永田町で急速に解散風が吹き始めている。9月29日に召集される臨時国会が始まってまもなく電撃的に衆院解散し、11月9日に投票日を迎えるというシナリオだ。
つい1カ月ほど前まで衆院選のタイミングといえば、来秋か、再来年参院選とのダブルというのが常識だった。なぜ早いタイミングで解散風が吹き始めたのか。そのきっかけをつくったのは、意外な人物だ。
「私は11月9日が衆院選の投票日だと思っている」
公の場で「11.9」を口にしたのは民主党の枝野幸男氏。9月8日、BSテレビ番組に出演し、そう明言した。
官邸は否定せず
民主党政権時代に党幹事長や官房長官を歴任。16日には再度、幹事長に選ばれ、党再建を託された人物ではあるが、しょせん野党の一議員に過ぎぬ枝野氏がどんな意図で発言したのか。諸説あるが、核心的情報を持って言ったのではなく、解散風をあおって民主党内を引き締め、野党再編を進めようとしたにすぎないとも見方も有力だ。だが首相官邸の中枢や自民党幹部も、この枝野説を打ち消さない。そのため、噂が噂を呼び「11.9」説がひとり歩きしているというのが実情だ。
だが、冷静に分析すると「11.9」は安倍政権にとっていろいろな面で有利に働く日程であることが分かる。
消費税率再増税の決断、特定秘密保護法の施行、集団的自衛権関連法の審議、そして戦後70年の首相談話......。今年年末から来年にかけ、安倍政権は、数多くの政策課題に直面する。その中で最も神経を使うのが、年末に決断を迫られる、消費税を10%にするかどうかの問題だ。
安倍晋三首相は、再増税することには慎重だ。今も「1年半の間に税率を2倍にしたような国はない」と言う。確かに今年3月末まで5%だった税率を来秋に10%にするというのは、かなり強引ではある。
安倍首相は、増税の判断を1年凍結し、来年暮れに増税を決断、10%に上げるのも1年遅らせて2016年秋とする選択肢を描いている。このシナリオは、増税の最終判断をする前の来秋に衆院選を行ってしまうという案とセットで語られ「15年秋、衆院選」説の根拠となってきた。
だが、財務省を中心とする「決断が遅れると国際的な信用が、がた落ちする」という説得は執拗だ。首相官邸内でも「今年年末に10%上げを決断せざるを得ない」という見方が多数を占めつつある。仮に税率を上げる決断をした場合、来年10月から消費税率が上がる。増税時期に衆院選をぶつけるのは自殺行為なので「15年秋、衆院選」の選択肢はとりにくい。それならば「増税の決断をする前に衆院選を行っておけば傷は少ない」という逆転の発想が「11.9」説だ。この時期に衆院選を行えば「消費税率を上げるか上げないかは白紙」「経済情勢をにらんで年末に判断する」と説明すればいい。増税問題の争点化を避けることができる。選挙を終えた後の増税発表なら、政権への傷が浅い。
議員心理は?
「11.9」が自民党にとって有利な理由は他にもある。今、自民党が苦悩しているのが11月16日に予定される沖縄県知事選。自民党が推す現職の仲井真弘多氏の苦戦が予想される。敗れれば、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移転が再び暗礁に乗り上げかねない。しかし、知事選の1週前に衆院選を行い、与党が勝てば、その勢いをかって沖縄でも勝てるかもしれない。仮に知事選を落としても「衆院選の結果、全国の民意は辺野古移転に賛成」という理屈も成り立つ。
「11.9」説の最大の理由は「今なら間違いなく勝てる」ということだ。9月3日に行った内閣改造を機に安倍内閣の支持率は再び上昇。一方、野党側は低迷が続き、結集する気配すらない。年内に衆院選を行えば自民、公明の与党の勝利は揺るがないだろう。
9月末から10月の間には拉致被害者の安否を含めた再調査の結果報告が北朝鮮から行われることになっており、国民の関心を「安倍外交」にひきつけることができるのも、自民党にとって有利な材料だ。そして、秋の臨時国会は、どうしても成立させなければならない法案はない。
ただ、前回衆院選が行われたのは2012年12月16日。あれからまだ2年に満たないことを、忘れてはならない。衆院議員は、バッジをつけてから2年を経過するのを機に、心理ががらりと変わる。「折り返し」の2年が経過するまでは、解散には断固反対で、2年を過ぎたころから解散容認論が高まっていく。今はまだ「折り返し」前。解散しなければならない大義が、見当たらない中で解散を強行しようとすると、机上の計算では出てこないマイナス要因が、自民党内や有権者から噴き出ることにもなりかねない。
野々山英一
ジャーナリスト
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(2014年9月17日フォーサイトより転載)