されど「民主党」が浮上しないワケ

安全保障関連法案の採決をめぐる与野党の駆け引きをみると、各党が今どんな立場に置かれ、何を狙っているのかという政局の構図を読み解くことができる。
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 集団的自衛権の部分的な行使を認める内容を盛り込んだ安全保障関連法案は7月16日の衆院本会議で可決され、参院に送付された。法案を付託されていた衆院平和安全法制特別委員会での15日の採決、それに続く衆院本会議での16日の採決をめぐる与野党の駆け引きをみると、各党が今どんな立場に置かれ、何を狙っているのかという政局の構図を読み解くことができる。

野党内の不協和音

 たとえば、衆院での法案審議が大詰めを迎えていた7月14日、平和安全法制特別委の理事会で怒声が飛び交う場面があった。

「こんな委員会の開き方はおかしい。今までこんなことはなかった」

「出て行け!」

 これは法案採決を急ぐための委員会開会を阻止しようとした野党議員と、それを強行しようとした自民党議員のやりとりではない。発言者は野党議員同士である。委員会開会に異議を唱えたのは共産党の赤嶺政賢衆院議員団副団長、赤嶺氏を怒鳴りつけたのは維新の党の下地幹郎衆院議員。赤嶺氏は憤然として退室した。背景には維新の党が抱えているある事情がある。

 自民党は7月15日に特別委での採決に持ち込んだ上で16日に衆院を通過させる狙いだった。結局、国会はこの通りに運ぶことになったのだが、民主党や共産党など多くの野党はさらに多くの審議時間を費やすことを求め、委員会の開会に反対していた。委員会を開会すれば、自民党主導で議事が進んで法案を採決されてしまうからだ。与党が圧倒的多数を占める現状では、採決が行われれば法案可決は間違いない。これを警戒した野党は委員会開会そのものに抵抗。特別委のメンバーである民主党の長妻昭元厚生労働相は7月13日に維新の党の下地氏らと会談して、開会に反対することで足並みをそろえようと呼びかけていた。

安倍内閣の支持率急落

 だが、維新の党には他党と異なる思惑があった。長妻氏との会談を終えて下地氏は記者団に次のように語った。

「我が党の対案を審議する時間は14日と15日しかない。14日に審議をやらないとなると、国民から見れば、維新の党は何のために法案を出したのかということになる」

 維新の党は7月8日に政府提出の安全保障関連法案への対案となる3法案を国会に提出し、その実質的な審議が10日に始まったばかりだった。同党の橋下徹最高顧問(大阪市長)の主導で、従来のただ反対するためだけに存在する「反対野党」とは一線を画したスタイルを貫いてきた維新の党は自らの法案を国会で審議してほしかった。

 これに対して、民主党は3法案のうちの1法案を維新の党と共同提出していたものの、優先事項は政府案の可決阻止と、その攻防を利用して安倍内閣の支持率を落とすことにあった。つまり、民主党は自らの法案を審議するために委員会を開会することによって、同時に政府案の審議も進んで採決が早まってしまうくらいなら、自らの法案を犠牲にしても安倍内閣を潰す道を選ぼうとしていた。

 この維新の党と民主党との国会対策の食い違いは、今の世論をどうやって味方につけるかという政治戦略の違いに由来している。

 来年の参院選、さらには近々あるかもしれない衆院選に向けて、今の野党は政局全体を有利に導くために難しい判断を迫られている。自民党議員の失言に代表されるように安全保障法案などをめぐる最近の安倍政権は失態が続いていた。さらに、一部野党などが安保関連法案を「戦争法案」とレッテル貼りして国民の批判を盛り上げることに成功。これにより、安倍内閣の支持率は急落中である。NHKや大手各紙の世論調査では、支持率が40%前後に落ち込み、不支持率が50%台に達しているという逆転が生じた。安保関連法案そのものについても、今国会での成立に60%以上が反対している。野党としてはこの状況を奇貨として攻勢を継続し、安倍内閣を追い詰めたいところだ。

対案よりも「政府案阻止」

 ところが、野党にとってはあまり喜ばしくない調査結果もあった。こういう状況にもかかわらず、実は野党の支持率もほとんど上がっていなかったのである。一部調査では民主党や維新の党の支持率はむしろ低下している。

「内閣支持率が下がったという報道があるが、もっと重要なことは野党がまったく支持されていないことだ。安保法制の批判がある中で、野党はむしろ下がっているじゃないですか」

 安保関連法案の衆院通過後の7月23日、橋下氏は記者団にこのように語った。この橋下氏の発言は、安保法案審議をめぐる国会の状況についての記者とのやりとりではなく、埼玉県知事選に関する文脈で出て来たものではあるが、野党が直面している難問を的確に言い表している。橋下氏は別の機会には、「採決拒否で解決するのか。対案を出して審議をちゃんとフェアにやって採決して、おかしな法案だったら次の選挙のときに政権を引っくり返していくということが民主主義のルールではないか」と述べて、政府案と野党の対案を戦わせた上できちんと採決することを主張していた。

 これに対して、民主党の安住淳国対委員長代理は7月22日の記者会見で以下のような見解を示した。

「法案の成立に手を貸すような手法として(政府提出案への対案を)出すことはあり得ない。対案を出した政党の支持率が上がっているんですか」

 自らの案を提示しても野党は国民から支持されなかったのだから、持論を提示するよりも政府案阻止を優先するべきだというわけである。

「反対のための反対」

 民主党の自民党叩き路線は徹底している。東京五輪に向けて莫大な建設費用が問題となって白紙撤回された新国立競技場の一件でもまた、かなり強引に政治問題化させようとした形跡がある。

