方改革」を実施できるのかを聞きました。
※小中学校の教員を対象とした平成28年度の勤務実態調査結果(文科省・速報値)
時代に逆行する画一的な教育は、子どもたちを丸腰で戦場に送り出すようなもの
工藤:教師という職業は、昔はもっと自由だったんですよ。給料はそれほど高くなくても、残業は月10時間もなかったし、春夏冬には長期休暇もあった。
私立だけでなく、都立高校でも教師の副業はOKでした。予備校と掛け持ちしながら働く優秀な先生たちがたくさんいましたよ。
椋田:いつごろから変化したのでしょうか。
工藤:少しずつですね。公立校の教員が夏休みの平日に自宅で洗車していたら、「公務員が平日に休んでけしからん」とクレームが入るようになってしまったように「監視の目」が年々厳しくなっているようです。
椋田:多くの学校が、長時間労働となる「ブラックな職場」から脱却できない原因は何だと思いますか?
工藤:一番の要因は、「変化への恐怖」ではないでしょうか。昭和の製造業モデルの成功体験があまりにも大きかったですから。これまでは、画一的で同じ品質を保つ商品を製造できる人材が理想とされました。
教科書に書いてあることが正解で、それ以外は正しくない。機械的に命令を聞く軍隊のような教育が、いまだにまかり通っています。
椋田:かつての成功体験にとらわれ変化できないのは、民間企業でもまったく同じですね。
工藤:教師の働き方改革で必ず話題に上がる部活動のシステムも、かつての日本社会のシステムと非常にマッチしていたんですよ。
部活は「入部したら辞めない」「理不尽なことにも耐える」「がむしゃらに頑張る」ことを良しとしているでしょう。
工藤:しかも、ほとんどの顧問の教師はそのスポーツの専門家ではないため、おのずと練習は根性論に偏ってしまいがちです。
すし屋や蕎麦屋でも、就職して数年修行したらのれん分けという時代には、理不尽に耐え、簡単に辞めず、がむしゃらに働く人材を育てる教育がよかったわけです。しかし、いまはもうそんな時代ではありません。
一生懸命取り組むことは、決して悪いことではないけれども、子どもたちの思考能力を奪うような教育は、完全に時代に逆行しています。
椋田:時代が必要とする教育とは真逆の教育がいつまでも行われている、と。
工藤:その通りです。ここ数年、私が生徒から聞いた言葉で最も印象に残っているのが「これからの時代は、抽象的思考能力がなければ稼げない」です。言われたことをひたすらこなすような働き方では、もはや稼げないと、生徒たちはちゃんと気がついている。
椋田:それは頼もしいですね。
工藤:日本はかつて莫大な金額を投資して、地方の隅々まで電柱や電線を巡らせ電気を通してきました。それが現在ではアマゾンの奥地のような場所でも、太陽電池とアンテナに格安の携帯電話やパソコンがあれば、どんな最新情報にもアクセスができる。
国力の差が一気に縮まりうる時代に、画一的な人材を育てていては、あっという間に日本の国力が衰退してしまいます。
早ければ定時の16時20分に退勤、連絡事項はすべてメールで
椋田:子どもたちを育てる教師の質が、日本の未来を左右するといっても過言ではありません。
そんな中、昨今のニュースの影響もあり、世間は教師の働き方にブラックなイメージを抱いているようです。
工藤:ええ。このままでは、優秀な人が教師の仕事を敬遠してしまうのではないか、と懸念しています。日本全体の教育の質が保たれなくなるかもしれません。
椋田:聖光学院では教師が働きやすい環境づくりに注力していると伺いました。部活動がない日は、定時の16時20分で帰る先生も多いとか。
工藤:他校と大きく違うのは、退勤時間を厳格化していることですね。部活動を含め、生徒の下校時間を17時40分までとして、19時には校舎のすべての門を閉めています。
18時の段階で、すでに職員室の人影はまばらです。誰でも施錠・開錠できるようになると、遅くまで残るメンバーが必ず出てきてしまうので、鍵を持つのは一部の管理者だけに限定しています。
椋田:徹底しているのですね。以前、聖光学院で働いている方に聞いたのですが、Chromebookを全教師・全生徒に提供し、すべてそれで情報共有をしているというのは本当ですか
