皆さんは、現在の日本人の死因のランキングをご存じでしょうか。
第1位の「悪性新生物」、第2位の「心疾患」に次いで3番目に多い死因が「肺炎」です。肺炎による死亡は高齢者を中心に近年急増しており、平成23年に「脳血管障害」を追い抜き、死因の第3位となりました。
これを受けて厚生労働省は平成26年10月より65歳以上の高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンの定期接種を始めています。このように国を挙げて取り組んでいる肺炎対策ですが、実は口腔ケアを徹底することにも、肺炎の予防効果はあることが示されています。
松井拓也
■ 肺炎は歯磨きによって予防できる
筑波大学の寺本信嗣教授の研究では、70歳以上の高齢者の起こす肺炎の約8割は、食道に入るべき食物や唾液が気管から肺に入ってしまう誤嚥が原因の、いわゆる誤嚥性肺炎であるとされています。誤嚥というと食事中にむせて咳き込んでしまうイメージがありますが、多くの誤嚥性肺炎は、不顕性誤嚥と呼ばれる夜間の睡眠時に唾液や咽頭分泌物が肺の中に垂れ込んでしまうことが原因となっています。
Japanese Study Group of Aspiration Pulmonary Disease. J Am Geriatr Soc. 2008 Mar; 56(3): 577-9.
さて、もう10年以上前の研究ですが、この誤嚥性肺炎の予防について、米山歯科クリニックの米山武義院長らが日本国内の11カ所の特別養護老人ホームで口腔ケアの効果を検証しました。
研究では、特別養護老人ホームに入所する高齢者を無作為に2つの集団に分け、片方の集団は毎食後の看護師あるいは介助者による歯ブラシで約5分間のブラッシングと週に1回歯科医もしくは歯科衛生士による専門的な口腔ケアを行いました。もう片方の集団は、1日1回程度、不規則に入所者自身によるブラッシングを行いました。
この口腔ケアをそれぞれ2年間続けたところ、口腔ケアが不規則だった集団は19%(182名中34名)が肺炎を発症したのに対し、毎食後に口腔ケアを行っていた集団では11%(184名中21名)まで肺炎発症を抑制することができました。
このことから、毎食後の徹底した口腔ケアが高齢者の肺炎の予防に効果的であることが明らかとなりました。これは、口腔内の病原菌が減り、肺の中に垂れ込んでしまう唾液や咽頭分泌物に含まれる病原菌も減少したことで、不顕性誤嚥が起こっても肺炎を発症せずに済んだからと考えられます。
米山院長らの研究では、対象者が特別養護老人ホームの入所高齢者であったことから他者によるブラッシングを行っていますが、たとえ自分でブラッシングしたとしても毎食後徹底的に行うこと自体に病原菌を減らすという重要な効果があります。歯科通院や訪問歯科診療受診など、専門家の口腔ケアを加えれば、さらに効率的に肺炎の発症を予防できると考えられます。
もちろん、肺炎球菌ワクチンは肺炎の予防に非常に有効な手段です。しかし、肺炎をひき起こす菌は肺炎球菌だけではありません。その他の菌による肺炎を防ぐためにも、肺炎をひき起こす菌の温床である口腔内を清潔にしておきましょう。
【関連記事】
(2015年9月19日「ロバスト・ヘルス」より転載)