世界中が追い求めている持続可能で幸せな社会は、ユートピアでも幻想でもなく、東洋にすでに存在している。東洋には世界に伝えるべき大事な知恵や価値観がある-。
システムダイナミクス学会のアジア太平洋地域会議で行った講演より、引き続き紹介します。
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7.今の日本での取り組み
日本は国全体としてはまだ「成長経済が必要だ」と信じている人が多く、実際、成長経済を前提に組み立てられている現在の経済や社会の仕組みを急に変えることは混乱を引き起こすでしょうし、難しいと考えられています。他方、ローカルでは、定常経済の必要性を自分たちで感じ、自分たちで定常経済へ切り替えていった例もあります。
漁業は、基本的に自然の恵みをいただく産業であり、現場で定常経済の必要性が強く実感される領域です。その漁場の環境収容力(わかりやすくいえば、毎年生まれて増える魚の数)を超えてとり続けていれば、いずれ枯渇してしまうからです。富士山の麓の駿河湾でのサクラエビ漁の話をしましょう。
8.サクラエビ漁
富士山を抱く駿河湾の奥深くでは、由比・蒲原・大井町の三つの漁業組合がサクラエビ漁を行っています。年間40億円の水揚げを誇る静岡県有数の沿岸漁業です。サクラエビは、体長4~5センチの一年生のプランクトンです。
最も産卵の盛んな時期は6月~8月です。昔は一年中漁を行っていたようですが、現在は、静岡県漁業調整規則と漁業者の自主的な申し合わせによって、3月下旬~6月上旬までの春漁と、10月下旬~12月下旬までの秋漁の二漁期です。
1964年~65年にかけて、サクラエビの漁獲量が数百トン減少したことがあります。また、当時は製紙会社からの汚水や田子の浦港にたまった大量のヘドロが海を汚していました。資源問題と公害問題に直面した漁業者たちは、このままの操業を続けると、遠からずサクラエビ漁業は崩壊すると不安になったそうです。
1966年、三つの漁協のうち由比地区で、水揚げ代金の均等分配制度(プール計算制)を試験的に採り入れました。蒲原・大井川でもプール制が始まりました。ところが三つの漁協は同じ海域で漁をするため、今度は三つの地区間での漁獲集団競争が起こりました。対抗意識が激化して、資源管理の効果もおぼつかなくなったのです。
ところがそのころ、田子の浦のヘドロ公害が大きな社会問題となったため、漁民たちは一体となって反対闘争に立ち上がりました。このことから、地区意識を超えた強固な連帯感が生まれ、共通の問題には共同で対処するという気運が高まっていったそうです。そして、1977年から三地区の全船120隻を統合した総プール制度が採用されました。三漁協の全船が操業に当たり、水揚げ金額も全船平等に配分される制度ができたのです。
3つの漁協の委員からなる出漁対策委員会が、漁期中の毎日正午ごろ、当日の出漁の可否、水揚げ目標、操業場所、出漁時刻等について協議します。出漁時には、司令塔役の漁船を決め、全船が漁場に到着すると、司令船からの無線指示で一斉に操業を開始します。網を上げた船は、それぞれの漁獲量を司令船に無線で報告し、司令船は全船の漁獲量を合計し、出漁対策委員会で定めたその日の水揚げ目標に達すると、操業は終了となります。
漁船は三漁協に戻って水揚げし、全体の水揚げ金額の合計から販売手数料等を差し引いた金額を、船主53%、乗組員47%の一定比率で配分し、それぞれを船主、乗組員総数で均等に割った金額が各人の取り分となります。
由比漁協の望月理事は、「サクラエビは一年ものだから、親を獲ると子もいなくなってしまう。銀行に預けた元金に手をつけずに利子だけで暮らせばずっと生活できるのと同じ」と言います。一時的に魚価が安いから、もっと儲けたいからと元金に手をつけてしまうと、それこそ、元も子もなくなってしまいます。
