(編注:本記事は、2016年6月30日に掲載された「国家公務員の職務専念義務違反 その1」の後編です)
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第2 上記行為(編注:井上氏による「民事介入」。前編を参照)が井上肇氏の個人的な利害・動機に基づくものであること
(1)井上肇氏の感染症科医師派遣の仲介は亀田隆明氏の個人的要請による
筆者は、エボラ出血熱感染の流行によって感染症対策が着目されたことに伴い、2014年12月頃、感染症対策において重要な役割を担う成田空港や成田赤十字病院の所在する成田市のある市議会議員に対して、筆者が勤務していた亀田総合病院には感染症専門家が多数勤務していることから、感染症対策に協力する意思がある旨を申し出た。これは、地域で病院間の連携を構築し、地域医療を底上げしようという意図に基づく。
これに対して議員からは、成田赤十字病院管理者と相談する旨の返答を得た。
筆者が経緯を報告したところ、亀田隆明氏は、医師の派遣を収益源にしようと目論んだ。かつて井上肇氏は、千葉県庁に保健医療担当部長として勤務しており、この間に亀田隆明氏と親しくなっていた。亀田隆明氏は、懇意にしていた井上肇氏に対して、金銭交渉を含む斡旋を依頼した。
成田赤十字病院は、へき地に存在する医療機関ではないし、また、医療対策協議会が適当と認めた医療機関でないにも拘らず、井上肇氏は、亀田隆明氏の希望を叶えるべく、遅くとも2015年2月16日頃までに、結核感染症課課長としての立場を背景に、自身の仲介のもと、亀田総合病院が成田赤十字病院に医師を派遣することによって対価を得る契約を両院の間で締結させた。そして、亀田総合病院は、実際に2015年7月1日から感染症科の医師を、成田赤十字病院に派遣した。
(2)井上肇氏が筆者に対して敵意を露わにしていたこと
筆者は、2010年5月1日から2015年9月25日に不当に解雇されるまでの間、医療法人鉄蕉会の設置運営する亀田総合病院の副院長だった。東日本大震災では、亀田総合病院は筆者の主導により、災害弱者の鴨川への大規模な避難受け入れを実施した。
当時、内憂外患というネット上のニュースサイトのインタビューで、行政が滞在費の支払いに難色を示しているため、安房医療ネットという医療・介護の勉強会団体が受け入れに苦労していると話した。記者は、「被災者の受け入れを、行政が邪魔している」というタイトルで記事を配信した。
これに対し、井上肇氏が、亀田隆明理事長を通じて、筆者に行政批判を控えるよう言ってきた。亀田隆明理事長は、井上肇氏に補助金で世話になっているので配慮してほしいと語った。
井上肇氏の行為は、千葉県の震災対応に責任を有する自身が非難されないようにするために、言論を抑圧しようとしたものと理解された。これをきっかけに筆者と井上肇氏とのメールのやり取りが始まった。二人の意見はことごとく対立した。井上肇氏は、行政官が強権を持つことを是とし、筆者はチェック・アンド・バランスなしに行政官が強権を持つことは危険であるとした。
例えば、井上肇氏は、震災対応で絶対的権限者を求め、以下のように主張した。
「被災72時間以降の保健・医療が、通常の災害にもまして大課題であることを早期に認識し、被災対策のうち保健・医療分野を指揮するツァー(筆者注:専制的独裁者)を政府内に任命し、首相がツァーに強力な権限を与えて対策を進めていくことが必要であった(過去形ではなく、今からでもやるべき)と思います。この場合の主語は、『役人が』ではなく『首相が』です。」
発災後、当時の菅政権は、官邸であらゆることを統御しようとしたが、大量の情報が集中したため麻痺した。地方自治体は地方に根ざした情報と能力を有しており、自衛隊にはマンパワーと航空機、船舶、特殊車両、機材があり、民間には、多くの目と頭脳、インターネットを介した通信手段に加えて、援助する能力と意思を持つ多くの人たちがいた。
私は以下のように応じた。
「適切なツァーを選択するのは至難です。ろくなことにならないという予感があります。しかも、一人のツァーにできることは限られています。統一的な指揮命令系統で、細かなところまで、救援できるという前提に問題があります。計画経済が立ち行かないということの一般的な理由は、そのような能力を人間が持てるはずがないということ。多くの目で認識して、それぞれが自主的に動くしかないということを官僚が分かっていないことが問題なのです。」
