私を救ってくれた「薬膳」:簡単でおいしい「日々のごはん」を伝えたい--フォーサイト編集部

何事も「過ぎたら」ダメ
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光文社

バラエティーや情報番組での知的なコメントと、明るい笑顔が印象的な麻木久仁子さん(55)。2010年末、彼女は48歳のときに私生活を揺るがす大きなスキャンダルに見舞われ、同時期に脳梗塞を発症しました。50歳を前に、今度は人間ドックで両胸に乳がんを患っていることが判明。立て続けの"試練"に、自身のライフスタイルを見直さざるを得なかったと言います。そんな麻木さんが「引きこもりのような生活だった」という時期に出合ったのが「薬膳」でした。その薬膳についてまとめた『ゆらいだら、薬膳』(光文社)を上梓したばかりの彼女に、薬膳に向き合うようになったきっかけや、その魅力、ご自身の体調やご家族のことまで、余すところなく伺いました。

「どっちに向かってもいいんだよ」

――大きな病気を2度も患い、生活を見直さなければならないと思われたときに、「薬膳」と出合われたということですが、何がきっかけで薬膳の扉を開いたのでしょうか。

脳梗塞、乳がんと立て続けに病気になって、幸いどちらも軽くて済みましたが、実は、病気よりもスキャンダルの方が精神的なダメージは大きかったと思います。脳梗塞を起こしたときには、人間ドックの血液検査に異常はなく、血圧も低い方。原因が見当たらず、結局のところ医者からは「ストレスが原因」と言われました。当時は、子育てに仕事に「前進あるのみ」とがむしゃらにこなしていた生き方に、スキャンダルと病気で強制ブレーキをかけられたようでした。その後は仕事の仕方も人間関係の築き方にも、すべてに挫折したように感じて自信を失い、何をしても手ごたえがない。もともと友達も多い方ではありませんでしたが、仕事には出かけても、それ以外は家に閉じこもりがちになっていたのです。ですから、乳がんが見つかった後、50歳を過ぎたころからでしょうか、今までの生き方とは違うフェーズに入らなければならないなと漠然と思っていました。

そんな折に、何で見たのかすら忘れてしまいましたが、「薬膳」という文字が目に入り、「学校があるんだ。見学は自由。よし、行ってみよう」と、ふと立ち上がる気になりました。引きこもりだったのに、タイミングが良かったとしか言いようがありません。

「本草薬膳学院」という学校に足を運ぶと、午前中はまず「中医学」について学びました。薬膳は中医学にのっとった食養生ですから。最初に教えてもらったのは「陰陽五行」でした。そこで強調していたのは、「秩序とバランス」。例えば男性を「陽」、女性を「陰」と捉えると、まるで2分割されたように聞こえますが、そうではなく、男性の中にも陰があり、女性の中にも陽がある。それは相対的なバランスで変化したり、入れ替わったり、お互いに依存したり、反発し合ったり......。陰と陽はものすごく複雑に押したり引いたり揺らいだり、大きな意味でバランスが取れているという「理(ことわり)」を、初めの授業で習ったのです。

それまでの私は、1本のまっすぐな道を迷わず進んでいくのが正しい生き方で、退けば「負け」だと思っていました。しかし、陰陽五行にのっとれば、陰も陽も、変化はすべて「等価」。だから、360度どの方向に進んだとしても、正しいも間違いもない――。当時、どん底からようやく頭をもたげ始めて、どちらの方向に歩いて行ったらいいんだろうと思っていた時期だったので、「どっちに向かって行ってもいいんだよ。今まで無駄だと思っていたことも無駄ではなかったんだよ」と、やんわりと肯定してもらえたような気がしました。

そして午後からは、「中医学」を基本にした薬膳のための調理実習を行いました。「薬膳」は食材の力を使って、心身ともにニュートラルな状態に戻すための食養生。食べていけないものはありません。世の中に様々な食養生法がある中で、何でも食べて良い薬膳は、食いしん坊な私には魅力的でした。

また、同じような時期に一緒に暮らすようになった母も、大きな心臓の手術をして、食生活にも注意を払わなくてはならなくなったということもあり、「薬膳」を生活に取り入れるのに、様々なことが揃ったようでした。

何事も「過ぎたら」ダメ

――例えば、日ごろから、体が疲れたら「ムチンが含まれる山芋を食べる」「ビタミンB1が多い豚肉をとる」などと、食事を考える人も多いと思うのですが、そうしたことと薬膳とはどのように違うのでしょうか。

薬膳では、強弱はあるけれども、どんな食材でも体に対して、良い悪いを含めて何らかの効果があると考えます。それを1人1人の体調だけではなく、体質や季節の変化、さらには料理方法まで考慮に入れて組み合わせるのが「薬膳」です。

山芋は疲れたときに食べるといいとされていますが、もともと虚弱体質の人の「疲労」と健康な人がよく働いたときの「疲労」では質が違います。エネルギー、生命力を表す「気」の力を山芋は持っているので、体をたくさん動かした人には効果的です。けれども、生命力自体が衰えている人が食べると、山芋の「気」に負けてしまう。要は消化しきれなくなってしまうのです。だから虚弱な人は、卵を入れたやさしいおかゆや、骨付きの鶏肉をじっくり煮込んだスープなどが向いています。調理法もゆでたり蒸したりが体にやさしく、焼く、揚げるといった火力を大きく使うものは、火の力が入るので「気」が強いものになる。そうすると、弱った体には強過ぎてしまいます。

