「ハウジングファースト」という言葉を聞いたことがありますか?
これは1990年代にアメリカではじまったもので、住まいを失った人々に生活訓練や就労支援等ではなく、まず最優先に安心して暮らせる住まいを提供するというホームレス支援のアプローチのひとつです。
私自身この言葉を知ったのはつい最近でした。そのきっかけである、8月21日にスマートニュース株式会社で行われたイベント「空き家で貧困を解決する〜ハウジングファーストの挑戦〜稲葉剛×森川すいめい×望月優大トークイベント」について紹介したいと思います。
ホームレス支援のシステム
現在のホームレス支援のシステムでは、例えば路上やネットカフェで生活する方が福祉事務所で生活補助を申請したとき、民間の宿泊所やドヤと呼ばれる簡易宿泊所に移されるそうです。そこから老人ホームやアパートを借りたりという流れもあるそうですが、問題はその前の宿泊施設。
そこは大人数での集合生活を余儀なくされたり、汚れや虫の発生など劣悪な環境下で、多くの施設利用者はそこから退去してしまったり、場合によっては施設に入所してから精神疾患を患ってしまうこともあるそうです。
ちなみに最近では、路上生活者だけでなくアパートに住んでいる低年金の高齢者がアパート立ち退きになったことがきっかけで、生活保護をうけ施設に入ることが多くなっているとのことで、同じように施設への入所と劣悪な環境により退去を繰り返してしまうこともあるそう。
そんな中、カナダやフランス、スウェーデン、スペイン、ポルトガル、オランダ、オーストラリア等の各国で取り組まれているハウジングファーストという考え方が注目されています。
そして、それを日本でも実践していこうと、登壇者の1人である稲葉剛さんが代表理事をつとめる一般社団法人つくろい東京ファンドを中心に、ハウジングファースト東京プロジェクトが結成され、現在はクラウドファンディングでその資金を集めています。
「信頼すること」と「失敗させること」
登壇者の1人で精神科医の森川すいめいさんは、アメリカで実際にハウジングファーストによるホームレス支援を実施しているNGO「Pathways to Housing PA」の事例より、従来型の支援の問題点と、なぜハウジングファーストが良いのかを説明していただきました。
従来のホームレス支援では、どこかに住むために一定期間治療や生活訓練を行い、その後アパート入居を目指すという方式が取られていました。しかし、それでは多くの人が途中でドロップアウトして路上生活に戻ってしまったり、アパートに入居できるようになるまでの時間がすごく長くなったり、また、アパートに入居できた途端支援がストップしてしまったりすることで自力での生活が困難になり、再び路上生活に戻ってしまう等、多くの問題を抱えていました。
Pathways to Housing PAでは、最初からアパートを提供し、例えば電気のつけ方や買い物の仕方を教えたり、多職種のチームや地域でサポートを行うことで、利用者の自由度が高くなったことや、退去率が低くなったことが理由で、従来の長い時間をかけてアパートへ入居させる方法よりも効率的かつ社会的なコストを削減することができたそうです。
Pathwaysは「何回でも失敗していい。あなたが刑務所に行こうと薬物を使用しようと常に私たちはあなたの味方だ。」という強い意志を持ってサポートを行っているそうで、「信頼すること」や「失敗させること」はホームレス支援にかかわらず、自立に向けた重要な要素であることを教えていただきました。
また、Pathwaysが実施しているハウジングファーストには35項目のルールに近いものが作られていて、その項目を得点化することで高いところには国から補助がでたりと、しっかり制度として整えてルールを守って運用していくことも大切だということをお話していただきました。
とはいえ、家があって、生活への支援があればそれでいいのかというとそうではない。と、つくろい東京ファンドスタッフの大澤さんは語ります。
ホームレスは住むところがないだけではなく「孤独」であることも、自身の自尊感情を低下させてしまっている要因である。と、あるホームレスの方がホームレス生活を通して存在意義が薄れていってしまった話など、具体的な事例を交えてお話ししていただきました。
自由ではあるが孤独。
家だけではなく、コミュニティの形成など多角的な支援が必要である現状。ハウジングファーストのこれからの課題についても教えていただきました。
貧困という課題にどのような姿勢でのぞむか
モデレーターをつとめたスマートニュースの望月さんの「生活保護を受けている人に対する世間の視線はなかなか厳しい。もちろんホームレス支援の現場などにもっと人が増えていってほしいと思うが、そうではない人たちが、貧困という課題に対してどのような姿勢でのぞめば良いのか」という質問に対して、つくろい東京ファンドの稲葉さんは生活保護受給者の割合について説明していただきました。
本来生活保護を受けることができる人のうち、実際に生活保護を受けている人はたったの2割。
その理由は大きく2つあり、1つ目は生活保護の申請者に対する差別的な運用によって、窓口で追い返されてしまう「水際作戦」と呼ばれるもの。2つ目は、生活保護を受けるということ自体に対する後ろめたさ、世間の目を気にしてのことだそうです。この世間の目に対して精神科医の森川さんは「自分とちょっと違う人といかに生きていくかを意識して考えてほしい」と語ります。
現在、世界中の精神科の病室のベッドのうち5分の1が実は日本にあると言われているそうです。地域でちょっとヘンな人がいたらすぐに病院に行けと言われたり、ちょっと自分と違うひとをすぐに排除する日本の空気感が理由のひとつではないかとお話ししていただきました。
隣近所からあいさつをするところからはじめたい
自殺で亡くなる割合が低い地域は、うつ病の人がそれに後ろめたさを感じず表に出せる人の割合が多いそう。そして周囲もそれに対して「大変だね」といってむしろ積極的に関わったりする。そういうエリアは、やはり道端で他人と関わる雰囲気がある地域が多いそうです。
そう考えてみると、ホームレスや貧困の問題は決して遠いものではなく、とても身近なことなのではないかと実感が湧いてきます。ひととのコミュニケーションや多様性を受け入れあえる価値観、社会の仕組みや、そして幸せのあり方。普段私がLGBTへの理解を求めて活動していることと繋がる点が多くあったと感じました。
相対的な貧困率や子どもの貧困率は高くなってきています。それに対して実は空き家率も高くなっているそうです。このイベントをはじめ、空き家で貧困を解決しようとハウジングファーストを実践するために日々奮闘している方々を応援しています。
そして私自身も、まずは隣近所からあいさつをするところから始めてみようかなと思います。