海老名市立図書館でCCCとTRCが指定管理者スタート 館長に就任した谷一文子TRC会長に聞く「理想の図書館」

神奈川県海老名市立図書館で4月1日から、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(TRC)と図書館流通センター(TRC)との共同事業体が指定管理者として運営をスタート。注目を集める図書館の新館長に就任したTRCの谷一文子会長にインタビューした。
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猪谷千香

神奈川県海老名市立図書館が、生まれ変わろうとしている。4月1日から、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC、本社=大阪市)と図書館流通センター(TRC、本社=東京都文京区)との共同事業体が指定管理者として、海老名市立中央図書館と分館である有馬図書館の運営をスタートさせた。レンタルソフト店を全国展開するCCCは、1年前に佐賀県で指定管理者として初めて「武雄市図書館」をリニューアルオープン、「TSUTAYA図書館」として全国的に話題となった。TRCは4月現在、全国で414館の公共図書館の運営を受託している業界最大手だ。

そのふたつの企業が新たに手がける海老名市立図書館に今、注目が集まっている。特に中央図書館は2014年度末から改築、2015年10月にリニューアルオープンして、カフェや書店が併設される予定だ。そして4月1日、館長に就任したのはTRCの谷一文子会長。地方の公共図書館司書からの叩き上げ、公共図書館を表から裏までよく知るその人だ。谷一館長に海老名市立図書館にかける思いを聞いた。

■TRCが海老名市に送り出した「図書館をよく知る館長」

TRCは昨年度、全国で390館の公立図書館の業務委託を受けていた。今年度はさらに24館の増加。2003年、民間企業やNPOなどに図書館の運営を委託する「指定管理者制度」が成立して以来、TRCでは右肩上がりにその受託館数を増やしてきた。今年度も414館のうち指定管理者となっている図書館は219館にのぼり、初めて業務委託件数を上回った。

谷一館長はその最前線を歩いてきた。2004年には、官民が協力して運営する本格的なPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)方式を採用した全国初の図書館である三重県の「桑名市立中央図書館」を手がけた。蔵書数や開館時間、開館日数を拡大、地域資料の充実に力を入れた取り組みを行うなど、民間の力を活用した図書館運営の先駆けと言われている。谷一館長は昨年まで、1カ月の半分はTRCが受託する図書館をめぐったり、自治体との会議に出席するため、全国を飛び回る日々を送っていた。

そこへ立った、海老名市立中央図書館館長という白羽の矢。3月に海老名市立図書館を訪れると、パンツスーツ姿で忙しそうに立ち働く谷一館長がいた。「桑名市立中央図書館以来、10年ぶりの現場になります。とても楽しいですよ」と笑う。そんな谷一館長が今回、抜擢された理由とは?

「今回、CCCと共同事業体で指定管理者となりますが、TRCにとっても大きな事業です。CCCには武雄市図書館で実現したような企画力、空間力があります。TRCとしても、これまで以上に理想の図書館に近づきたい。ただ、お互い企業風土が違う中で、さらに上の図書館を目指すにはそれなりのパワーが必要です」と説明する谷一館長。事業成功のため、「図書館のことなら谷一が一番よく知っている」と、TRCとして最適の館長を海老名市立図書館へ送り出した形だ。

■リニューアル前の図書館活動に注力

指定管理者導入に伴い、海老名市立中央図書館は4月から年中無休で開館時間も延長。改築後は座席数を120席から約4倍に、開架図書も12万冊から2倍以上に増やす。蔵書を持ち込めるカフェや書店も併設、滞在型の図書館に生まれ変わる計画だ。

しかし、谷一館長は「改修する前の図書館活動が大事だと思っています」と語る。「新しい図書館がオープンしたら大勢の利用者の方がいらっしゃるのは当たり前なので、改修をしていない状態でも、民間が入ったことによってこれだけ変わったとソフトの部分でもお見せたいと思います。自分なりの理想の図書館を実現させたい」

