熟年離婚に直面している親が、子供に頼るとき【これでいいの20代?】

「だけど、お金はどうするつもりなの?」と母に聞いた。
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私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話。この連載で紹介する話はすべて実話にもとづいている。

個人が特定されるのを避けるため、小説として書いた。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女性の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

母は、父の不倫をきっかけに別居を選んだ。その母が、初めて一人で私に会いに東京に来てくれた。

母の東京旅行が急に決まったので私は有休が取れず、母は昼間を一人で過ごした。美術館などに行っても良かったはずなのだが、ホテルのラウンジで本を読んだり迷子にならない程度ホテルの近くを散歩したりして私の帰りを待った。

夜一緒に食事したあと、私は母の話を聞いた。一番下の弟が彼女と別れたこと、お隣さんがワンちゃんを洗ってなくて毛が絡まっててかわいそうなこと、うちのワンちゃんが花粉症になったこと。そして9時ごろになったら、あんなに喋っていた母の顔が急に変わって「疲れたー」とため息をついた。ため息が帰りの時間を知らせた。

冒険心のない母のために、私は毎日、昼も晩もレストランを予約し、タクシーを呼び、電車を案内して、食事を注文してあげた。

母をホテルに送り届けた後、自宅に帰るタクシーの中で、「親子の役割がようやく逆転した」と思った。人生には避けられないことだけど、母が病気になって体を壊したときにその瞬間は訪れると思っていた。しかし、離婚に直面してある意味彼女は病気になっていた。心の。

これからは色々な意味で母を支えなければいけないんだな、と自分に言い聞かせ、ため息をついて窓のそとを流れていく高層ビルをぼーっと眺めた。

しかし母は、なかなか父のことにはまだ触れようとしなかった。一方私は、今回話さなければ父の件について真面目に話す機会が一生こないだろうと思って焦っていた。普段は離れて住んでいるし、なかなか電話でこういう話はできない。優しすぎる母に父のことを話してもらうためにはちょっと工夫が必要だった。

私は銀座の行きつけのバスク料理屋を予約した。バスクワインとダリみたいな髭をした店員さんのいる、とてもアットホームな店だ。あの店でなら絶対母は話してくれる、と思った。

案の定、母がすぐほろ酔い気分になって「あのウェイターイケメンだと思わない?綾ちゃんのシェアメイトたちはなぜ彼みたいな素敵な人と結婚しないの?」と私の耳に囁いた。

そして程よく酔いが回ってきた頃、母は溜まっていたフラストレーションを一気に私にぶつけた。

「お父さんの彼女は家の内装を変に変えたがるから絶対止めさせて。あの家は彼女のものじゃない。将来あなたたちのものになるのだから」「ゴールデンウィークに綾の弟たちはお父さんの家族の集まりに行くことになってるけど誰も私に集まりの詳細を教えてくれない。だから私はゴールデンウィークの予定が立たない。その人たち(父とその彼女と弟たち)のことは私に関係ないことだけど教えてほしい」「犬はお金はかかる。うちの子は花粉症があるから。薬飲んでるから。なんでもお金かかるわー。」「この間女友達たちが私の誕生日のために旅行に行こう言ってくれたけど彼女たちが考えてる旅行は豪華すぎて行けない。そんなお金ないから行けない、と断ったのよ。自分の誕生日なのに。そう、お金のことについてはね、ファイナンシャルプランナーを雇って今から考えるつもりよ。分散投資をしなければいけない。」

「だけど、お金はどうするつもりなの?」と母に聞いた。

母はワイングラスから見上げて、諦めたような顔で言った。

「ETFを買うかな」

母のなかにETFという言葉が存在してたことに衝撃を受けた。ETF。上場投資信託。私の父、この家族のために25年間をささげた母は他の選択肢がなくて、ETFを買うしかない。その瞬間、私にはその言葉が世界で最もニヒルな言葉にしか聞こえなかった。

母とのこの会話があってから、テレビで安倍総理が公的年金にもっと「成長分野」に分散投資してもらわなきゃというニュースを見るたびに、郵便箱にまた証券会社から個人向け国債キャンペーンの案内が届くたびに、その時の私の母を思い出す。

私たちが分散投資をしなければいけない本当の理由はなんだと思う?

今まで私たちを支えてきた色々な社会制度が崩れつつあるからじゃないの?

じいちゃんばあちゃんが増えて社会保障制度が持たないから公的年金が株に投資する。

終身雇用が少なくなって会社は一生面倒をみてくれないから自分で投資信託に投資して老後生活に必要なお金を確保しなければいけない。

そして、私の母は父に捨てられたからETFに投資をしなければならない。

お互いを支え合ってきた家族一人一人も少しづつバラバラになっていく。

私たちの時代って、そんな時代なのかも。

だから私たちは、一人でも生きていけるように、仕事もお金も恋愛も、色々なところに「分散投資」をするしかない。