海の中の資源は、目に見えないために、そもそも"元金"がどのくらいあるのか、いま増えているのか減っているのかもわからないため、資源管理はとても難しいと言われます。サクラエビ漁業では、夏の休漁期には二日に一度、産卵調査を行い、水温や産卵状況、卵の発育状況を調べています。1立方メートル当たりの卵の数を計算することによって、大まかではあっても海の中の資源量の動向を把握した上で、その年の水揚げ量を計画し、漁期には計画に従って漁をし、その利益を平等に配分する仕組みなのです。
望月理事は「プール制がなかったら、今の漁業はなかった。二、三年で獲り尽くしてしまっただろう」と断言しています。このように、総プール制を設けて資源管理型漁業を行っている例は、日本にも世界にもほとんどありません。40年も前からこのような仕組みをつくり、守り続けている駿河湾のサクラエビ漁は、これからの持続可能な社会での生産活動に大きな指針と希望を与えてくれます。
9.「ないものはない」
もう1つ、最近の興味深い動きをご紹介しましょう。島根県海士町は、本土からフェリーで3時間、人口は2,370人、島の大きさは、車で一周1時間半くらいの大きさです。財政規模は、40~50億円ぐらいです。保育園が1つ、小学校が2つ、中学校が1つ、高校も1つです。
海士町はどこにも負けない過疎地です。高齢化率で言うと、日本平均の50年先を行く、課題先進地です。このままでは財政破綻するかという危機に瀕した海士町は、2005年度には大幅な給与カットを行い、町長は50%カット、職員も30~16%カットし、日本一安い公務員としてスタートを切りました。
そして、2つの攻めの戦略、「島まるごとブランド化」で商品を作っていくことと、小さな島だからこそできる「日本一の教育」で成功を収め、今では若者が多く移住する島となっています。海士町を含む周辺3つの島で唯一の隠岐島前高校も、2008年に1学年28人まで減少し、2014年くらいには廃校になるのではと危惧されました。しかし、「高校魅力化」のさまざまな取り組みをした結果、海外を含む島外からの入学者数が増え、生徒数もV字回復しました。
JFSニュースレター No.140(2014年4月号)
海士町における地域経済と幸せ
この海士町では、今後の海士町のあり方を考えた若手の役場職員グループが『ないものはない』というコンセプトを打ち出し、いまでは町のシンボル的な概念になっています。この言葉は、1)無くてもよい、2)大事なことはすべてここにある、という2重の意味をもちます。
離島である海士町は都会のように便利ではないし、モノも豊富ではありません。しかしその一方で、自然や郷土の恵みは潤沢。暮らすために必要なものは充分あり、今あるものの良さを上手に活かしています。『ないものはない』は、このような海士町を象徴する言葉、島らしい生き方や魅力、個性を堂々と表現する言葉として選ばれました。
地域の人どうしの繋がりを大切に、無駄なものを求めず、シンプルでも満ち足りた暮らしを営むことが真の幸せではないか? 何が本当の豊かさなのだろうか? 東日本大震災後、日本人の価値観が大きく変わりつつある今、素直に『ないものはない』と言えてしまう幸せが、海士町にはあります。
いま、私も協力して、「ないものはない指標」をつくる取り組みを進めています。「ないものはない」には、「必要なものはすべてある」という知足の価値観、実際に自分たちに必要なモノは自分たちでまかなっているという自信(水や食べ物など)、日々の暮らしや幸せを支えるソーシャル・キャピタルがしっかりしていることがその背景にあります。同時に、「ないものはなしですます」という日々の暮らしや、「ないものは自分たちでつくる」という挑戦スピリット、挑戦を支え合う仲間がいることも大きなポイントです。
ないものねだりをするのではなく、「ないものはない」と言い切れる島になりたいという海士町の取り組みは、「どこまでも物質的に成長しなくてはならない」という現在の主流の価値観とは異なる、持続可能な社会につながるものだと考えています。
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10.アジアの知恵を世界へ
