ISはフィリピンに根付くか?/剛腕ドゥテルテも手を焼くミンダナオ・イスラム武装勢力/歴史的背景と強固な親族ネットワーク
フィリピン南部ミンダナオ島西部のマラウィ市で、国軍とイスラム教徒武装勢力との戦闘が本格化して1か月がたつ。6月22日までの死者は民間人26人、武装勢力側276人、政府側67人の計369人にのぼる。
武装勢力は、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓うマウテグループとアブサヤフだ。ドゥテルテ大統領は、出身地でもある同島全域に戒厳令を敷いた。
政府や軍の高官は「来週には」「ラマダンが終わるまでに」と制圧時期の見通しを表明しては取り消し、事態は沈静化しない。剛腕大統領の神通力もISには通じないのか?
◇大統領のメンツ
マウテは昨年10月、大統領のおひざ元のダバオ市中心部で爆弾テロを遂行し、14人を死亡させた。メンツをつぶされた大統領の怒りは大きかった。
麻薬撲滅を最大公約に1年前に就任した大統領は「密売人は殺す」と宣言。実際に1000人単位で密売人らが警官らに射殺されてきた。武装勢力に対しても殲滅を宣言しており、こちらも手早く片付けてくれるのではという期待が世間にはあった。
ところが麻薬撲滅戦争のようにはコトは運ばない。武装勢力側が市民を盾にしているからだと国軍は弁明する。それにしても、である。
マラウィに何人の武装勢力が残っているか、正確な数字は知る由もないが、マウテ、アブサヤフとも、そもそも数百人規模の組織とされる。
一方フィリピン国軍には10万人以上の兵士がおり、今回も万人単位の部隊を投入。空爆も繰り返している。米軍の支援もある。
とはいえ、事態収拾が長引く責任をドゥテルテ政権にだけ負わすのは酷な面もある。
アブサヤフが、ミンダナオ島に連なるスルー諸島で旗揚げしたのは1990年代初頭。以来、政府と軍は20年以上にわたって「まもなく鎮圧」「近く壊滅」と言い続けてきた。それでも組織はしぶとく生き残ってきた。
創設者のアブドラジャック・ジャンジャラーニは、ソ連侵攻下のアフガニスタンにムジャヒディンとして馳せ参じ、オサマ・ビンラディンと知り合ったとされる。
アルカイーダから資金援助を受けていた時期もあったようだが、それが切れてからも外国人を誘拐して身代金を巻き上げるなどで命脈を保ってきた。
◇貧困の島々の閉塞状況
カトリック教徒が8割を超すフィリピンだが、歴史を紐解けば、フィリピンにイスラム教が伝来したのは14世紀ごろとされ、マゼランがやってきた16世紀より前だった。
その後、宗主国スペインがキリスト教の布教を進め、これをアメリカが引き継いだ。イスラム教徒は両国と激しく争い、多くの死者がでたとされる。
それでもミンダナオ島ではイスラムが優勢だったが、首都のあるルソン島の人口が増えると南部へのカトリック教徒の入植が進み、現在ではミンダナオ島のイスラム教徒の比率は2割にまで落ち込んでいる。
ミンダナオ島を中心とするフィリピン南部の武力紛争で亡くなったのは過去半世紀で12万人を超すとされる。この間、モロ民族解放戦線(MNLF)主体の自治区ができ、そこから分派したモロイスラム解放戦線(MILF)と政府の和平交渉が進められた。
交渉を主導したMNLF,MILF主流派幹部への反発が分派を生み、より過激なアブサヤフやマウテに不満分子が集まる傾向もあった。
戦闘を続けても和平交渉をしても、ミンダナオが国内最貧地域である状況に変わりないという閉塞感の広がりが背景にある。
◇地域に根づく武装勢力
MNLF、MILFという老舗の反政府組織に比してアブサヤフやマウテに深い思想的な背景や具体的な展望があるようにはみえない。カリフ制導入などとISの主張をそのままなぞっているに過ぎない。
それでもイデオロギーはさておいて、貧しい地域では彼らの存在が住民の生計になにがしか結び付いていると想像される。
今回の掃討作戦で国軍は、武装集団の拠点から大量の覚せい剤や現金を押収した。ドゥテルテ大統領は、マウテはそもそも麻薬密造や密売に関与していると批判してきた。
アフガニスタン、ミャンマー、タイ南部など長年紛争を抱えた地域が麻薬密造・密売の舞台となってきたことを考えると、大統領の指摘は当たっているように思える。
壊滅が容易でない理由として、立教大の石井正子教授は、首謀者の親族ネットワークの堅牢さをあげる。兄弟や複数の妻を通じて過激派組織や反政府組織と重層的につながり、地域コミュニティの一員となっているというのだ。
そういえばジャンジャラーニやマウテも兄弟で組織の中心となってきたし、マウテ兄弟の親や親族は構成員と認定され、捕まっている。さらに自治体(地方政府)も武装勢力の影響から逃れられないケースがあるようだ。
石井教授は指摘する。「掃討作戦を行う場合には、地方政府の役割が鍵となるが、地方政府の構成員もまた周囲に展開する武装集団と同じコミュニティに生活している。必ずしも武装集団を支持していなくとも、物理的な脅威が存在する環境にある。国軍や警察など外部からの介入は一時的だ。介入後、国軍や警察が周囲の武装集団から保護してくれるという保障はない。このような状況では、地方政府は全面的に当局に協力することができない、というジレンマにおかれる場合もある」 (ドゥテルテ大統領 戒厳令布告の背景http://peacebuilding.asia/martial-law2017/)