まず手始めに、海老名市立中央図書館では今後、毎週のようにイベントを開いていくという。谷一館長が特に力を入れているのが、5月から12月まで毎月1回開かれる連続講座で、出版社の社長を呼んで講演してもらう。無料でベストセラーを貸し出す公立図書館は従来、「無料貸本屋」などと出版業界から批判を受けてきた。しかし、住民の読書習慣や地域における本の文化を深めていくために、図書館と出版社の連携は必要と谷一館長は考えている。5月は学術出版社、みすず書房の持谷寿夫社長が講演する。

実は、TRCは3年前から海老名市立図書館の業務委託を請け負ってきた。スタッフの構成に変わりはないが、これまではカウンターなどの業務委託のみだったため、図書館を運営する指定管理者として、スタッフの研修にも力を入れる。イベント企画もそのひとつだ。「業務委託は言われたことに忠実にこなすことですが、指定管理者は自分で考えて判断することが必要になってきます」

■地域のアイデンティを大事にする図書館に

公立図書館といっても、その地域に求められる図書館像はそれぞれ異なる。地域のニーズに合った図書館運営が、住民に愛される図書館だからだ。図書館のプロである谷一館長から見て、現在の海老名市立図書館はどのように利用されているのだろうか?

「貸出数や予約数は統計的に見ても、同じ規模の他の図書館に比べて決して多くはありませんが、ゆっくりと館内で過ごされる方が多い滞在型図書館です。郷土資料を調べるのに、毎日通ってくる方もいる。この間も、ごく普通の主婦にみえる方が『旧日本軍人の論文を書くので』とレファレンスにいらっしゃいました。閲覧席も資料を読んだり、調べたりする方で平日昼間でも大体埋まっています。皆さん、とても図書館の利用に慣れていらっしゃいますし、理解して頂いていると感じました」

海老名市立中央図書館がリニューアルするというニュースを聞いた住民が、「もう図書館でコーヒーが飲めるの?」と来館したこともあったという。これまでの図書館の利用者を大事にしながら、新しい図書館に期待する住民に応えるために、新館長への課題は少なくない。ただ、谷一館長にも思いはある。

「言うはやさしいのですが、地域の人とつながりたいと思っています。海老名市にいなければわからないことがあります。地域の新聞を読んだり街角の空気を感じることがすごく大事です。早く地域の人とつながりたいですね」と語る。そのためにも、地域の歴史や文化を掘り下げていくことが大事になるという。

「海老名市は、かつて国分寺があった場所です。国府が置かれていたという説もあります。海老名市はどういうところかと聞かれて、海老名の住民の方は『何もないところ』と言われるけれども、心のどこかに歴史的に古い場所だという思いがあります。やはり国府があった広島県府中市に行った際、国府サミットをしたいという要望がありました。国府があった自治体で全国的につながれたら、面白いです。地元の郷土史家の方を図書館にお呼びして、この地域の歴史を掘り下げていけたらと思っています。そういうアイデンティを大事にしたいです」

■「学校図書室支援センター」から小中学校に司書派遣

変わるのは、中央図書館だけではない。分館である有馬図書館も、中央館のリニューアルに伴い、機能が変わる。谷一館長が注力しているのは、有馬図書館に新設される「学校図書室支援センター」だ。ここが拠点となって、市内小中学校に司書を派遣する事業をスタートする。

「まずは週数日、司書が学校図書室へ赴きます。最終的には授業との連携にもつなげていきたいです。TRCでは、指定管理者となっている東京都練馬区立南田中図書館や岐阜県高山市図書館で同様の取り組みをしています。学校図書館での選書、図書の整理や展示、調べものの支援などを行っていますが、これをさらにバージョンアップしていきたいです」

子供が本に触れることができる最も身近な場所は学校図書館。しかし、地域格差も大きいのが現状だ。「私が図書館司書としてスタートした岡山市ではすべての公立校に司書がいました。保健室には保健の先生が常駐しているのに、図書室はどうして専門の司書がいないのか。学校図書館が充実すれば、子供たちは通りがかりに本を読むようになります。それは、私たちの目指しているところです」

この4月から新体制でスタートを切った海老名市立図書館。4月27日には、写真家の石川直樹さんらによる写真絵本「世界のともだち」シリーズを編集した偕成社の島本脩二さんによるトークイベントが開かれる。

地域で愛される図書館へ。谷一館長たちの一歩が踏み出される。

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