 7月17日、民主党の岡田克也代表は記者会見でフリージャーナリストから「このタイミングでの(新国立競技場建設計画)見直しは安倍内閣は支持率挽回の手立てとして利用しているのではないか」「支持率が下がっていて、それをアップさせる策である。安倍政権はせこいのではないか」という質問を受けた。16日に安保法案が衆院を通過したことによって、安倍内閣の支持率はさらに低下しただろうから、それを挽回するために、わざと翌日の17日に新国立競技場建設計画の撤回を発表して、安保法案に対する国民の批判をそらし、人気を回復しようとしているのではないかという趣旨である。

 かなり強引な論法の質問だった。このため、岡田氏はこの場では「もっと危機感をもって早く見直すべきだったというふうに思っている」と淡々と答え、安倍内閣の支持率アップの狙いについては「あまり憶測でものを言うつもりはない」とかわした。政治家として沈着冷静で賢明な態度だったと言えるだろう。

 だが、この日、民主党が蓮舫代表代行の名前で発表した党の談話は違った。

「まさか安保法制の強行採決による支持率低下対策として発表したものではないと思うが、冷静かつ客観的な検討と分析なく、見直し案が間に合うと『確信』したのであれば新たな混乱を生むおそれがある」

 談話は「まさか~したものではない」と表向きは否定しておきながら、これでは安保法案による失地回復のために新国立競技場の建設計画を見直したと言わんばかりの表現である。計画の白紙撤回の是非は別として、何かの理由を見つけて何が何でも安倍内閣を叩きのめしたいという民主党の強い意志が感じられる。

 対案を提示して国民の支持を得るべきか、政府・自民党を叩くことによって支持を得るべきか。どちらの戦略が巨大与党と立ち向かう野党にとって得策なのか。その損得勘定は分からない。だが、民主、維新両党の方向性が正反対であることだけは間違いない。

 こうした状況に、民主党の一部議員は危機感を抱いている。「反対のための反対野党」路線に限界を感じ、維新の党の野党再編派と手を組んで新党結成を目指す民主党議員グループが水面下でその動きを強めているのだ。

「質問時間配分」での失敗

 一方、安保法案の衆院審議では、今の政局を甘くみた自民党の驕りの姿勢も垣間見えた。

 衆院で圧倒的多数、参院でも過半数を占める与党は数の論理だけから考えればどんな法案でも成立させることができる環境にある。だから、野党との間でどんなやりとりがかわされようとも、淡々と審議を進めていけばいいと思ったのかもしれない。だが、自民党の国対戦略と安倍晋三首相ら閣僚の答弁技術は数の利を生かすには未熟だった。

 安倍首相は野党の挑発に乗って答弁席からヤジを飛ばして謝罪に追い込まれた。それだけではく実質的な政策論争でも、野党の質問を的確にはじき返したとは言えない。そもそも自民党国対は審議の入り口で失敗している。与党と野党の質問時間の配分をなんと1対9という、かなり野党に偏重した形にしたのだ。野党の質問時間を十分にとることによって法案に反対する野党を懐柔し、なおかつ野党質問に適切に答えることで、法案に対する国民理解を深めようとしたのだ。

 だが、安倍首相ら大臣の答弁はその作戦を遂行するには力量不足だった。野党は局所的で重箱の隅をつつくような質問を繰り返した。本来、安倍内閣は与党議員に質問させる形で、この法案が日本にとっていかに重要かという点を示さなければならなかった。だが、野党の約9分の1しかない質問時間では、それもままならなかった。この結果、野党質問に押され、「安倍首相は法案への国民の理解が深まっていないというが、逆に国民の理解が深まれば深まるほど法案反対の世論が増えている」(民主党議員)と皮肉を言われる状況となった。はじめから、議員数に応じて与党に多めの質問時間を配分すれば、法案がここまで批判される事態になっていなかったかもしれない。

 多数を占めているから、あるいは内閣支持率が高いからなんとかなる――。そう思った安倍首相周辺をはじめとする自民党の驕りが法案の足を引っ張っているのである。

 自民党の法案審議における劣勢は参院でも続くだろう。一度定着してしまった「戦争法案」というレッテルをはがすのはそう容易ではないはずだ。

自民党総裁選への影響は

 ところで、この状況は自民党内の政局にも影を落とし始めている。安倍首相の自民党総裁としての任期は9月まで。それまでに自民党総裁選が実施される。これまでは、安倍政権が好調だったこともあって、安倍首相の無投票再選が確実視されていた。

 この状況は自民党内の安倍首相のライバルにとっては絶好のチャンスだ。国民人気が高く難攻不落と思われた安倍首相が攻略可能な地点まで降りてきたからだ。

 だが、安保法案が成立した後の自民党総裁選は何が争点になるのだろう。自民党内の反安倍勢力はリベラル色の強い議員が多いが、法案に賛成した後では、安倍首相の外交・安保政策を批判しにくい。争点のないままの単なる権力闘争が繰り広げられることになるのだろうか。今国会の会期末における安保法案の仕上がり具合とその後の自民党総裁選の成り行きしだいでは、自民党もまた混乱状態に陥る可能性がある。  

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(2015年8月5日フォーサイトより転載)