中医学では「血をつくる食べ物」に、誰もが思い浮かべるレバーやホウレンソウのほか、「ブドウ」も入っているんですよ。ブドウが鉄分を多く含んでいるわけでもないし、ヘモグロビンをつくる成分を持っているわけでもないのですが、食べたときに巡り巡って血をつくる力を支えていくと考えられている。それは西洋医学的なエビデンスでは説明がつかないのだけれど、中医学は長い間に積み重ねられてきた論理的体系の学問なので、決してスピリチュアルなものでもありません。

――薬膳の基本となる「中医学」も興味深いですね。

そうなんです。中医学では、「陰陽五行」のうち「五行」の「木・火・土・金・水」は、それぞれ人間の五臓「肝・心・脾・肺・腎」とリンクしていると考えますが、五臓は西洋医学の臓器とは概念が違って、「心」はポンプの役割を果たす心臓というばかりではなく、脳の働きも担っているようなもっと抽象的なものです。その五臓が影響し合って、例えば、「心」の働きを「肝」が支えたり、「心」の暴走を「腎」が抑制したりすると学びます。西洋医学では、脳がコントロールセンターとして全身をつかさどっていますが、あるテレビ番組で、現代の医学では脳を介さず、臓器同士が不調を解消するために連携するとわかってきたと報じられていました。

もちろん、中医学は西洋医学で否定されることもたくさんありますし、私が病気になったときには西洋医学にとてもお世話になりました。ですが、レントゲンもなく血液検査もできない時代から、昔の人が何らかの方法で積み重ねて到達した「身体観」「生命観」は、まだ解明できていないようなものがあるのかもしれません。

また薬膳では、メンタル面を把握することを重要視しています。思い煩ったり、嘆き悲しんだりしてはいけない。驚いたり、恐れおののくのも良くない。そういうときには自分の感情に身をまかせないよう、いち早く気がついて、食べ物も考えなければなりません。そうしないと、必ず不調になるとされます。

この負の感情が体に良くないことは、誰でもわかると思うのですが、中医学では喜びすぎるのも良くないとされるんです。喜ぶのはいいじゃないかと思われるでしょう。でも、先ほどもお話ししたように陰も陽も等価なので、負の感情ばかりではなく、何事も「過ぎたら」ダメ。常に静かな水面みたいに穏やかな状態、秩序が整ってバランスが取れていることが一番良い。「昇進した」「結婚した」など、一見プラスであることも「ストレス」の原因になると最近わかってきましたが、これも中医学と重なりますね。

ただ、ご飯のときだけバランスのとれた薬膳を食べていればいいのかというとそうではありません。どんなにすばらしい薬膳があっても、嫌いな人と食べれば台無し。たった1杯のおかゆでも、夫婦で穏やかに話をしながら啜れば、それは極上の薬膳。ご飯をつくるたびに自分の感情を振り返ったり、生活習慣や人間関係を整えようとしたりしますから、薬膳は「入口」であって、そこから「人間観」や「人生観」のようなものにつながっていく気がします。

医学で科学、哲学で文学

――麻木さんは2016年に、中国政府が直轄する学術団体「中国薬膳研究会」で認められている「国際薬膳師」の資格も取りました。

「資格」というよりは「能力認定」のような試験だったので、最低限の基礎は学んだというほどのものですが、目標があると勉強にも身が入りました。2015年から通い始めた学校は月2回のスクーリングがあって、中医学の課題プリントを大量に提出しなければなりませんし、料理もたくさんつくって添削してもらわなければなりません。それでも久しぶりの学生気分が新鮮で、年齢も職業も違う友達がたくさんできました。無職の人、学生さん、管理栄養士の方、子育てが一段落という同じ世代の女性もいれば、60代の方も。そこで、人間関係も知的好奇心もリフレッシュできたのが、私には良かったと思います。

今も中医学の基礎や概念の勉強を続けているのですが、これまで散々やってきたのに、勉強すればするほど、まだまだ学び足りないと思わされます。中医学は医学で科学でもあり、哲学で文学でもある。だから、いろんな中医学の先生の講義を受けると、先生によって説明の仕方や表現も異なっていて、その先生の人生観や生命観が見えてきます。西洋医学の医師免許を持っている先生は、中医学と西洋医学がどうハイブリッドしてくるのかを話してくださるし、人間の存在についてもっと文学的な表現を凝らして説明する先生もいる。それぞれの違いもおもしろくて、ますます惹きこまれてしまいます。

――そんな中医学や薬膳を多くの方に伝えたいと、『ゆらいだら、薬膳』を出版されたのでしょうか。この本で紹介されている「薬膳」の数々を見ると、食材も調味料も調理法もシンプルで、器や盛り付け方もおしゃれ。今まで持っていた「薬膳」のイメージとはまったく違っていて驚きました。

