2015年の総括と2016年の予測の季節だ。
ただ、質量ともに圧倒的なのは、「ニーマンラボ」年末恒例の新年ジャーナリズム予測だ。
100本を超す論考を見ていくと、欧米のジャーナリズム関係者たちが今、どこを見ているのかがよくわかる。
ポイントは幅広いが、中心となるテーマはやはり、モバイルとソーシャル。
特に「分散型メディア」「プラットフォームとパブリッシャー」「モバイルとジャーナリズム」、そして「バーチャルリアリティ(仮想現実)」など、2015年に注目を集めた話題については、さらなる展開を見通す論考が充実している。
●ホームページを見直す
ハーバード大学ニーマン・ジャーナリズム財団が運営するこのメディアサイトの企画は、2008年、メディアコンサルタントのマーチン・ランゲフェルドさんの予測を紹介するところからスタート。
2010年の年末から今の形で本格化したが、当初の論考は21本だった。
それが今年は、106人の筆者、104本の論考という充実ぶりだ。
ネット読者が急拡大を続けるワシントン・ポストのネットメディア担当役員、コリィ・ハイクさんは「分散型プラットフォームが新たなホームページになる」と指摘する。
フェイスブックが5月に公開したモバイル向けニュース配信サービス「インスタント・アーティクルズ」や、アップルが7月に公開した同種の「ニュース」、さらにグーグルが10月に公開した「AMP」。
プラットフォーム事業者が、リンクを介したコンテンツへの流入口としてではなく、コンテンツのホスティングそのものを担う「分散型メディア」の急速な台頭が、今年の注目の潮流だった。
読者の規模とその可能性をもとにプロダクトの選別をするなら、ホームページの優先度は格段に下がるだろう。私の2016年の予測は、分散型プラットフォームとそのネイティブな環境が、従来型のホームページよりも価値のあるものになるだろうということだ。
さらに、こうも述べる。
プラットフォームとパブリッシャーは、共生していける。この新たな地平に、〝素晴らしいニュース体験の新世界〟をつくることができれば、得るものはさらに大きい。その可能性にチャレンジするには、機能横断型でデジタルファーストな組織が必要だ。それがないなら、まずはここからだ。それがあなたにとっての2016年のロードマップになる。しかもそれはエキサイティングだ!
コンテンツの分散化の流れの中で、ホームページの再定義は大きな論点の一つだ。
メディアコンサルタント「ガルシア・メディア」CEOのマリオ・ガルシアさんは、ソーシャルメディアから流入する読者を見据え、「ホームページではなく、記事こそが読者の入り口だ」と述べる。
2016年はホームページを再評価する年になると思う。すでに多くの読者にとって、ホームページは最も重要な存在でも、最初の入り口でもなくなっているのだから。(中略)パブリッシャー、エディター、デザイナーが、ソーシャルメディアのリンクから流入してくる読者を引きつけ、つなぎとめるための、よりよい方法を求めて、再検討と再デザインを繰り返す。2015年が終わる今、それがもっともイノベーティブな取り組みだ。
AP通信出身で、ソーシャルキュレーションサービス「ストーリファイ」、さらにジャーナリストとハッカーのネットワーク「ハックス・アンド・ハッカーズ」の共同創設者のバート・ハーマンさんは、ニュース配信をフェイスブックなどに完全に依存して自社サイトを廃止するメディアと、なお自社サイトの改善に注力するメディアに二極化するのでは、としている。
来年はより多くの企業がコスト削減のためにウェブサイトを一切放棄して、すべてのリソースをメディア制作に注力し、露出や配信については外部プラットフォームに完全に依存することになるだろう。まるで現代版のAP通信だ。(中略)
別の道、すなわちデジタルプロダクトの改良に取り組むことで、メディア企業は自前のプラットフォームをつくりあげることになる。このトレンドも来年は加速していくだろう。これにより、読者をユーザーへ、聴衆をコミュニティへと変化させていくのだ。