こうした「限界の範囲内の幸せ」の考え方や取り組みは、日本だけではなく、東洋・アジアの各地にあります。
ブータンでは1972年、ブータンの第4代ワンチュク国王が「GNHはGNPよりも大切である」との提唱を始めました。持続可能な開発はホリスティックなアプローチをとるべきであり、幸せ(well-being = good life)の経済的観点以外の観点も同様に重視すべき、という考えで、2008年公布の憲法第9条では、「国家は、国民総幸福を追求できる条件を進展させるよう努力しなければならない」と定めています。
タイでは「足るを知る経済」という考え方が提唱され、実践されています。
こういった取り組みや考え方は少しずつ世界にも知られるようになってきましたが、持続可能な社会を模索する世界に対して、アジアから提供できる大きな貢献ではないかと思います。もっともっと積極的に発信していきたいと思います。
こうしたアジアや東洋の考え方の根っこの1つは、言うまでもなく仏教だと思います。「人生は苦なり」とブッダはいいました。
インドの古い言語・サンスクリットでは、「苦」=「思うようにならない」という意味で、「思うようにしたい心に従って思いがかなっても、さらにもっと大きな、より強い欲望を抱くようになり、ますます思うようにならない状態になってしまう。思うようにしたい心に執着していれば、やがて自分がその心に占領されてしまう」と考えるのです。
思うようにならない状況に対して仏教では、「思うようにしたい心」にとらわれないようにすればいい、と考えます。とらわれなければ、なにものからも「自由な境地」が開かれるとし、これこそが「涅槃」という仏教の理想とする境地です。
『幸せ = 持っているもの ÷ 欲望』と表すことがあります。幸せを増やしたいとき、西洋型の考え方だと「持っているもの」をいかに増やすか、と考えることが多いでしょう。もっと働く、もっと収入を増やす、そうして持っているモノを増やすのです。
他方、東洋型、仏教的な考え方では、持っているものを増やすのではなく、「欲望」を小さくすることで幸せを大きくしようと考えます。「少欲知足」と言われる価値観です。日本の京都にある有名な竜安寺にあるつくばいには、口という字を中心にして「吾・唯・足・知」(ワレ、タダ、タルコトヲ、シル)と書いてあり、多くの日本人が訪れます。
つくばい
11.まとめ
気候変動をはじめ、持続可能性の問題は、私たちの時代の大きな課題です。それにどのように取り組むのか? その解決に資することができるのか? システムダイナミクスという専門領域にしても、そのほかの学問領域にしても、それが問われています。
これはハーマン・デイリーのピラミッドモデルですが、今日お話ししてきたように、私たちは地球から原材料を得て、モノやサービスを作り出し消費しています。しかし、究極の目的はスマホやクルマといったモノではなく、それが作り出すであろう幸せです。
しかし、現在の経済や社会では、「どれだけの原材料からどれだけの製品を作ったか」という狭い効率化だけに目を向けています。そうではなく、見えにくいつながりをたどって全体像をとらえること、根底の持続可能性と、地球から取り出す原材料から究極の目的である幸せまでの一気通貫の効率を考えること、そして、みんなが幸せであるためにはどうしたらよいか、を考えていく必要があります。
つながりを見える化し、シミュレーションモデルをつくることで本当に取り組むべきはどこかを示すことのできる可能性がシステムダイナミクスにはあります。高い期待を持っています。
また、ドネラ・メドウズが整理した、システムを変えるための12のレバレッジポイントも非常に役に立ちます。先ほど話したような価値観を変えることは、難しいけれどレバレッジの大きな介入点となります。
そういう意味でも、アジアから足るを知る、「限界の範囲内の幸せ」という考え方、それこそが持続可能な幸せにつながるのだと言うことを、私たちアジア人もしっかり考えつつ、世界にも伝えていかなくてはと思うのです。