昆虫食は地球を救う? コオロギのサラダに「ちりめんじゃこみたい」と興奮する女性も

カミキリムシはトロの味。ではセミは?
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昆虫食が注目されている。かつてはイナゴなどが各地で食べられていたが、食生活が欧米化するなどして廃れた。今、再び脚光を浴びているのはなぜなのか。

「ちりめんじゃこみたい。全然食べられる」。そう言って若い女性たちがサラダを次々と口に入れた。野菜の上には、乾燥したコオロギがふりかけられていた。

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試食会で参加者らに説明する松井欣也氏=大阪市中央区
Kazuhiro Sekine

大阪市中央区にあるジビエ料理店「赤狼」で1月下旬、昆虫食の試食会が開かれた。8人(女性7人、男性1人)が参加し、コオロギやミールワームが入ったピッツァやグラノーラなどを試した。

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コオロギがふりかけられたサラダ
Kazuhiro Sekine

試食会を開いたのは、カナダから食用コオロギ製品などを輸入、販売している会社「昆虫食のentomo(エントモ)」(大阪府和泉市)と、栄養学の視点から昆虫食を研究している東大阪大・短大の松井欣也准教授。この日は松井氏が出席し、参加者らに料理を説明するなどした。

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コオロギがのったピッツァを食べる参加者の女性
Kazuhiro Sekine

「実は皆さんにとって昆虫食はなじみがあるんです。抹茶アイスや緑色のガムは、カイコの糞から作った着色料です。食べ物ではありませんが、口紅はカイガラムシが原料の着色料を使っています」

松井氏の説明に、参加者らは驚く。高槻市の女子高校生(16)は家族には内緒で参加したといい、「もともと虫が好きで、興味がありました。今日食べたコオロギやワームはおいしかった。また参加したい」と話す。

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コオロギがのせられたピッツァ
Kazuhiro Sekine

別の女性(39)は「『クレイジージャーニー』というテレビの旅番組で、昆虫食をテーマにした回があったんです。それで私も興味を持つようになって。昆虫を食べたのは今日が初めてです。思ったよりおいしくて、臭みもなかったです」と語った。

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ワーム入りのグラノーラ
Kazuhiro Sekine
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Instagramにアップするため、試食品を撮影する参加者ら
Kazuhiro Sekine

松井氏が昆虫食の研究に取り組むようになったのは、東日本大震災(2011年)がきっかけだ。管理栄養士の資格を持つ松井氏は日本栄養士会のメンバーとして被災地の一つ宮城県石巻市に入り、避難所での栄養支援にあたった。

被災者らに配られていたのは、おにぎりや菓子パンなど。炭水化物が多く、逆にタンパク質が不足していることがわかった。かといって牛乳は避難所では保存しにくい。代わりのものがないかと探していたところ、注目したのが昆虫だった。

「昆虫はタンパク質の含有率が高く、ビタミンやミネラルも豊富。災害非常食としても活用できる」。松井氏はそう説明する。

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松井欣也氏
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松井氏によると、昆虫食のメリットはほかにもある。野生で採集するのは個体が小さいので大変だが、食用として養殖を想定した場合、家畜のように大きな施設は必要なく、飼料も雑草や水などで充分という。松井氏は言う。

「家畜と比べてコストがかからず、豚や鳥のようにインフルエンザもない。また、家畜のゲップや糞尿によって、温室効果につながるメタンガスが発生するが、昆虫はそんなことはなく、地球環境に優しい」

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松井氏が保存しているセミの幼虫とカナブン
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松井氏と一緒に試食会を開くエントモの松井崇社長は、国内で昆虫食を広めたいと考えている。松井氏は2017年1月、食用昆虫を海外から輸入・販売するビジネスを開始。その約10ヶ月後、正式に会社を設立した。

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松井崇社長
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昆虫食に興味を持ったのは個人的な理由だ。それまでは別の会社に勤め、技術系の仕事をこなしていた。激務などで体調を崩したのをきっかけに糖質制限をするようになったが、低糖質、高たんぱくの昆虫食が効果が高いと知り、関心が高まった。

松井社長は現在、カナダの企業から粉末にした食用コオロギを輸入し、インターネットなどで販売している。松井社長は言う。

「日本でわりと知られている昆虫食材はバッタです。でも、バッタは生の草しか食べないので養殖は難しい。その点、コオロギは乾燥飼料でも大丈夫。養殖に向いています。海外ではペット用の餌としてすでに養殖していた歴史もあって入手しやすい。ハエやゴキブリも繁殖率が高いので有望ですよ」

昆虫を食材として扱っているのはカナダだけでなく、中南米やアフリカ、ヨーロッパ、東南アジアなど各地に広がる。エントモも今後は様々な国の企業と提携したい方針だが、「ビジネスとして昆虫食を展開するにはハードルが高い面もある」と松井社長は明かす。

