米ギャラップ社が行った世論調査で、米国人が選ぶ2015年最も尊敬する人物、女性部門は民主党のクリントン氏が14年連続で1位になり、男性1位はオバマ大統領が選ばれた。男性部門の2位には、フランシスコ・ローマ法王と共和党候補トランプ氏が同数で選ばれた。
だが何度も報道されているとおり、トランプ氏は今年6月に出馬声明を行ってから何度も"炎上"しており、物議を醸している。
今月15日には、ISISの若者勧誘を防ぐために「インターネットの一部をシャットダウンすべき」だと主張し、例のごとく"炎上"している。
しかし、以前の「イスラム教徒の入国禁止提案」もそうであったが、極端な意見とはいえ、一定数の支持がある場合、嘲笑せずにその言動の背景や意図まで考えることも重要だと考えている。ポピュリストはとかく物事、ここでは解決策、を単純化させたがるが、そこに問題があるのは事実だからだ。それにキャッチーなワードだけ抜き出すメディアが過激化に拍車をかけている面も大きいだろう。
真意は「ISISがインターネットでメンバー勧誘をできないようにしたい」
では、まずトランプ氏の発言を改めて見てみたい。
"ISIS is recruiting through the Internet. ISIS is using the Internet better than we are using the Internet and it was our idea,"
"I want to get the brilliant people from Silicon Valley and other places and figure out a way that ISIS can't do what they're doing."
"I don't want them using our internet to take our young impressional youth."
ここでCNNの司会者がトランプ氏に「インターネットの一部を閉鎖するっていうこと?」と質問し、トランプ氏はこう答えている。
"I would certainly be open to closing areas where we are at war with somebody," Trump said. "I sure as hell don't want to let people that want to kill us and kill our nation use our Internet. Yes sir, I am."
それは憲法違反だとするランド・ポール上院議員の意見に対してこう反論した。
"I'm not talking about closing the Internet," Trump said. "I'm talking about closing parts of the Internet where ISIS is."
"We have to go see Bill Gates and a lot of different people that really understand what's happening. We have to talk to them about, maybe in certain areas, closing that Internet up in some way. Somebody will say, 'Oh freedom of speech, freedom of speech.' These are foolish people. We have a lot of foolish people."
少し補足すると、今月始めにもインターネットの一部閉鎖について言及し、言論の自由を制約する恐怖を取り除かなければいけない、と発言している。
対策が求められるホームグロウン型テロ
こうして見ると、このトランプ氏の発言は一考に値すると思える。ISISがインターネットを上手く使って共感者を集め、メンバーだけでなく資金も集めているのは事実であり、問題意識としては多くの人が抱いているものと共通しているからだ。
米国でも今月ホームグロウン型のテロが起こった。ISISなどのテロ組織に直接所属する個人は治安・情報機関から常にマークされ事前に摘発もしやすい。一方、その国で生まれ、その国の国籍を有する若者たちがテロリストになるというホームグロウン型の場合、摘発は困難である。テロ組織はネット上で積極的に情報を発信し、若者に過激思想を植え付けていく。今、欧米諸国ではこのホームグロウン型テロの対策に頭を抱えている。こうした問題意識からトランプ氏は"インターネットの一部を閉鎖すべき"だと発言した訳だ。
日本国内でも行われているブロッキング
では具体的に"インターネットの一部を閉鎖"する方法はあるのだろうか?
現実的な解決策としてまず思いつくのが、ブロッキングだろう。ブロッキングとはISP(インターネット・サービス・プロバイダ)が特定のサイトへの通信を強制遮断する方法である。英国では児童ポルノなどのサイトがブロッキングされ、日本でも導入されている。仏では、今年2月に児童ポルノだけではなく、テロを扇動・擁護するサイトをブロッキングする政令を発令している。これは1月に起こった「シャルリー・エブド」襲撃事件の影響もあり、この事件以来、EU内でもインターネットの監視を強化すべきだとする意見が強まっている。2011年のエジプト革命時にムバラク大統領(当時)がインターネット、携帯電話を遮断したが、これは米国ほどの民主主義国家においては非現実的な選択肢だろう。
問題はオーバーブロッキング・言論の自由
ブロッキングで問題になるのが、合法的なコンテンツまで遮断してしまうオーバーブロッキングだ。また、先日中国で成立した反テロ法のように、政府が恣意的に対象を選べる可能性も否定できず、反体制派や宗教的少数派の締め付けに利用される懸念がある。同様に、言論の自由の問題もある。
しかし、今月ドイツではtwitter、facebook、googleがヘイトスピーチを24時間以内に削除することで合意しており、今後は世界的にも「不適切な発言・サイト」を規制する流れに向かっていく可能性は高い。twitterでは、ドイツに限らず、特定の集団に対する暴力を助長するような「攻撃的な行為」をした場合、アカウントが永久凍結されるようになった。仮にテロを扇動・擁護するサイトまで規制が及べば、テロ組織はTorのHidden Serviceというサーバー側も匿名化する仕組みを用いようとするだろうが、まずはブロッキングの範囲をどうするかが重要だ。
規制の議論があまりされない日本
一方、今年の10月には日本でも難民少女を揶揄するイラストが話題を集め、世界中から非難を浴びたが、規制の議論はあまり行われていない。テロ対策に関しては当事者意識が弱いため仕方ない面があるが、ヘイトスピーチに対する規制などはもっと議論されても良いだろう。先日法務省が「在特会」の桜井誠・前会長が行ったヘイトスピーチが人権侵害にあたると認定したが、あくまで反省と今度しないようにと勧告しただけで強制力はない。人権意識が低いと言われる日本であるが、今後どのような国にしていきたいのか、そういった大局的な観点も含めて議論されるべきだ。
そして、今はテロが遠い話に思えるかもしれないが、来年5月には主要国首脳会議・伊勢志摩サミットがあり、十分にテロが起こる可能性がある。仏パリでテロが起きたのはCOP21の直前だ。2020年には世界中の注目を集めるオリンピックがあり、テロ組織にとって"宣伝効果"は最も高い。今年1月に起きたISISによる日本人人質殺害事件ではtwitter上で直接ISISメンバーと情報交換する日本人や、事件後には実際にシリアに渡航しようとした学生がいたが、その学生もtwitter上でやり取りしていた。こうしたやり取りやサイトを見ている中から、過激な思想に取り付かれ、テロを起こす可能性も否定できない。もちろん、むやみに規制する必要もないが、一考する価値はあるだろう。
(2015年12月30日「Platnews」より転載)