ニューヨークに住んでいると、米国内のドナルド・トランプ支持者が、日々刻々と変わるホワイトハウスの現状を一体、どう見ているのかなかなか掴めない。
ここでは多くが上院情報委員会でのジェームズ・コミーFBI前長官の証言は信頼できると思い、大統領がコミーに「忠誠を誓う」よう強要したとは呆れてものが言えず、ロシア疑惑に絡むマイケル・フリン前国家安全保障問題担当大統領補佐官への捜査打ち切りを求めたことは、司法妨害ではないかと考えている。
多くのニューヨーカーはホワイトハウスの大統領を見て、これは悪夢か現実かと未だに目を疑い、首を振りながら、1日も早く別の人物に変わって欲しいと願っているのだ。
「トランプ支持」で家族に亀裂が
ところが最近、熱烈なトランプ支持者のなかにも、意見をひるがえす人が出てきたという米中西部の話を聞いて目を見張った。
わが家の資料整理などをやってくれているアルバイトのメーガン・スミスは昨年夏、ノース・カロライナからニューヨークへ来て、ニューヨーク大学ジャーナリズム学科の修士課程に進んでいる。スカンジナビア系に多いプラチナ・ブロンドに蒼い目、結構大柄な29歳。
大統領就任式の翌日には首都ワシントンまで出かけ、ウイメンズ・マーチに参加したほどの反トランプ・リベラル派である(連載第3回「トランプ新大統領誕生『米暗黒時代』に起きた『ウイメンズ・マーチ』の力」2017年1月30日参照)。
ところが、故郷の町へ帰ると家族も近所の住民も全員がトランプ支持なので、政治の話は一切できないとこぼしていた。
とくに400人ほどの従業員を抱える中堅企業主である父親のスミス氏とは、昨年11月末、大統領選後の感謝祭で帰宅した時に大激論となって、メーガンは学費援助を断ることにした。
「父はエンジニアで大学の修士号までもっている人です。社会問題ではリベラルで、たとえばゲイの権利は認めるし、人種差別には反対していますが、トランプ支持で一歩も譲ろうとしません」
スミス家の住まいは、ノース・カロライナ州西部の山間部にあるブレバードという人口7000人ほどの小さな町。中西部から北東部にかけての「ラストベルト(錆びついた地域)」の片隅にある。
この「ラストベルト」にある鉄鋼工場や炭坑などで働いている白人、あるいは工場がなくなって職を失った人たちがトランプの支持基盤を担っていることは、前に記した通りだ。しかし、スミス氏はそんな白人労働者のタイプではない。繰り返すが、社長である。
「もともと共和党支持の父が、指名を勝ち取ったトランプの支持にまわったのは当然でした」とメーガンは続けた。会社を切り盛りしていくためには、減税を公約にする共和党が頼みの綱だというのだ。
スカンジナビア系移民の祖先は長い間、ミシシッピで農業に従事してきたというが、農業の未来に疑問を抱いて大学に進学した父は一時企業につとめ、そこを辞めると自分の会社を興して成功した。
「祖母も当時にしては珍しく大学へ進み、ポリティカル・サイエンスの修士号を取っているんです。母も大学出身者です。それなのに皆トランプ支持。家族の亀裂がこんなに大きくなったのは初めてのことです」
メーガンの蒼い瞳には暗い影がさしていた。5月中旬、久しぶりに家へ帰るメーガンを送り出しながら、わたしはどうなることかと心配していたのである。
「トランプは大馬鹿者だ」
2週間後、案外元気そうに戻って来たメーガンにどんな様子だったか聞いてみると、大きな笑顔を見せた。
「"トランプは大馬鹿者だ"と父は言ったんですよ」
と続けたので、こちらもすっかり驚いてしまった。
「父は突然気づいたようで、"トランプは基本的に危険だ"と言うようになりました。ホワイトハウスに入ればそれなりに振る舞うようになると思っていたら、全く違っていたと言うんです。子供のような振る舞いや、フィルターなしの暴言の流出に、これはいかんと思ったらしいのです。核によるホロコーストもあり得るなどと心配しています」
わたしはメーガンのこの言葉を聞いて、トランプを支えてきた層の中に、この大統領の限界を感じるようになった人が現れたことを痛感した。
古き良きアメリカを信じる保守層の中に地殻変動が起こって、潮目が変わっていくのではないだろうか。スミス氏の変質はそれを象徴していると思えるのだった。
それにしてもスミス氏の変化には何かきっかけでもあったのだろうか。
メーガンに聞いてみると、父ははっきり覚えていないと言うのだ。あるいは、娘の意見にあれほど反対しただけに、詳細は言いたくないのかもしれない。
しかし、5月という微妙な時期を考えあわせると、明らかにスミス氏の変化の理由は読み取れるような気がする。
次々露見した「ロシアゲート」疑惑
「コミーFBI長官解任」という電撃的ニュースが全米を駆け回ったのが5月9日。その翌日、ホワイトハウスを訪問したのは、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相とセルゲイ・キスリャク駐米ロシア大使だった。