ヴォックス・メディアのシニアデザイナー、アリーシャ・ラモスさんは、分散型メディア時代のビジネスモデルを考察。〝強力なブランド〟の構築と読者のロイヤルティ(愛着)を起点に考えれば、分散型メディアとホームページは両立する、という。
(強力なブランドと結びつくニッチなユーザー)これは素晴らしい組み合わせだ。際立ったブランドが複数のプラットフォームで展開し、価値あるニッチな読者に直接語りかければ、新たな読者の目に触れるチャンスを生み出し、既存の読者がエンゲージメントとロイヤルティを深めることにもつながる。このエンゲージメントとロイヤルティは、最終的には、例えばイベントビジネスやテレビショー、それから会員限定コンテンツへの課金など、広告以外の収入源を模索していくべき時の、売り上げにつながっていく。
2016年の分散型プラットフォームの世界を生き抜き、成長していくことは重要だが、それは、ブランドと収入を拡大するチャンスだと、シンプルに捉えるべきだ。このように見れば、ホームページは必ずしも死にゆく運命にはない。本当に心からホームページにアクセスしたい、という読者を連れてきてくれるプラットフォームが増えただけなのだ。そのようなロイヤルティは、巨額の収入につながる。
●プラットフォームの危険性
メディアがプラットフォームに依存することによって生じる問題点については、これまでも折に触れて紹介してきた。
ボストン・グローブの編集局長でデジタル担当副社長のデビッド・スコックさんは、「分散型」のプラットフォームへの依存は、ローカルニュースの減少という事態を生み出す、と指摘する。
全国的に関心のあるニュースを優先的に選ぶことで、プラットフォームはローカルジャーナリズムの低落を加速している。2016年は、このニュース選別がまねく意図せざる結果について、私たちみんなが気付く年になるはずだ。
ソーシャルメディアやチャットのアプリが至る所に普及したことで、読者とつながることに四苦八苦する報道機関にとって、〝リーチ〟は最も重要な指標となった。だが、ローカルニュースを表示するよう、テクノロジー企業からアルゴリズムやキュレーションでの協力が得られなければどうなるか。地元や地域の重要な課題を取り上げるローカルメディアは、ユーザーにリーチすることができず、ユーザー共有の機会を失う。そして、(規模縮小の)ネットワーク効果により、メディアの価値自体も低下してしまう。
フォーチュンのシニアライター、マシュー・イングラムさんは、既存メディアの低落は続き、フェイスブックなどへの依存は強まり、そしてニュース配信の主導権をますます失う未来を予測する。「それ以外の選択肢はない」と。
すでにメディアの最悪の状況は脱した、と思うのは悪いことではないが、残念ながらそう信じる現実的な理由はなにもない。それどころか、この数年でメディア企業がコントロールを失った状況は、さらに加速度的に続いていくことになる。
フェイスブック、スナップチャット、インスタグラムは、今や配信にとって重要なプラットフォームだ。彼らはますます強力になっていく。フェイスブックはすでに、主要メディアサイトのトラフィックに、膨大な割合を占めている。そしてパブリッシャーは、さらに身を委ねようと殺到する。なぜなら、他に選択肢はなく、もっといいオプションも思い浮かばないからだ。この降伏が、長期的にどんな影響を及ぼすのかは、よくわからないが。
●取材ツールとしてのモバイル
今年は、モバイルも注目を集めた。特に、ライブ動画だ。
さらに8月からはフェイスブックも当初は著名人限定で、さらに12月からは一般の認証済みページに対象を広げてライブ動画のサービスを展開している。
こうした動きを受けて、特に取材ツールとしてのモバイルに着目する寄稿者が目についた。
独シュピーゲルのミレニアル世代向けサイト「ベント」の編集局長、オーレ・ライスマンさんは、「2016年は、ジャーナリズムにとってライブ動画の年になる」という。
もはやスタジオも高価な機材もいらない。ポケットのスマートフォンが、十分な音声と動画のクオリティでその役目を担ってくれる。それによって、パブリッシャー、ブロガー、作家、ジャーナリストに新たな可能性が開かれた。2016年、我々はライブをやる!
