「これは主観的なドラマ史なんです」
早稲田大学演劇博物館で5月13日から8月6日まで開催している「大テレビドラマ博覧会」について、館長の岡室美奈子さんはそう話した。視聴率の高かったものを並べた客観的なドラマ史ではなく、自分の心に残ったドラマを責任持って選んだと語る。
改めて「ドラマ史」と言われて考えてみると、ドラマって一体何が面白いのだろうか。
深いドラマ愛に溢れる“主観的な”展覧会を企画した岡室美奈子館長に、ハフポスト日本版は、ドラマにまつわる5つの質問をぶつけた。
岡室美奈子館長
(1)ずばり、いいドラマって何でしょうか
「日常生活を会話で丁寧に描く」というのが、ドラマの良さだと思います。
宮藤官九郎さん脚本の『木更津キャッツアイ(※1)』は、主人公が余命半年と宣告されるところから物語が始まります。
面白いのは、余命宣告を受けても、人は"だらだら"会話するというところなんです。そういう日常会話の中にキラキラしたものがある。
今年大ヒットした坂元裕二さん脚本の『カルテット(※2)』も、一見サスペンスかと思いきや、見た人たちの心に残っているのは登場人物4人の食卓での何気ない日常会話です。「レモン、ありますね」「レモンありますね」———このシーンをドラマのハイライトのように感じている人も多いでしょう。
人の営みを丁寧に描くことで、人の心の深いところに触れてくれる。見る人が、生きにくい社会を生きていく力を得られるようなドラマがいいドラマだと考えています。
(2)3.11の東日本大震災以降、日本のドラマは変わったと思いますか
幽霊ドラマが増えました。恐ろしい幽霊じゃなくて、家族を見守る"家族の幽霊"です。
震災前は、病院ドラマ・警察ドラマ全盛期で、人の生死がドラマチックに描かれてきました。そこでは生と死は断絶だったんです。
でも、震災以降、生と死が“断絶”でなく“連続”という思想が出てきたんだと思います。
家族が死んでも見守ってくれてるというのをどう表現するかという時に、ドラマはフィクションだから「幽霊」を使うことができます。「人は死んでも終わりじゃない」っていう気持ちをドラマというフィクションが掬い上げてくれました。
当時、震災で家族が亡くした方が、震災後も亡くなった家族が訪ねてくる経験をしているといったドキュメンタリーなどもありました。でも現実だとやはり言いにくいこともある。それをフィクションで堂々と代弁したのが2011年以降のいくつかのドラマでした。
『カーネーション(※3)』の最終回は、「おはようございます、死にました」というナレーションで始まります。見事に「人は死んでも終わりじゃない」を表現していたと感じました。
(3)何となくしかわかってないのですが「トレンディドラマ」って実際何なんでしょうか
バブル経済を背景に、美しい男女が華やかな恋愛を繰り広げるドラマですね。
浅野温子・浅野ゆう子W主演の『抱きしめたい(※4)』を頂点にして、91年のバブル崩壊と共に終わりました。
91年に『101回目のプロポーズ(※5)』というドラマがあったのですが、"トレンディドラマの女王"である浅野温子(の役)を、トレンディドラマに絶対出ないような、何も持ってない男・武田鉄矢(の役)がゲットするんですよ。それがトレンディドラマの終焉にとどめを刺したと私は考えています。
それ以降のドラマを「トレンディドラマ」と呼ぶ人もいますが、「絶対に手の届かないような世界観」から、「手を伸ばせば届きそうなラブストーリー」になっていったという意味で、私はバブル崩壊を境に線を引いています。
(4)早稲田大学でテレビドラマ史の講義を担当している岡室館長。最近の大学生ってドラマを見てるんでしょうか
少し前になりますが、衝撃を受けたのは、「テレビの前に60分も90分も座ってられない」と言われたことですね。YouTubeの動画なんて、3分ですもんね、5分だともう長い。
とはいえ、面白ければ見るというのが実態だと思います。『カルテット』や『逃げ恥』は見られていましたから。
TVerなどの見逃し視聴アプリなどもあり、視聴する形も様々になってきています。
今の時代のコンテンツは、検索するとすぐ見ることができるものが多いですが、ドラマの良さは"じらされる"ことだったりもするので「来週が待ち遠しい」と感じる喜びを体験してほしいなと思います。
(5)これからのドラマに期待することは何ですか?
宮藤官九郎さんや坂元裕二さんのように、日常会話を細やかに描くことで、見る人が他人への想像力を働かすことができるような作品を作ることができる若い人がいっぱい出てくることに期待したいですね。そしてそういう人がちゃんと成長できる業界であってほしい。
演じる側もそうです。尾野真千子さんや満島ひかりさんのように、天才的な演技力のある人たちに続く若い才能もたくさん出てきています。外見の良さだけでなく、内面から表現のできる若い才能が活躍する場がきちんとあるといいなと思います。
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『カルテット』の中に、食卓で松たか子演じる「真紀」と満島ひかり演じる「すずめ」が、"創作ことわざ"を思い思いに口にするシーンがある。
「咲いても咲かなくても、花は花(真紀)」
「起きてても、寝てても、生きてる(すずめ)」
この素朴で細やかな日常会話を、いつまでも聞いていたい、と思った視聴者は数知れないのではないだろうか。
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「大テレビドラマ博覧会ーテレビの見る夢ー」は、1953年に日本初のテレビドラマが放送開始されて以来のドラマの変遷がテーマ。60年あまりの間、世の中の動きや人々の心の移ろいを反映してきたドラマを、台本やポスター、映像などで振り返る。
『寺内貫太郎一家』などの昭和の代表的ドラマなどから、『東京ラブストーリー』『ロングバケーション』などの恋愛ドラマの代名詞的作品、そして『逃げるは恥だか役に立つ』などの最新ドラマに到るまでの歴史を見渡すことができる。
《編集部注記》
(※1)2002年1月18日から3月15日まで毎週金曜22時に放送されたTBS系のドラマ。脚本は宮藤官九郎。余命宣告された主人公「ぶっさん」をV6の岡田准一が演じた。
(※2)2017年1月17日から3月21日まで毎週火曜22時に放送されたTBS系のドラマ。脚本は坂元裕二。松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平らが出演。
(※3)『カーネーション』は、2011年度下半期に放送された「連続テレビ小説」第85作目のテレビドラマ。ファッションデザイナーのコシノヒロコ・ジュンコ・ミチコ姉妹を育てた小篠綾子をモデルとしたヒロインを尾野真千子が演じた。
(※4)1988年7月7日から9月22日まで放送されたフジテレビ系のテレビドラマ。浅野温子・浅野ゆう子W主演のトレンディドラマの代表作。
(※5)1991年7月1日から9月16日まで毎週月曜日の「月9」枠に放送されたフジテレビ系のテレビドラマ。
▼岡室美奈子館長 プロフィール
文学学術院教授
坪内博士記念演劇博物館第八代館長
三重県生まれ。アイルランド国立大学ダブリン校にて博士号を取得。1997年、早稲田大学文学部専任講師、2000年、助教授を経て、2005年より教授。2007年より文化構想学部教授。現代演劇研究、テレビドラマ研究を専門とし、特にサミュエル・ベケット研究では、日本を代表する存在である。
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