工藤:はい。学校は何かと紙の書類が多いですからね。2年前にパソコンに加えて、Chromebookを全教員に配布し、当時中2以上の生徒にも購入をお願いしました。
その際、教師・生徒だけでなく全保護者にもメールアドレスを付与させてもらったので、配布物はすべて原則メール配信になりました。
椋田:民間では、もはやメールを導入していない企業を探すほうが難しいですが、学校での生徒保護者を含めた導入事例は、あまり聞いたことがありません。
工藤:非常に少ないと思います。当校にも多くの学校関係者が見学に来て「メール導入はすばらしいですね!」と言ってくださる。ですが、その後「当校でも導入しました」という話は残念ながらほとんど聞かないです。
椋田:紙だけのやり取りだと、ものすごく時間と手間がかかりますよね。
工藤:ええ。以前はお知らせがある場合には、1350枚のプリントを刷り、クラスごとに仕分けし、担任が各クラスに配布していましたからね。
専任の事務員は昔からいますが、アンケート収集や保護者面談の調整を紙ベースで行うと、どうしても教師の作業量が増えます。アンケートをメールで回収したり、アンケートがそのまま集計ができるようになったり、事務作業にかかる手間は激減できました。
椋田:新しいことを取り入れるとなると、反対意見もあるかと思いますが、保護者の反応はいかがですか?
工藤:「前日のうちに欠席や遅刻の連絡をメールできるのは助かる」と好評です。
以前は、学校の電話受付がはじまる朝7時45分から始業時間の8時20分の間に電話で連絡をしなければいけなかったので、通勤ラッシュの電車をわざわざ降りて学校に連絡を入れるケースもあったそうです。
椋田:メールを導入していないほとんどの学校での保護者たちは、今でもその負担を強いられているのですね......。
工藤:生徒が保護者にプリントをきちんと渡さなかったせいで、後から保護者の方がバタバタしてしまう、といった事態も防げるようになりました。
椋田:メールの導入は、保護者からするとメリットしかない気もします。一方で、先生方の反応はいかがでしたか?
工藤:表立った反対はなかったものの、「進学実績も伸び、今のやり方で十分結果は出ているのだから、わざわざやり方を変えなくても」と感じていたメンバーはいたようです。
ただ、実は導入当初は「保護者との全連絡をメールでできるようにする」という構想をオープンにはしなかったんですよ。生徒向けには「英会話のオンラインレッスンをできるように」という名目で購入してもらいました。
教師たちには「いい機会だから、ついでに全員にパソコンを買ってあげるよ」くらいにしか案内しなかったんです。
椋田:それは、なぜですか?
工藤:最初から、紙の配布物は廃止し、保護者との連絡をメールにしよう、という構想はありました。しかし、すべての構想を練りあげ、それを丁寧に説明して実施しようとなると、導入がいつになるか分からない。ついていけないと反対する教師も出てくるでしょう。
椋田:たしかに急な変化は受け入れにくいですからね。
工藤:それなら、まずは小さくはじめて様子を見ながら、何かあれば修正していこうと考えていました。
「すべての連絡をメールで」の前に、「電話連絡網を廃止し、緊急時に一斉連絡が取れる体制を整える」など、「これならだれも反対しないだろう」というところから改革していったんです。
椋田:大胆な改革を一気に進めるのではなく、少しずつ布石を打ちながら進められたのですね。
工藤:そうです。それに、一気に進めていいものか、実は私自身にも「変化への恐怖」があったんです。ですが、いまの生徒は完全にデジタルネイティブ世代です。我々がメール導入を怖がっているようでは、時代の変化にはとてもついていけません。
椋田:私立校ならではの柔軟さですね。
工藤:公立校では上に教育委員会がいますから、簡単に改革できないことも多いでしょう。ですが、私立なら校長である私が責任をもって「やる」と言えば改革ができる。
私立が率先して変革していかないと、教育界はいつまでも変わりませんから。
「一つにまとまろう」は、もはや幻想。これからは「例外を認める」のが良い教育
