東日本大震災の直後、「この未曾有の大災害をきっかけに日本の社会は変わるのだ」とか「震災の前と後とで日本人の意識は変わった」とかといった内容のことが各種媒体でさかんに語られました。
震災の直後には言っても聞く耳もたれないでしょうから黙っていましたが、こういった意見が完全に間違えていることは明らかです。
東日本大震災で人生観が変わったと思っている人達にはこう問わせていただきたい。
1995年、阪神淡路大震災の時あなたの人生観は変わりましたか?
阪神淡路大震災の時に人生観が変わったと思ったのは阪神淡路大震災で大きな影響を受けた地域に居た人達だけで、その他の地域に住んでいた日本人の人生観には何の変化も起こりませんでした。同様に、東日本大震災で人生観が変わったと思っているのは東日本大震災の影響を受けた地域に居た人達だけで、その他の地域に住んでいた日本人の人生観には何の変化も起こりませんでした。
日本のマスメディアは東京に集中していますから、阪神淡路大震災が起こった次の日には平気で「この規模の地震が東京で起こったらどうなるのか」というシミュレーションをテレビで流していました。つまり自分達がたいしたショックを受けていないものだから日本中がたいしたショックを受けていないという前提で番組を作っていたわけです。神戸周辺の人達がとてもおおきなショックを受けていることに気づいていなかったのです。同様に東日本大震災の後には、自分達が大きなショックを受けたものだから日本中が大きなショックを受けたのだという前提で話をしているわけです。西日本の人達はそれほど大きなショックを受けていないということに気づいていないのです。
こういうことを言うと人でなし呼ばわりされるのが目に見えていますから誰も言いたがりませんが、東日本大震災だけが特別な出来事というわけではありません。(原発事故に関しては特別な出来事と言って差し支えありませんが、その話については「右傾化のメカニズムを三段階に分けて説明」の方でふれています。)
最後に、阪神淡路大震災で大きなショックを受けて人生観が変わったと思っていた人達の人生観が本当に変わったのか?という点についての話をしたいと思います。
阪神淡路大震災の直後、神戸周辺に暮らしていた人の多くは考え方や生き方が変わったと思っていました。特によくきかれたのが「あらためて家族の大切さが分かった」という意見でした。きっとそれは偽らざる本音だったのでしょう。そして阪神淡路大震災から20年、神戸周辺の人達が特に家族を大切にしているかというと残念ながらそうでもなくて、他の地域と比べても特に違いはありません。人間というのは良くも悪くもノドもと過ぎれば熱さを忘れるようにできているんです。まぁ、だから毎日おいしくごはんを食べていられるんですけどね。
さて、あなたはどう思いますか?
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(「誰かが言わねば」2014年1月27日より転載)