筆者と井上肇氏は、新型インフルエンザ等対策特別措置法が制定された後、インフルエンザ対策について議論し意見を交換した。
井上肇氏はインフルエンザ行政の中核にあった。一方で、筆者は、インフルエンザ行政を批判する言論活動を展開していた。
筆者は、2009年のH1N1インフルエンザ騒動で、厚生労働省の対応が不適切だったことを、多数の具体例を挙げて指摘した。
例えば、当時、世界保健機関は、1)インフルエンザには特異な症状がない、2)感染しても無症状の潜伏期がある、3)実際に、過去の大流行では、国境から入ってこようとしている旅行者の検疫では、ウィルスの侵入を実質的に遅らせることはできなかった、4)現代ではその効果ははるかに小さい、などの理由で、繰り返し、検疫を推奨しないと声明を出していた。
それにもかかわらず、日本は、科学的根拠を提示することなく、検疫や停留措置で人権を侵害した。
検疫の担当者は感染を防ぐためのガウンテクニックの原則を無視して、同じ防護服を着たまま複数の飛行機の機内を一日中歩きまわった。虎の門病院のある看護師長は「徴集」されて、この無意味な業務に従事させられたが、ガウンや手袋の使い方を見て唖然とした。検疫の指揮を執った厚生労働省の担当官に、非常時だから医療現場の常識と異なっても黙っているように言われた。
厚生労働省は騒動当時、実行不可能な指示を、混乱を極めていた医療現場に送り続けた。国民には、新型インフルエンザを疑ったら医療機関を受診するようアナウンスした。医療機関には、新型インフルエンザ患者を感染症指定医療機関に強制的に入院させるよう指示した。
ところが、感染症指定医療機関のキャパシティは約2万床、新型インフルエンザが他の入院患者に感染しないようにするために必要な個室は、このうち、1800床ほどしかなかった。この数で足りるはずがない。同時期、アメリカ政府は、「症状のある人は、家で静養してください」と国民に呼びかけていた。
井上肇氏は担当者なら知っていないといけないはずの情報を知らなかった。スーパーコンピューターを使ったシミュレーションで、感染者の大半が検疫をすり抜けたと推定されたこと(Eurosurveillance:15(1):Article 4、 2010.)を知らなかった。
当時の化血研製のH1N1インフルエンザワクチンに十分な発症予防効果がないことを知らなかった。当時、亀田総合病院の透析室では、職員と透析患者全員に化血研製のワクチンを接種した。20歳代の職員21人中10人が発症したが、30歳以上の職員29人中発症したのは1人だけだった。20歳代の透析患者はいなかった。30歳代から70歳代の透析患者229人中発症したのは、2人だけだった(Human Vaccines 7:1、1-2、2011.)。30歳以上の日本人は何らかの免疫を有していた可能性がある。
井上肇氏は、メールのやり取りで、日本が世界のインフルエンザ対策を担うインナーサークル(内輪の仲間)の一員であることは誇るべきことであり、インナーサークルの立場からは、科学的に意味がなくても、検疫を実施しなければならない、インナーサークルに所属して一生懸命やっているのだから、説明がなくても社会はこれを受け入れるべきであり、インナーサークルの状況を含めて全体像を知ることなく厚生労働省を批判するべきでないと主張した。これでは、行政に対する批判を一切するなと言うに等しい。
井上肇氏は、対策の焦点は長期累計感染者を少なくすることではなく、流行初期数カ月~1年程度の短期間での患者数の爆発的増加による社会・医療システム破綻をいかに防ぐかにあるとした。これは正しい。実際、「過去のどの新型インフルエンザでも、- - 数年以内にはほぼ全ての国民が感染し、以後は通常の季節性インフルエンザになっていく」(日本感染症学会緊急提言)。
しかし、井上肇氏は、検疫の意義について感染者をもれなく同定し入国させないためではなく、意味合いとしては国境往来を少なくすることにより流行期の社会全体の感染者・非感染者間の接触頻度を下げることだとした。