バズフィードの新マーケット・エディターのカイラ・コナーさんは、「ワッツアップ」のようなチャットアプリに注目し、メディアがその可能性を検討するようになる、と見る。
「ワッツアップ」やショートメッセージの共有ボタンをモバイルページにつけていないメディアサイトは、そう長くは生き残らないだろう。
ソーシャルメディア上のニュースの検証プロジェクト「ファーストドラフト」編集長、アラスター・リードさんは、モバイルアプリを含むソーシャルメディアが、取材のツールとしても注目を集めると予測する。
2016年は、報道機関がソーシャルメディアを配信に使っているのと同様の時間とリソースを、取材にも注力し始める年になるだろう。(中略)BBC、ストーリーフル、リポーテッドリー、バズフィード、その他多くのメディアがすでに、ソーシャルメディアのコミュニティーから、すぐれたニュースの数々を手に入れ、信頼、敬意、人間関係にもとづく従来型の報道の手法で報じているのだ。
新聞チェーン「ジャーナル・メディア・グループ」取締役のミゼル・スチュワートさんは、ローカル紙もモバイルに乗り出す年になるだろうと言う。
今年は多くの編集局で(ついに!)1面会議を廃止した年だ。さらに言わせてもらえば、来たる年は、なお紙の1面のデザインに向けているのと同じだけの関心を、(モバイルの)小さな画面に注ぐことになるだろう。
オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所の研究ディレクター、ラスマス・クライス・ニールセンさんは、モバイル重視の〝モバイルファースト〟がさらに加速するのは間違いない、としながら、「だが、モバイルニュースのビジネスを機能させる術は誰にもわからない」という。
2016年には、スポンサード・コンテンツ、マイクロ課金や購読料課金の新たなモデル、そして望むらくはユーザーにとって煩わしくないディスプレイ広告や動画広告の新たなフォーマット、さらにはイベント、会員制、eコマースなど、より多くの実験を目にするだろう。
しかし今のところ、大半の報道機関は、モバイルウェブへのアプローチは、なお1990年代当時のデスクトップウェブへのアプローチのようだ。まずはユーザーを構築し、金のことはそのあとで。過去20年が示しているように、これは危険な戦略だ。だがそれが、唯一とりうる戦略なのかもしれない。モバイルを受け入れないということは、事実上、ユーザーに背を向けることになるからだ。
●VRジャーナリズム
今年後半、もう一つのキーワードとして注目を集めたのが、スマートフォンとゴーグルを使えば360度閲覧可能なバーチャルリアリティ(VR)動画だった。
ニューヨーク・タイムズは11月、難民の子どもたちをテーマにした360度のVR動画コンテンツを公開。さらにグーグルと提携し、スマートフォンを装着する段ボール製のVR閲覧用ゴーグルを120万読者に配布した。
フェイスブック傘下のVRベンチャー「オキュラス」製のゴーグル「リフト」も2016年に発売予定だ。
メリーランドのボウイ州立大学教授のアリッサ・リチャードソンさんは、モバイル向けのニュースが、VRの技術を取り入れる年になる、と予測する。
(VRのような)没入型のジャーナリズムは目新しいものではないが、今や報道のためのツールが一斉に押し寄せ、次のレベルへと移り変わっている。ピュー・プロジェクトの調査では米国人のほぼ3分の2がスマートフォンを持っている。つまり、読者が(VR)ニュースの中心に没入するために必要なのは、ゴーグルだけ。マーケットは、その供給準備も整ったのだ。
VR技術をジャーナリズムに活用する第一人者、ノニー・デ・ラ・ペーニャさんも、読者はニュースの現場を体験するようになる、と言う。
人々はスマートフォンを使って、周囲の環境をスキャンするようになるだろう。そして、バーチャルに、瞬時に、互いの空間を行き来するようになる。大ニュースの現場も、同様にスキャンされ、読者は、その現場をスクリーンで見るのではなく、その〝内部〟を歩き回るようになるのだ。
南カリフォルニア大学准教授のロバート・フェルナンデスさんは、この潮流は確実に広がるとし、VRの知見が豊富なゲーム業界とも連携し、人材養成講座を立ち上げているという。
ジャーナリズム業界よ、用意はいいか。次の破壊的激変を主導する準備が必要だ。その激変がいつやってくるかは関係ない。なぜなら、それは間違いなくやってくるのだから。
●未来を予測するとは
コロンビア大学ジャーナリズムスクール教授、マイケル・シュドソンさんは、予測することそれ自体について、こんなことを述べている。
私たちが予測することは、すべて実現する。ただし、思いのほか早く。恐れていたよりも悪い結果、そして期待よりも良い結果、それらが同時にやってくる。共通の課題について、意見は分散すると同時に、収斂される。より個人主義的にも、ソーシャルにもなる。よりプライベートであり、よりパブリック。よりモバイルで、より固定的。そして、より浅薄にも、より奥深くもなると思うのだ。
(2015年12月26日「新聞紙学的」より転載)
Also on HuffPost:%MTSlideshow-236SLIDEEXPAND%