「自分は大丈夫」と思っていても、ある日を境に「鬱」になることがある。

適応障害を患った人、もしくはそれと近い症状を経験した人は、今の日本にたくさんいるのかもしれない。
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Asia Marosa / EyeEm via Getty Images

「自分は大丈夫」と思っていても、ある日を境に「うつ」になることがある。

うつ病は心の風邪とも呼ばれ、誰もがかかり得る病。適応障害も、ある環境変化に適応できなければ誰もが発症する可能性がある。

自分の体を真に労われるのは、自分だけ。心当たりあれば自分を見つめ直す時間を作ってほしい🛌

— 原貫太 / 世界を無視しない大人になるために (@kantahara) 2018年11月28日

先日、「適応障害になって気づいた。自立の意味が変われば、社会人の「鬱」は減るかもしれない」をハフポストに寄稿したところ、想像以上に大きな反響があった。

記事に対する反響を見ていると、「適応障害を患った人、もしくはそれと近い症状を経験した人は、今の日本にたくさんいるのかもしれない」と感じる。

「医者から診断されたわけではないけど、原さんの記事を読み、思いあたる経験が過去にある」そんなメッセージもいくつか寄せられた。

今年5月末、僕は心療内科で「適応障害抑うつ」と診断され、好きだったはずの仕事から離れることになった。

アフリカで難民支援に携わったり、全国で講演活動をしたり、自分で本を出版したりと、僕は学生時代から働き詰めの生活を送ってきた。

しかし、人間関係に悩んだことや、十分に休養を取らず働いてきたことが原因になったのだろう。ある日の仕事中、パニック症状になり、そのまま極度の抑うつ状態になった。

仕事はもちろん、日常生活すらままならない状態になってしまった。そこからは、長く、暗い闘病生活が半年間続くことになる。

時には、目が覚めた瞬間から「うつ」が酷く、布団から起き上がることもできなかった。今でもあの、お腹の上には重い"鉛"が乗っている感覚を思い出す。

最初の一か月は特に苦しく、今思い返しても胸が締め付けられる。SNSはもちろん、パソコンやスマートフォンからも離れ、ひたすら休むだけの生活を送っていた。

適応障害になってしばらくはSNSを触れませんでした。友人の活躍している姿を目にしてしまうと

"どうしてこんな病気になってしまったのか"

"どうして僕は普通に働けないのか"

と自責感に押し潰されそうだったからです。

それが半年経った今では毎日発信できている。戻って来れて良かった。感謝です🙏

— 原貫太 / 世界を無視しない大人になるために (@kantahara) 2018年11月28日

一時期は「この病気に出口などあるのだろうか」とさえ考えていたこともある。しかし、半年間休養に専念し、パートナーにも支えられたおかげか、今では日常生活を送ったり、個人的な仕事をしたりする分にはほとんど問題なくなった。

適応障害を発症してすぐのときは、「批判を受けるのが怖いし、病気の記事なんて書くことはできない」と考えていた。けれど、今では「適応障害になった僕の経験が誰かの役に立てば嬉しい」と思えるようになるまで快復し、今こうして、この記事を書くことができている。

うつ病や適応障害といった心の病気は、さほど社会に認知されていないのが現状だ。それゆえに、「うつになる人はメンタルが弱い」「適応障害なんて甘えだ」「今の若い人たちには根性が足りない」そんな心のない言葉を見かけることもある。

けれど、「自分は大丈夫」と思っている人であったとしても、ある日を境に「うつ」になることがある。僕はそのことを、実際の経験から学んだ。

正直に、バリバリ働いていたときは、周りから体を壊すことを心配されても「今の仕事は楽しいし、心の病気なんか自分には関係ない」と思っていた時期もあった。適応障害になる前の僕は、アフリカ支援団体の仕事、個人事業主としての仕事、とにかく働き詰めの生活を送っていたからだ。

もちろん、肉体的な疲労が貯まって体調を壊したこともあるが、そんな状況の中でも「自分がやりたいことを仕事にしているのだから、休んでなんかいられない。少しくらい人間関係で躓いたところで、我慢しないと。」と、無理に自分を鼓舞していた。

家族からは「たまには仕事から完全に離れてのんびり過ごしたら?」と声をかけられたこともあったが、「僕みたいな若い人間が休んでいてはだめだ。」そう答え、ひたすら動き続けていた。

でも、上を目指して働けば働くほどに、「理想の自分」と「現実の自分」のギャップは気づかぬうちに広がり続ける。身体が、いや、心がそれに追いつけなかった。発症する一か月くらい前から「寝起きが悪い」「気分が乗らない」といった兆候が出ていたにもかかわらず、5月末に僕は「適応障害抑うつ」状態になった。

実はその一か月前、同じ分野で活動していた知り合いがうつ病になったことを聞いていた。しかし、そのときは「僕も気をつけないとなあ。休むときは休まないとね。」といったくらいに、軽くしか考えられていなかった。

後悔しても仕方のないことだが、あの時

「今の働き方に無理はないか」

「環境の変化に心が追い付いているか」

「自分の弱さを受け入れることができているか」

「いつ休むか、どうやって休むか」

そんなことを考えていたら、こんなには苦しまなかったのではないか。正直、そう思ってしまうことがある。

きっと、僕の闘病経験の記事を読んだ人の多くも、そして恐らくあなたも、少しくらい心当たりがあったとしても、「私も気を付けないと。でも、大丈夫だよね。」と思ってしまう。

病気を経験した人の気持ちは、実際に病気になって初めて理解できるものだから、仕方がないのかもしれない。

でも、僕がそうであったように、「自分は大丈夫」と思っていても心の病気になる可能性はある。決してゼロではないのだ。

うつ病は「心の風邪」とも呼ばれ、誰もがかかり得る病気として知られるようになった。同じく適応障害という病気も、ある環境変化に適応することができなければ、誰もが発症する可能性を抱えている

もし何か心当たりがある人は、少しだけ立ち止まり、自分のことを見つめ直す時間を作ってほしい。自分の体を真に労われるのは、自分しかいないのだから。

(2018年11月28日 「原貫太オフィシャルブログ」より転載)

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