これは、医学的常識に反する。ピークの大きさを規定するのは、流行地での人と人の接触である。当時、諫早市医師会は、人気歌手の無料コンサートをきっかけに患者が爆発的に増加したことを観察した。実際に国境を閉鎖しても、国内でのピークを低くできない。検疫では多くの感染者がすり抜けるだろうという予感を普通の医師は持っており、スーパーコンピューターによるシミュレーションでそれが確認された。
停留措置という人権侵害を伴う措置をするのに、表向きとは異なる理由、科学的根拠のない予感を理由としてよいとは思わない。
筆者は、税金で賄われている組織は説明責任を果たすべきであること、役所には強い権限があるのでチェック・アンド・バランスが機能することが重要であることを説いた。議論で追い込まれると、井上肇氏は、「小松先生、モノには言い方がありますぜ・・・」と語調を変え、筆者に対する敵意を隠そうとしなくなった。
これに対し、筆者は「批判されることにただ反発するだけでは、能力の欠如を示しているとしか受け取られません。行政が厳しい批判にさらされるのは、立憲主義をとる近代憲法の前提です。誠実な説明がなければ、厚生労働省が追い込まれるか、強権で抑え込むかになります。現状は後者ですが、いつまでも続けられるとは思いません」とたしなめた。
(3)井上肇氏と高岡志帆氏の共謀の蓋然性
高岡志帆氏と共謀する人物でなければ、本件書面を高岡志帆氏に送付するというリスクの高い行為をとることは考えにくい。筆者は、厚生労働省高官に、本件書面を、ワード(文書作成ソフト)の電子情報として送付したが、高岡志帆氏から亀田隆明氏に送られたものは画質がかなり劣化したPDFであり、ワードのデータをプリントアウトし、さらに、それをコピーしたものをPDF化したものと思われた。
高岡志帆氏が送られてきた本件書面をわざわざプリントアウトすることは考えにくい。本件書面が厚生労働省内部で問題になり、事情聴取が行われたのは想像に難くない。当然、コピーが少数の関係者に配布されたはずである。本件書面には、井上肇氏のみならず、高岡志帆氏の違法行為についても記載されていた。本件書面の内容は井上肇、高岡志帆両氏にとって不利益をもたらすものだった。
井上肇氏と高岡志帆氏はそれぞれ、鳥取大学、大阪市立大学という医系技官としては少数派の大学出身であり、千葉県の医療行政に深く関わってきた。共に、ハーバード大学公衆衛生大学院に留学した経験を有しており、以前より、接触が多かったと推測される。
筆者は千葉県の医療行政について、多くの論文を書き、体系的に批判してきたが、中でも、二次医療圏まで変更して強引に設立した東千葉メディカルセンターの赤字問題は、井上肇氏や高岡志帆氏の責任問題に発展する可能性があり、筆者の言論活動に危機感を持っていたと想像される。
東千葉メディカルセンター問題については、「病床規制の問題3 誘発された看護師引き抜き合戦」http://medg.jp/mt/?p=1769 「東千葉メディカルセンター問題における千葉県の責任」http://medg.jp/mt/?p=6643 http://medg.jp/mt/?p=6641 を参照されたい。
事件全体の動きから、二人は共に、自身の違法行為を告発する筆者に対し害意をもって行動していたものと思われる。厚生労働省内部にあって、本件書面のような、扱うのにリスクを伴う情報を、高岡志帆氏に送付する動機と利害関係を持った個人は井上肇氏以外には想像しにくい。
(4)まとめ
井上肇氏の行為は、連携のとれた医療行為が提供されるための弊害となる違法な医師の派遣業を仲介するものであるばかりか、特定の医療機関の便宜を図ることを目的としており、およそ厚生労働省職員としての職責を果たす行為とは言えない。
さらには、従前から意見が対立し、その言論活動に井上肇氏自身が脅威を感じていた筆者を、亀田総合病院が懲戒解雇とすることを、便宜の対価として求めていたとも考えられる。さらに、亀田隆明、信介、省吾氏に命じて、筆者が深く関与していた安房地域のまちづくり活動のハブとなるNPO法人ソシノフに壊滅的打撃を与えた。職務上の行為を逸脱した私的な動機・利害に基づく違法な民事介入であることは明らかである。
結語
本件では、官僚が自身の違法行為を隠蔽するために言論を抑圧し、さらに、私人である筆者の職を奪うに至った。民主主義社会ではあってはならない事件である。
(2016年6月30日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)