臨床研究不正の再発防止を巡り、議論が盛り上がっている。4月17日、厚労省は規制強化に向けた検討会の初会合を開いた。今秋を目処に対策をまとめるという。医学界からは「法規制を強化すべき」との声が挙がっている。
私は、このような意見には賛同できない。一連の臨床研究の本質からはかけ離れているからだ。事前規制を強化しても、「研究不正防止モデル事業」のような厚生科学研究班が立ち上がり、新たな「研究利権」を生むだけだからだろう。
臨床研究不正の構造は三つに分けて考えることができる。再発防止に必要な対策は、それぞれ異なる。
まず、奨学寄付金問題だ。知人の製薬企業関係者は「奨学寄付金は処方とのバーターです。研究内容など何でもいい」と明言する。つまり、製薬企業にとって奨学寄付金は「病院で薬を売るための所場代」、あるいは「金で処方を買う」行為だ。事実、SIGN試験を受けて、ノバルティスファーマは、奨学寄付が営業活動の一環であったことを認めている。
問題はこれだけではない。多くの場合、医局への奨学寄付金以外に、教授個人に対し、講演料や監修料の名目で金が支払われている。かつて、北風政史・国立循環器病センター心臓血管内科部長は、平成17年から19年の間に470回も講演し、約5000万円の謝金を受け取っていた。また、降圧剤の臨床研究不正で名前が挙がっている国公立大学の教授の中には、子息を私立大学の医学部に通わせている人も多い。その授業料は、常識的な働き方では稼げない。
処方とバーターで巨額の金を受け取る。全国紙社会部の記者は「構造は土建業と全く同じ。贈収賄そのもの」という。司法当局は、すでに立件を目指して捜査を進めているという。
残念ながら、我が国の医学部の多くは、製薬企業からの資金なしで、研究を進めることはできない。問題は「運用」だ。医師に求められるのは節度である。
第二の問題はデータ改竄だ。医師と製薬企業の関与の度合いについては、まだ不明な点が多い。ただ、臨床研究不正が発覚した医局の中には、基礎研究でも不正が指摘されているところが珍しくない。医局に、不正に寛容な風土があったのだろう。バルサルタン事件のような大がかりな不正がいきなり行われると考えにくい。おそらく、小さな不正を積み重ねてきたのだろう。私は、基礎研究であれ、臨床研究であれ、一つでも不正が発覚した医局は、日常的に不正を行っていると考えている。
その場合の対策は関係者、特に教授の処分だ。学会は除名すべきである。また、大学は人事上の処分だけでなく、研究費の返還という民事責任を追及すべきだ。公的研究費に関しては、文科省や厚労省が既にルールを定めている。粛々と対応すればいい。奨学寄付金も例外ではない。不正を働いた研究者から返還させ、寄付元の製薬企業に戻せばいい。人事上、および民事の責任追及システムを構築することで、いい加減な気持ちで臨床研究を行う輩は減るだろう。
最後に不正な研究結果を製薬企業が広告に使っていた件だ。これは、薬事法違反として、すでに東京地検が捜査を進めている。どんな結果になるかはわからないが、元ノバルティスファーマ社員が逮捕されて以降、数々の事実が報じられ、厚労省の調査では、この人物が、数多くの嘘をついていたことが明らかとなった。既に、今回の逮捕劇が、製薬企業には相当な抑止力になっていることだろう。問題は、官邸からの指示されるまで、厚労省が独自に動かなかったことだ。また、厚労省は全く真相を究明できていなかった。厚労省は、対応が遅れたことを真摯に反省すべきである。
臨床研究の不正防止は既存のルールを適用するだけで、相当の効果が期待できる。事前規制を強化し、さらに税金をつぎ込むような愚策はとるべきではない。
*「医療タイムス」で発表した文章に加筆修正したものです。