◇ISの暖簾分け
武装勢力側の死者のなかに、インドネシア、マレーシアといった近隣国だけではなくサウジアラビア、イエメン、チェチェン出身の外国人が含まれていたと軍は発表した。
さらにインドネシアのリャミザルド国防相は「フィリピンにはISの構成員が1200人潜伏している」と発言した。数字の根拠は不明だが、フィリピンが東南アジアにおけるISの拠点になる恐れを指摘する声が高まっているのは事実だ。
事態を受けて、フィリピン、マレーシア、インドネシア3か国の国防相や外相が協議を重ね、マレーシアの国防相はミンダナオを訪問した。3か国による海上合同警備も実施予定だ。豪州は偵察機を派遣して支援するという。
マニラから離れたミンダナオは、政府の統治が必ずしも行き届いていない。海に囲まれた国境管理も極めて脆弱だ。
スルー海、セレベス海でつながるボルネオ島やインドネシアのスラウェシ島などとはもともと漁民らが自由に行き来していた。テロリストや盗賊が紛れ込むには都合の良いルートであろう。
インドネシアのイスラム教徒過激派組織ジェマ・イスラミアはそうしたルートを伝ってフィリピン南部に拠点を築き、メンバーの訓練などをしていた。
マラウィの武装勢力占拠地にはISの旗がたつ。アブサヤフの現在の首領イスニロン・ハピロンやマウテ兄弟がISに忠誠を誓う映像が流れている。
ハピロンがISのフィリピン代表に指名されたという報道もある。断末魔のISが中東から遠く離れたアジアの地に支部を作る組織力があるとは思えないので、まあ「暖簾分け」のようなものであろう。
ISとの実質的なつながりはともあれ、その暖簾を錦の御旗に小規模なグループが合流することはありうる。実態は盗賊や武装麻薬密売集団であっても、かっこがつくし、より強面の箔がつく。
マラウィの戦闘が長引くほど、ISや支持グループの存在感はミンダナオで、フィリピンで、さらに東南アジアで高まる。次の蜂起への参加者も増えるだろう。一刻も早い事態の収拾がドゥテルテ政権に求められている。
【訂正】2017/06/27 19:00
専門家からのご指摘により、誤解を生む表現を訂正しました。ありがとうございます。具体的には、以下の箇所となります。
・(修正)ムスリムが到達→イスラム教が伝来
・(削除)
「1946年の独立後、入植を積極的に進めたのは、70年代に独裁体制を敷いたマルコス政権だ。長引く紛争を回避しようと、政府はイスラム教徒反政府組織のモロ民族解放戦線(MNLF)とリビアのトリポリで協定を結んだ。
ミンダナオ島14州でイスラム自治政府をつくる条件だったが、実施前の住民投票を有利に進めるためにキリスト教徒の入植を奨励したのだ」
・(修正)
この間、MNLF主体の自治区ができ→この間、モロ民族解放戦線(MNLF)主体の自治区ができ
・(修正)
そこから分派したモロ人民解放戦線(MILF)→そこから分派したモロイスラム解放戦線(MILF)
・(修正)
そういえばジャンジャラーニやマウテも兄弟で組織の中心となってきたし、マウテ兄弟の親や親族は構成員と認定され、捕まっている。
さらに自治体(地方政府)も往々にして武装勢力に取り込まれていると石井教授は指摘する。
「掃討作戦を行う場合には、地方政府の役割が鍵となるが、地方政府の構成員もまた周囲に展開する武装集団と同じコミュニティに生活している。必ずしも武装集団を支持していなくとも、物理的な脅威が存在する環境にある。国軍や警察など外部からの介入は一時的だ。介入後、国軍や警察が周囲の武装集団から保護してくれるという保障はない。このような状況では、地方政府は全面的に当局に協力することができない、というジレンマにおかれる場合もある」 (ドゥテルテ大統領 戒厳令布告の背景http://peacebuilding.asia/martial-law2017/)
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そういえばジャンジャラーニやマウテも兄弟で組織の中心となってきたし、マウテ兄弟の親や親族は構成員と認定され、捕まっている。さらに自治体(地方政府)も武装勢力の影響から逃れられないケースがあるようだ。
石井教授は指摘する。「掃討作戦を行う場合には、地方政府の役割が鍵となるが、地方政府の構成員もまた周囲に展開する武装集団と同じコミュニティに生活している。必ずしも武装集団を支持していなくとも、物理的な脅威が存在する環境にある。国軍や警察など外部からの介入は一時的だ。介入後、国軍や警察が周囲の武装集団から保護してくれるという保障はない。このような状況では、地方政府は全面的に当局に協力することができない、というジレンマにおかれる場合もある」 (ドゥテルテ大統領 戒厳令布告の背景http://peacebuilding.asia/martial-law2017/)