ロシアがトランプ陣営の選挙参謀と共謀して大統領選を有利に進めたという疑惑を捜査していたFBI長官が「辞任させられた」その翌日なのである。共和党支持者のスミス氏もさすがに首を傾げたのではないだろうか。
その席で大統領はロシア高官に向かって、FBI 長官を解任したところだと語り、彼は「クレイジーだ」と言い張り、(ロシア疑惑の捜査が)すごいプレッシャーになっていたが、長官をクビにしたのでそれが無くなったと語って、
「私は捜査の対象ではない」
と言明したことが、大統領執務室にいたスタッフによって記録されている(『ニューヨーク・タイムズ』5月19日)。この時、大統領はイスラエルからもたらされた「イスラム国(IS)」に関する高度に機密性の高い情報をロシア高官に漏らした。
そのために、トランプには国家機密を扱える資質があるのか、と問う声が上がった。スミス氏も同様の危惧を抱いたかもしれない。
そのうえ、この訪問は8日前の5月2日に行われたプーチン・トランプ電話会談で決まったことも明らかになった(『ワシントン・ポスト』 5月16日)。
プーチンはシリア内戦の大虐殺を食い止める新しいアイディアがあると言い、近くラブロフ外相が米国へ行ってティラーソン国務長官と会談する予定だから、ラブロフに会う気はないかと打診してきた、というのである。
とは言え、米国と言ってもアラスカのフェアバンクスで開かれる「北極協議会」へ、ラブロフは出席することになっていた。それでも、プーチンから頼まれたトランプは2つ返事で承諾したのだろう。
この席に駐米ロシア大使のキスリャクが加わったのである。写真に映る3人の姿を見ると、どう見ても初対面とは思えない。久しぶりに親交を温めている顔である。
キスリャク大使こそ、今回のロシアゲート疑惑のキーパーソンである。フリン前大統領補佐官は密かに彼に会って、トランプ政権始動後の経済制裁解除について協議していたことから、結果的に辞任せざるを得ない羽目に陥ったのである。
トランプの娘婿であるジャレッド・クシュナー大統領上級顧問も、フリンとともにロシア大使に会っていた。そのクシュナーが"秘密のチャンネル"を作ることを提案していたことも報じられた(『ニューヨーク・タイムズ』5月26日)。
フリンがモスクワのロシア軍高官とシリア問題などについて話し合うためのチャンネル作り、が表向きの理由だが、プーチンと繋がる直通回線を設置しようとしたことは明らかだ。コミュニケーションが漏れないよう、米国内でも治外法権になるロシア外交部の施設を使おうと、クシュナーが提案していたというのである。
さすがにこれは実現しなかったが、一体、どんな秘密を話し合うためにこれほど特別の隠れ家が必要だと思ったのだろうか。
「無知」と「常識のなさ」
メーガンの父スミス氏は1960年代生まれというから、ベトナム戦争や冷戦の中で生まれ育った世代である。ベルリン封鎖やキューバ危機の記憶はないだろうが、ロシアの脅威を肌で感じて育ったことは間違いない。
もっとも、良識あるアメリカ人としての彼は、トランプの子供のような振る舞いやフィルターなしの暴言に危険信号を感じたというから、ロシアゲート疑惑の解明を「アメリカ史上最大の政治的魔女狩り」と呼び、「連中(メディア)は私が率直でフィルターのかかっていないメッセージを発信するのが嫌いだ」とツイッターに書き込む大統領に、さぞかしうんざりしたのだろう。
サウジアラビアを初めての訪問地に選んだトランプが中東・欧州からの初外遊から帰って、ツイッターに書き込んだメッセージは、彼の無知と常識のなさを見事にさらけ出した。
「過激なイデオロギーへの資金提供は食い止めなければならない」と訪問時に自身が述べたとして、「(中東の)指導者たちはカタールを名指ししていた。見るが良い!」と書き込んだのである。
カタールが過激派組織に資金を提供していると湾岸諸国の首脳が指摘していたことから、トランプはこう記したのだが、過激派組織「イスラム国(IS)」と戦うアメリカ中央軍前線本部は、まさにそのカタールのアル・ウデイド基地に置かれている。
ここは1万1000人のアメリカ兵が駐留する中東最大の米軍基地で、米空軍中央本部も置かれている。大統領はこんな基本的なことも知らず、こんな暴言を吐いたことになる。
続いて、ロンドンで発生したテロ事件を巡り、大統領がイスラム系のサディク・カーン・ロンドン市長を責め立てたのも、子供じみた見苦しい毒舌だった。
まずは英国民に対して連帯の意を表明したところまでは良かったが、テロの脅威を深刻に受け止めていなかったとしてカーン市長を批判し、事件後に多くの警察官が配備されても心配するなという市長のメッセージを読み誤って「哀れな言い訳」と一蹴した。
これに対し、「反撃するよりもよほど重要な業務がある」と答えた市長の反応にはさすがに英国の威信が表れていた。
