民進党代表の蓮舫氏は7月18日に緊急記者会見を開き、昨年9月の代表選以来くすぶってきた二重国籍問題について、すでに台湾籍を喪失する手続きが昨年9月時点で完了しており、日本の戸籍上も昨年10月時点で二重国籍の解消が行われていることが証明されているとして、自身の戸籍謄本の写しなど書類一式を公表した。
台湾の国籍を有していることが判明した昨年9月以降、会見やメディアの取材に対して蓮舫氏が語ってきたことが、一次資料という「証明」つきで時系列に沿って説明されており、全体像がかなりクリアになったと言える。
今回の会見によって、二重国籍問題の事実関係をめぐる論議はほぼ決着したと言っていいのではないだろうか。あとは、蓮舫氏の一連の対応や過去の言動、意図的ではないとは言え、長年二重国籍状態にあって国会議員活動や大臣の任務に就いてきたことについて、有権者や民進党の支持者がどのように評価するかという問題である。
一部のメディアやネット上の書き込みで、蓮舫氏が公開した喪失国籍許可証書が偽造ではないかという指摘が上がっていたが、台湾メディアが20日に台湾の内政部に確認し、偽造ではないとの回答を得ている。【蓮舫偽造「放棄國籍許可證」?內政部:證書是真的, SETN三立新聞網,July.20】
ただ、この一連の資料のなかで、見過ごせない問題があった。それは法務省の対応である。少し複雑であるが重要なところなので、丁寧に説明してみたい。
公式証書を受け取らなかった日本政府
国籍法で二重国籍を原則認めていない日本では、制度上、二重国籍状態にある人は、2つの方法によって、その状況を解消することを日本政府に届け出ることができる。1つが「外国国籍喪失届」であり、もう1つが「国籍選択宣言」である。
2つのうち、普通に用いられる方法は「外国国籍喪失届」だ。要するに「私は外国の国籍をもう持っていません」ということを、その国の出した証明の書類をつけて届け出るのである。
しかしながら、国籍を放棄するというのは、なかなかやっかいなことなのである。すぐに認めてくれる国、数カ月から数年の時間をかける国、ほとんど認めない国などいろいろある。そうなると、証明する書類を手に入れることが難しいケースが発生することになる。
そこで救済措置として、「国籍選択宣言」という「逃げ道」が用意されているのである。ここまでは一般論として理解できる部分だ。
蓮舫氏が今回公開した資料によれば、台湾で国籍を担当する内政部発行の「喪失国籍許可証書」を、昨2016年9月23日に入手している。台湾の日本における窓口「台北駐日経済文化代表処」に届けたのが9月13日で、手続きが完了したことを証明する証書の日付も同日付になっている(写真参照)。
蓮舫氏も、ここでは普通に「外国国籍喪失届」を出そうとして目黒区役所を訪れた。ところが、区役所から言われたのは、台湾政府が発行する「喪失国籍許可証書」は受理できない、という回答だった。
これは、中華人民共和国と1972年に国交を結んだ日本は、現在、台湾とは外交関係がないので、台湾政府が発行した書類は日本にとっては無効だということである。区役所は当然、法務省に問い合わせているので、日本政府の方針ということになる。
この結果、蓮舫氏の「外国国籍喪失届」は不受理となってしまった。ここで区役所(法務省)から蓮舫氏が指導されたのは「国籍選択宣言」を届けることだった。蓮舫氏はその指導に従って国籍選択宣言を10月7日に行っており、今度は受理されている。
法律上、「国籍選択宣言」を行った者は、外国籍の離脱に努力する義務がある、とされている。しかし、蓮舫氏はすでに台湾の国籍を喪失しており、証明も入手している。努力もクソもない。その公式の証書を、日本政府が受け取らないだけのことだ。
その点を蓮舫氏サイドが法務省に確認すると、台湾の「喪失国籍許可証書」を取得していれば、「努力義務」は果たしたと見なすというのである。
あまりにも複雑怪奇
これは本当にわかりにくい理屈ではないだろうか。
なぜなら、そもそも二重国籍状態にあるというのは、外国の国籍を持っているという判断があるからである。国籍選択宣言を行う以上、蓮舫氏は外国国籍を持っているということになる。しかし、その蓮舫氏の国籍が存在する台湾政府が発行した公式な証書は受け取らないという。ところが、努力義務はその証書によって証明されるという。ぐるっと回った末に元に戻ってうやむやになる感じだ。
いったいぜんたい、台湾政府の発行する証書は有効なのか、無効なのか、さっぱりわからない。さらに不可解なのは、台湾政府が出す結婚や養子縁組などの証書は、日本政府は正式なものとして受け取っているのだ。結婚などの証書と国籍に関する証書とは区別しているというのだが、どちらも台湾政府が公式に発行した証書であることに変わりはない。
長年の事務取扱のなかで、法務省も国籍法と「1つの中国」など現実の国際政治との法的整合性をつけようとしながらやってきたのだろうが、あまりにも複雑怪奇だ。これではいくら蓮舫氏サイドが対外的に丁寧に説明したところで、普通に誤解を招いてしまう。
実際、蓮舫氏の18日の会見では、この話の前半部分である「外国国籍喪失届」が不受理になったことだけを取り上げて、ネット上では「やはり蓮舫氏は二重国籍のままだった」という誤解が広がっていた。
法務省は、この経緯に対する法的解釈をオープンな形で世の中に公表し、日本社会の議論に供すべきではないだろうか。
「台湾の人々は中国の国民」
また今回の事例は、台湾の人々に、いったい自分たちにはどこの国の法律が適用されるのかという疑問も残した。18日の会見に先立って行われた事前ブリーフィングで、民進党の大串博志政調会長は、法務省から「日本にいる台湾の人々は、中華人民共和国の国民として扱われている」という説明を受けたことを明らかにした。
もしこれが本当ならば、日本の台湾出身者にパニックが起きてしまうような話である。
日本の戸籍では、中華人民共和国の人も台湾の人も、国籍欄には「中国」と書かれる。これは、台湾の国名も「中華民国」であることもあり、どちらの中国であるかははっきりさせず、すべてを「中国」として統一して曖昧にしているだけのことであり、台湾の人が中華人民共和国の国民として扱われているわけではない。
しかし法務省は、昨年9月の蓮舫氏の二重国籍問題が起きたとき、メディアなどに対して、台湾の出身者には中華人民共和国の国籍法が適用されるといった説明を行っており、あとになって「舌足らずな説明があった」と事実上の訂正を行う形に追い込まれている。
台湾の人たちの日本における法的地位はいったいどうなっているのか。これまでの法務省の説明には明らかに「揺れ」が見られる。台湾の人々にとっては、彼らが中華人民共和国の国民として扱われ、中華人民共和国の法律が適用されているのかどうかは死活的な問題であり、関心も高い。
この点についても、法務省からしっかりとした統一見解を聞いてみたい。蓮舫氏の次は、法務省が説明責任を果たすときである。(野嶋 剛)
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野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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(2017年7月21日「フォーサイト」より転載)