「薬膳」と聞いて、多くの方は「年寄りが食べるもの」「薬っぽくておいしくないもの」、はては「煎じて飲むもの」と思っている人すらいます。「薬膳を学んでいる」と言うと、「まずいんでしょ」って返ってきますし、これは悔しい。ともかくその誤解を解きたいと、学校の仲間内でも話していました。友達には公民館や自宅で薬膳講座を開いている人もいて、それは誤解が大きい分、薬膳がどんなものなのか伝えたくなるからなんです。

最初にお話ししたように、薬膳には「制限」がなくて、何を食べてもいいですし、「食べ物すべてに力がある」ので、スーパーで売っているような、身近な食材を使ってかまわないんです。何も特別な生薬を使う必要はありませんし、天然ものを揃えないと、なんて思う必要もありません。食材も2~3種類程度、調味料も普段使うものばかりで、「簡単に毎日つくれるご飯」を私の本では紹介しています。本格的に伝えようとしたら「陰陽五行」が出てきちゃいますけど、そんなに難しいことではなくて、迷ったら"5色の食材"を意識すればいいだけ。「青」は余分なたかぶりをおさえて伸びやかにする、「赤」は血の巡りを良くする、「黄」は胃腸を整えて気力を補う、「白」は体を潤す、「黒」は生命力を高める。よくわからないときは、5つの食材を揃えるだけでもバランスが取れますよ。もっと言えば、忙しくて料理ができない、という日は、そのときの気分に合ったお茶を飲むだけでも立派な薬膳になります。

大切なのは、「寒い日が続くから、温かい食材をとろう」などと、目的意識を持つこと。自分や家族の体調や心の状態を知ることから始まって、季節や天候を加味して料理をすれば、それはもう薬膳。私は薬膳を生活に取り入れてから、昨日は飲み過ぎたなとか、今日はイライラするなとか、自分のことを振り返るのはもちろん、今日は天気がいいなとか、風が強いなというようなことにも目が向くようになり、これまでやり過ごしていたところで、少し立ち止まるようになりました。それが生活のちょっとした「余裕」につながっているようです。

それと、ともかく薬膳の「辛気くさい」「ババくさい」「地味」というイメージを覆したかったんです。なので、ビジュアルも大切にしたくて、まずはスタイリングにこだわりました。見た目でおいしそう、食べたいと思ってもらえるように、フードコーディネーターの学校にも半年間通いました。

「私はかわいそうじゃない」

――日々の食生活にすぐにでも取り入れやすそうなレシピばかりで、麻木さんと同じ年代でライフスタイルを見直したいと思っている方はもちろんのこと、新しい生活がスタートして、料理を自分で始めてみようと思う若い方にもおすすめできますね。本の中には、薬膳のレシピばかりではなく、心身ともにダメージを受けていた時代のことや、ご家族のことにも触れられています。特に、娘さんとの「エピソード」には、胸が温かくなりました。

最後の方に娘とのことを書きましたが、本が完成するまでは、原稿などまったく見せていませんでした。最初の見本が届いたときに初めて、おそるおそる娘に渡しました。すると娘は本を持って部屋に入ってしまい、1時間ほど出て来なかったんです。それから、「ママ、良い本だね。おめでとう」って......。思わず涙がこぼれました。娘はインスタグラムにも本の写真をアップしてくれて、そこには「世界で1番好きな人が本を出しました。1人でも多くの人が見てくれたらいいな」と。それを目にしたら、また泣いてしまいました。

私は脳梗塞を起こす前ぐらいから、ストレスで眠ることができず、家でバーボンを2日に1本は空けるような生活をしていたんです。ある程度まで飲むと、眠れるというよりは気を失ってしまう。家の中で行き倒れているようなもので、そのころには、娘にはずいぶん怒られました。

ただ、スキャンダルで私が世間から非難を受けているときには、娘はまったく動じませんでした。そればかりではなく、「ママも悪いけれど、事実じゃないことまで言われている。私はそれが許せない。1番イヤなのは、テレビのコメンテーターが"お子さんがかわいそう"って言うこと。だって、私はかわいそうじゃないから」って、言ってくれたんです。私がママのことを好きなのは変わらないし、不幸でもない。なのに、なぜ口々に「かわいそう」って言うのかわからない、と。あのときに娘がグレていたら、私はもしかしたら立ち直れなかったかもしれません。内心ではいろいろ思うことはあったのでしょうが、何も言わないでいてくれました。

今、娘は就職し、なかなか一緒にご飯を食べる機会がありません。でも土日に家にいると、「平日は野菜を食べることができないから、サラダをつくって」なんて言われます。私なりに考えて、季節の野菜がたくさんとれるサラダをつくってあげたりしています。

私は昨年末に、ようやくがんのホルモン治療が終わりました。実は、私には副作用があまりなかったのですが、終わったとたん、手のこわばりやイライラするような更年期の症状が出て来てしまいました。「薬膳」はよく「未病」といわれるこうした更年期などに力を発揮しますから、これからまさに薬膳の出番だと思っています。

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(2018年4月21日
より転載)