自画自賛と追従の政権
米国の良識派は、大統領がFBI長官に忠誠を誓うように求めたことを俄かに信じられない思いで聞いただろうが、閣僚ら主要メンバー勢揃いの閣議が開かれた6月12日、出席した1人ひとりが大統領に賛辞を並べ立てたというのだから、開いた口が塞がらない。
「アメリカの人々に実行力を示すことのできる大統領の副大統領として働けることは、私の人生最大の恩恵であります」
マイク・ペンスがこう発言すると、
「ここにいることを光栄に思います。深い栄誉です。アメリカの労働者に対する大統領の強い関心を有り難く思います」
アレクサンダー・アコスタ労働省長官が続いてこう大統領を褒め称えた。こうやって主要メンバーと閣僚が大統領への忠誠を明らかにしたのである。
ただ1人、国防長官のジム・マティスだけが大統領への賛辞ではなく、「大統領、私は国防総省の男女を代表することを光栄に思います」と述べて、国のために戦っている米兵への賛辞をメッセージにした。
トランプは就任後143日の業績を列挙し、
「私ほど多くの法案を成立させ、多くを成し遂げた大統領は1人もいない」と言い、ほんの一部の例外として挙げたのが、大恐慌を乗り切ったフランクリン・ルーズベルトだった。
「我々は可能な限り活発に行動し、記録破りのペースを保ち続けようではないか」
しかし、トランプが主要法案の1つも通過させていないことは明らかで、入国禁止令にもつまずき、「オバマケア」の代案も通過できずにいることなど、大統領は意に介さない。
自分の都合の良いことを並べ立てることによって、信奉者には心地良いメッセージを伝えるが、それが事実とかけ離れていることは「嘘をつく」ことだという認識が全くないのだ。
長年この国に住んでいるわたしは、アメリカのコモンセンスがそのことに気づかないはずはないと思ってきたが、スミス氏の心変わりは、トランプのその性癖を見破ったからだったと思えるのである。
口を開かなかった「司法長官」
13日の午後、司法長官のジェフ・セッションズが上院情報委員会で証言した。昨年、キスリャク駐米ロシア大使と2回にわたって接触していながら、そのことを公表していなかったことが判明した。
加えて、昨年の春にも首都ワシントンの「メイフラワーホテル」で開かれたイベントで、キスリャクと同席していた疑惑が持ち上がったために召喚された。
ノース・カロライナに近いアラバマを本拠とするセッションズは、南部の強硬右派として有名である。スミス氏も彼のことは心得ているというから、どんな思いで昨日の証言を聞いただろうか。
もっとも2時間半に及んだ証言からは、新事実も新しい発見も何も出てこなかった。トランプと一体どんなやりとりがあって、コミー前長官の解任を大統領に薦めたのか、キスリャクとどんな会話をしたのか、セッションズは大統領の行政特権をあげて発言をすべて拒否した。
彼は「ロシアとの共謀」がまったく嘘だと証言しているのだから、これほど頑なに口を開かない理由は何なのだろうか。
トランプ大統領にしたところで、「ロシアとの共謀」をまったく否定しているのだから、何故、FBI長官を解任する必要があったのか。
コミーに代わって捜査を引き継いだ特別検察官ロバート・モラーの解任も考えていると報じられたが、何故、それほどまでに「捜査妨害」をしたいのだろう。知られて困ることは何なのだろうか。
「司法妨害」で大統領を捜査
米キニピアック大学が発表した最新世論調査によると、ドナルド・トランプの支持率は過去最低の34パーセントを記録した。主要メンバーや閣僚に歯の浮くような賛辞とお世辞を述べさせ、「忠誠を確認」するなど、大統領の内心は不安でいっぱい、今にも崩壊しそうである。
スミス氏のようなアメリカの保守層全体が、大統領の心地よい言葉や自画自賛が嘘であることに、今こそ気づいてもらいたい。
本来の古き良き保守層が健全な良識を取り戻してこそ、アメリカの政治は機能するのではないか。トランプの暴走を止められるかどうかは、むしろ共和党の存亡にかかっている。
スミス氏のような変化を共和党はこの先、どのように受け止めていくのであろうか。
ここまで書き終えて送稿しようとしたところで、また、電撃的ニュースが届いた。
『ワシントン・ポスト』は、モラー特別検察官が司法妨害の疑いでトランプ大統領の捜査に踏み切ったというスクープを発表した。コミー前FBI長官を解任した件が捜査の対象になっているという。
この先、どんな展開になるかわからないが、ついに大統領の司法妨害が連邦捜査で問われることになった。続けてこのコラムで書いていきたい。
青木冨貴子
あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。
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(2017年6月19日フォーサイトより転載)