「日本では昆虫を食用にすることについて法的な規制はありませんが、『異物』扱いとされ、運送会社が輸送を嫌がるケースもあります」

さらに松井社長が「最もやっかい」と指摘するのが、昆虫に対する消費者の心理だという。

「昆虫食が広がらない最大の理由はずばり、昆虫自体の見た目の抵抗感です。うちが扱っているコオロギの商品のように、粉末状にするなどして、まずは見た目問題を解決することが普及の第一歩でしょう。店によってはインパクトを狙って、昆虫の形がわかるように料理として出すところもありますが、あれだと『ゲテモノ』扱いされたままで、普及の後押しにはなりにくいのではないでしょうか」

とはいえ、松井社長は、昆虫の栄養価が高く、環境にも優しい食材であることから、オーガニックやスローフード、エコライフに関心のある人たちが関心を持ってくれるのでは、と期待する。

将来的には日本国内に食用昆虫の養殖工場を建設したいと考えているが、まずは昆虫食に関するルールなどを話し合う業界団体の設立を目指す。

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松井社長が輸入・販売をしているコオロギの粉末食材(奥)とプロテインバー
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昆虫食をめぐっては、国連食糧農業機関(FAO)が2013年、「食用昆虫 食品と飼料の安全に関する将来展望」という報告書を発表。世界の人口が増加する中、タンパク源としての家畜が足りなくなることから、代わりに栄養価の高い昆虫を食べることを推奨している。

こうした流れを受けて、フィンランドでは昆虫を食材に活用するための規制緩和が進み、2017年11月には食品大手がコオロギパンの製造・販売を開始した。

そもそも一部の国や地域では今でも昆虫を食べる習慣が広く続いている。メキシコでは550種類の昆虫が食べられているほか、タイではコオロギの養殖が盛んだ。アフリカでは採集するのにコストがかかるため、高級食材として扱われている国もあるという。

昆虫料理研究家の内山昭一さん(67)=東京都日野市=によると、日本も大正時代には55種類の昆虫が食べられており、昆虫食の「先進国」だったという。

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内山昭一さん
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だが、国家の近代化の過程で西欧化が進み、衛生の概念が入ってきたことから昆虫は撲滅の対象とされるようになった。それでも戦中戦後の食料が不足していたころは昆虫を食べた。「サプリメント(栄養補助食品)としての歴史があった」と内山さんは話す。

戦後、食生活は欧米化し、昆虫食の伝統が残るのは長野など、限られた地域だけだ。「今や欧米などで昆虫食を見直す動きが盛ん。かつての昆虫食『王国』だった日本にじわじわと影響しているような状況は皮肉です」と内山さんは言う。

内山さんはFAOが報告書を発表して以降、国内でも昆虫食への注目が高まっていると実感している。毎月都内で試食会を開いているが、参加者や問い合わせが増えているという。

「昆虫食が今後普及するためには、食べられる昆虫がもっと増える必要がありますね。例えば100種類ぐらいとか。『来るべき日』に備えて、自分でも色々と試食しています」と話す。

内山さんによると、昆虫を食べるにあたって衛生上の問題から加熱することが前提条件で、マメハンミョウやツチハンミョウなど一部の有毒な昆虫は食べてはいけない。エビやカニのアレルギーがある人は、甲虫を食べる際にも注意が必要だという。

内山さんがおすすめする安全でおいしい昆虫は以下の通り。

1 カミキリムシの幼虫 生木を食べているため、木の香がする。マグロのトロの味に似ている。とろりとした脂肪の甘みが特徴的。照り焼きにして砂糖や醤油をかける

2 オオスズメバチの前蛹(ぜんよう) フグの白子に似ている。湯通ししてポン酢で食べる「しゃぶしゃぶ」がおいしい

3 クロスズメバチの幼虫と蛹(さなぎ) 「ハチの子」として知られる珍味。佃煮が有名で、味はウナギに近い。甘辛く煮付け、炊きたてのご飯に混ぜ込んで食べる

4 アブラゼミの幼虫 幼虫と成虫を串刺しにする「親子揚げ」が美味。成虫のサクサクとした食感と、幼虫のナッツの香りとシコシコした食感が同時に味わえる

5 サクラケムシ ガのモンクロシャチホコの幼虫で、桜の葉を餌にしているため、桜餅の香りがする。ゆでて、ご飯にのせて食べる

松井氏の研究室で、筆者も昆虫を食べた。松井氏がまず冷凍庫から取り出したのは、セミの幼虫だった。2017年に松井氏自ら採集したという。

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セミの成虫と幼虫
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幼虫はあらかじめボイルされていたが、醤油など、何もかけずにいただく。かじると柔らかく、口にさわやかな味わいが広がった。これは慣れた味、そうアスパラガスの味だ。

次に食べたのはサクラケムシ。松井氏の言う通り、これは桜餅の葉の味だ。桜の木に取り付いてその葉を食べているだけのことはある。毛が食べづらいかと思ったが、そうでもなく、サクサク食べられた。

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サクラケムシ
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松井氏はカナブンも机に並べてくれたが、正直、ちゅうちょしてしまった。昆虫食初心者には少しハードルが高かった。

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カナブン
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