椋田:これからの時代は、どんな教育が理想なのでしょうか。
工藤:「例外を認める」のが良い教育です。画一的な価値観の中で育つのではなく、学校を飛び出し、あらゆる価値観に触れて多様性をはぐくんでほしいですね。
小学校ならまだしも、中学や高校で「一つにまとまろう」という教育は、もはや幻想でしかないですから。
椋田:幻想! 「クラス一丸となって」を理想に掲げている人はまだまだ多そうです。
工藤:みんながみんな右を向いていたら、何かあると一気にだめになるでしょう。「あなたが右に行くなら、私は左に行く」。それを良しとする教育が必要ではないでしょうか。
過去の成功体験を引きずった教育にしがみついていては、子どもたちをこの変化の厳しい世に丸腰で送り出すようなもの。それはあまりにかわいそうでしょう。
時代は常に変化する。変革が成功しても、そこで止まってはいけない
工藤:「何が一番正しいか」は難しい問題です。教師の雇用形態にしても、当校では教師に安心して長く働いてほしいので専任教師(※)がメイン。実際、勤続年数が長い教師がほとんどです。
しかし、現代では一つの組織にとらわれず自由に働きたいニーズも高まっています。いまは正しいと思っている方法が、これからも正しいとは限らない。その意識は常に持っています。
※いわゆる「正社員」と同様の雇用形態
椋田:「変化しないこと」が何よりのリスクなのですね。
工藤:おっしゃる通りです。それに一度、変革を成功させたとしても、そこで立ち止まっていてはいけない。時代の流れを常に意識しながら、私自身も変化やチャレンジを恐れないようにしなければ、と考えています。
工藤:かつての「読み・書き・そろばん」に代わる基礎教育として、「語学力・ITリテラシー・プレゼン能力」を重視していますが、これもAIの進化とともに変化していくかもしれません。
質の高い教育を提供していくために、教師だけでなく私自身も、時代の変化には常に敏感でなければならないと考えています。
椋田:たしかに、教育の質はこれからの国力の差に直結しそうですね。教育界の働き方改革は、民間企業以上に重要なのかもしれません。
工藤:教育界は民間に比べ、あらゆる改革も法整備も遅れています。教育現場では社会人経験を持つ教師の需要が高まっているのに、実際は大学で教員免許を取り、そのまま就職している教師がほとんどです。
椋田:そうですよね。
工藤:当校では、特別免許状(※)を持った教師を数名採用していますが、全国的に見ればかなり稀です。
今後は、教育免許の発行をもっと柔軟にしていかなければ、優秀な人材がどんどん教育業界から離れていくのではないかと心配しています。
※特別免許状:教職課程を履修していなくても、優れた知識・技術等を有する社会人等に授与される免許状
椋田:最後に、これから働き方を改善していきたい教師に向けて、ぜひアドバイスをお願いします。
工藤:公立では給特法(※)などの兼ね合いもあって、抜本的な改革はすぐには難しいこともあるでしょう。ですが、個人でもできることは必ずあります。
公立、私立関係なく、教師一人ひとりが自分の仕事を見つめ直すことがスタートです。この仕事をなぜ行うのか、今日なぜ残業をするのか。
教師にとって学校は職場です。必要以上に周囲に同調しなくても構いません。付き合いが悪いと言われても、断る勇気を持っていいのです。
※給特法(きゅうとくほう):1971年に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」の略称。この規定により、残業代は一律で月8時間相応の手当しかつかず、部活動の指導などは業務と認められていない。
椋田:民間企業も同じですね。
工藤:質の高い教育を子どもたちに提供していくには、教師が教科研究の時間を持つことが不可欠。そして、その時間を教師に確保することは、校長である私の役目なのです。
あまり難しく考えなくても、できることから始めていきましょう。間違ったらすぐに修正すればいい。とにかく小さな変革を始めてみればいい。私はそう考えています。
文:玉寄麻衣 編集:椋田亜砂美、松尾奈々絵(ノオト) 撮影:栃久保誠